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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
398/1100

10−6 注目の的(+番外編「公式モフコットへの道」)

「すごい……! 私、こんなに完璧なスタイルの人を見たの、初めてです……」

「あら、そう? それはどうも」


 今日も相談があるとかで、例の孤児院のご一行様がお見えになるが。その中に、鼻っ柱は強そうだが、いかにも美人なお姉さんが増えている事に、パトリシアは困惑していた。頭に角が生えているのを見るに、彼女もきっと精霊落ちなのだろうが……それを差し引いても、スラッとした佇まいといい。完璧なまでに凹凸のあるボディラインといい。パトリシアだけではなく、周囲の人間ほぼ全員が彼女に注視しているのを肌で感じる。


「あぁ、すみません。この方はアーニャさんと申します。一緒に孤児院で働いて下さることになったのですが、どうにも人手不足だという話になりまして。スタッフを募集したり雇ったりするには、何か手続きが必要なのかと確認しに来た次第なのですが。窓口はどちらになりますか?」

「人を雇うのには、手続きは必要ありませんよ。雇用主と従業員の間でトラブルがないように雇用条件を取り決めていただければ、問題ありませんし。ただ、お給金を支払ったりする場合は、支給額を従業員の了承込みで、雇用主からご申告していただく必要があります。そちらは所得課でご案内を致しますので……お手数ですが、そちらにお越し願えればと」

「そうでしたか。でしたら、早速そちらで確認しましょう。ありがとうございます」

「いいえ、どう致しまして。……しかし、神父様。人を雇うってことは……当然、そちらのお姉さんと一緒に働く人を募集するということですよね?」

「え、えぇ。そうなるでしょうね」

「えっと……。働く以前に、変な人が集まらないといいなと思いまして……」


 ただ役所に来ただけでこれだけ目立つのだから、街に出ればあっという間に噂になるだろう。渦中の美女が孤児院で働いているとなれば……下心で動く輩が出てくるのを心配するのは、当然の思考回路というものだ。


「こう見えて、一通り護身術の心得はあるから。その辺の男よりも強い自信はあるし、ご心配には及ばないわ」

「そ、そうですか……」

「パトリシアさんにまで変なご心配をおかけして、すみません。ですが、大丈夫ですよ。募集するのは、あくまで子供達の世話係……当面の間は、女性に限らせていただきます。それこそ、生活に困っていらっしゃる方とか、シングルマザーで働きに出たくても出られない方とか……なにせ場所は孤児院ですから。託児所も兼ねるつもりで、働きに来て下さる方がいればいいなと考えております」

「院長はそういう所も甘いわよね。ま、そうでもなければ孤児院を開きたいなんて、言い出さないんでしょうけど」


 斜に構えた態度を取りつつ、老神父をしっかりと「院長」と呼んでいる時点で、彼女には従業員としての自覚もある様子。そんな彼女の手元を見れば、人見知りが激しいらしいメイヤの小さな手がしっかり握られている。言葉の端々はつっけんどんな様子だが、メイヤのなつき具合を見ても……子供の扱いには思いの外、慣れている風情だ。


「ホッホッホ。まぁ、そういう事です。とにかく、所得課さんの方に行ってみましょうか。今日も色々とありがとうございました。では、また」

「は、はい! また何かあれば、いつでもいらして下さいね!」


 パトリシアが先日と同じようにメイヤに手を振ってみると、昨日よりも確実に嬉しそうな様子でメイヤも手を振り返してくる。その様子を見守っていたお姉さんも、最後は少し愛想のいい笑顔を見せると、軽く会釈をして老神父と一緒に部屋を出て行った。


「どうしました、ルーミックさん。……あ。もしかして、また手を振ったのがいけないとか仰るのですか?」

「い、いや……私もちょっと気圧されてしまいまして……」

「あ、アーニャさんですか? そうですよね〜。私もあんなに綺麗な人、初めて見ましたよ。同性なのにドキドキしちゃいました」

「え、えぇ……」


 既婚者であるエリックの顔さえも真っ赤に染めるインパクトを残す美女が、病院跡地の孤児院で働いている……。これは兄のセバスチャンの耳に入れるのは絶対にしない方がいいと、隣のエリックを見ながら、パトリシアはぼんやり考えていた。

 兄は基本的に色恋沙汰には無縁な人種だが、それでもアーニャ程の美人を前にした時にどんな反応を示すかは、未知数だ。……間違いなく、変な方向に走り出しそうな気がする。

 パトリシアはこっそりそんな事を再認識しながら……兄と孤児院は色々な意味で、何が何でも離しておこうと判断していた。


***

 ギノの提案通りにちょっとしたおもちゃ……ベビーベッドの上に吊るすメリーゴーランドと、モコモコの羊のぬいぐるみ……を雑貨屋で見繕った後は、買い足した本に夢中のご一行様を連れて、いつぞやのカフェにお邪魔する。

 俺の姿を見るなり、ミゲルが嬉しそうにちょっとした世間話をしてくれた後、間違いなく特等席と思われる奥の広々としたソファ席に案内してくれるが。席に着くと子供達は注文もそこそこに、怪盗紳士とはなんぞや、と盛大に話に花を咲かせ始めた。そんな彼らが心置きなくお喋りを楽しめるよう、代表してお茶と一緒にケーキを1種類ずつ注文すると。注文内容に大喜びの子供達の勢いに反比例するように、萎れ始めるダウジャ。ケーキもお預けの彼には、これはちょっと酷だったか。


「ダウジャには軽食を注文したから……そんなにしょげるなよ」

「はい……。いや、分かってるんですけど……ちょっと切ないです」

「あなたが悪いんだから、仕方ないでしょう? それでなくても、マモン様はあの後も大変だったでしょうに……」


 そうだよなぁ。ダウジャの軽口が原因で、何故か「パパ」になってしまったのだから、真祖のプライド的にも非常によろしくない気がする。……あの後、あの子達が変に怒られていないといいんだが。


「そう言えば、旦那。この間一緒にやってきたあの子達は、何者ですかい?」

「あぁ、あの子達はグレムリンとインプだよ。グレムリンの3人はマモンの子分だろうが、インプの方はちょっとワケありで一緒に暮らしているみたいでな。とは言え……まさか、そんな子分達にパパ呼ばわりされるとは、マモンも予想だにしなかっただろうけど……」

「うぐ……そうだったんですね。あの子達、子分だったんですか」

「あい? グレムリンが来てたんでヤンす?」

「うん、コンタロー達がゲルニカのところでお手伝いをしている間にな」

「……おいら、グレムリンは嫌いでヤンす。……あいつら、おいら達と同じモフモフでヤンす。モフモフ役はおいら達だけで十分でヤンす」

「モフモフ役って……そんな役目、お前達にもなかったと思うけど……。まぁ、いいか」


 麻呂眉を険しい感じにしながら、コンタローがエルノアの膝の上で新しい役目を主張するが……そのコンタローをよしよしとエルノアが撫でてやると、ちょっと凛々しかった麻呂眉がへにゃりととろけて、いつもの頼りない表情に戻る。


「それにしても……いいなぁ。私もあんな風に、デートしてみたい」

「でも、マモンさんとリッテルさんって……初めの出会いはあまりいい形じゃなかったんですよね? どうして、あんな風に仲良くできるようになったんだろう……」


 コンタローをナデナデついでにエルノアがそんな事を言い始めると、ギノが当然の疑問を挟む。

 彼らにせがまれて仕方なく、マモンとリッテルの馴れ初めについては掻い摘んで説明してあったが……彼らの出会いが最悪だったことは、上澄みの内容だけでも十分伝わる訳で。本来であれば、攫われた挙句に魔界で苦労したとあってはリッテル側からすれば、迷惑以外の何ものでもなかっただろう。ただ、実際には複雑な事情があったのも事実で……さて。どう説明しようかな。

 リッテル更迭の話をすれば、当然ながら原因……つまりは、ルシエルとの関係性がギクシャクしていたことも多少は話さないといけないが。子供達がそれを把握する事を、あの嫁さんが許してくれるとも思えない。しかし、エルノアもいる手前、嘘はつけないし……仕方ない。ここはちょっと難しい理論を持ち出して、それとなく流そう。


「まぁ、有り体に言えば……リッテルのは、心的外傷後ストレス障害だろうな」

「しんてきがいそすとれす?」

「あい?」


 よしよし。エルノアはどうも、難しい言葉や理論をぶつけられると、相手の感情を読み取る能力がお留守になる傾向があるらしい。マモンに「末っ子問題」の説明をせがんだ時も、頭をフル回転させていたようだし……多分、難しい話を理解するのに、思考が一杯一杯になるんだろう。


「少し難しかったかな。えっとな……誘拐されたりして極限状態に置かれると、人ってのは何とか生き延びようとするんだけど、その影響は体だけじゃなく心にも及ぶことがあるんだよ。簡単に言うと、心も何とか折り合いをつけて納得して……必要以上に傷つかないように、心を守ろうとするんだ。不思議なもので、睡眠や食事も誘拐した奴の言いなりだった場合、それらの基本的な生活を許してくれただけで、攫われた側は感謝をするようになる。その繰り返しが好意になることも少なからず、あってな。マモンとリッテルの関係性がそうだとは言い切れないが、そんな繰り返しの中で……互いに必要な存在だということに、途中から気づいたんだろう」

「そうだったんですね。互いに必要な存在かぁ。僕にも、そんな相手が見つかるんでしょうか?」

「えぇ〜! ここにいるじゃない! もぅ! ギノはそういう所、とっても冷たいんだから!」

「えっ……僕、そういうつもりで言ったんじゃないよ……」

「ムゥ〜! いいもんいいもん! 私もギノにデートに付き合ってもらうんだから!」

「あ、えっと……」


 結局、話が逸れた挙句に強引なエルノアに押し切られて、困惑するギノの様子にモフモフ達が嬉しそうにクスクス笑っている。そうして楽しくお喋りしていると、ミゲルの他1名の手でケーキとお茶が運ばれてくるが……きっと特別仕様で用意してくれたのだろう。ケーキはスタンドに綺麗に並べられていて、テーブルの中央に鎮座した途端に、今度は歓声が上がる。


「お待たせしました。本日はパティシエのオススメをふんだんにお持ちしました。心ゆくまでご賞味いただけると、幸いです」

「何だか気を遣わせてしまったみたいで、申し訳ない。ありがたくいただくとしようかな。ほらほら、お前達もミゲルさんにお礼は?」

「ありがとうございます!」

「……わぁ〜! こんなにケーキがたくさんあるなんて……とっても幸せ!」

「あい! ケーキ、モリモリでヤンす!」

「喜んで頂けたようで、何よりです。他にご入用の物がございましたら、いつでもお声掛け下さい。では、ごゆっくり」

「うん、そうさせてもらいます。ありがとう」


 俺がそう答えると、嬉しそうに微笑んでミゲルがその場を離れる。そうしてサービス精神も盛りに盛られたケーキを前に、1人ガッカリしているダウジャにフルーツサンドを差し出してやれば。俺の意図を理解して、顔をパァッと綻ばせた。流石の姫様も、俺の大甘な配慮に茶々を入れるつもりはないんだろう。確実にフルーツサンドがお仕置き的にはグレーである事を認識しつつも、お茶を啜って気づかないフリをしてくれている。

 全員に一通りお茶とケーキが行き渡ると、待っていましたとばかりに小説談義に花を咲かせる子供達。何だかんだで、全員まとめて「恋に恋するお年頃」らしい今の彼らにとって……興味を満たしてくれる小説は、これ以上無いほどの娯楽なのだろう。

 それにしても今頃、そのモデルとお嫁さんはどうしているかな。マモンの風貌も目立つだろうが、それ以上にリッテル程の美人は間違いなく、どこを歩いていても注目の的だろう。ただ遊びに来ているだけの彼らに争う意思がなくても、絡んでくる奴というのは往々にして、どこにでもいるもんだし……変な事に巻き込まれていないといいんだが。

【番外編「公式モフコットへの道」】


「お頭、ちょっと相談してもいいでヤンしょか……?」

「うん? どうした、コンタロー」


 いつになく麻呂眉を情けない感じにしながら、コンタローがチョコチョコとやってくる。ちょっと元気がないみたいだけど、悩みでもあるんだろうか?


「……大丈夫か、コンタロー。どした? 困ったことでもあったのか?」

「あぃ……あの、お頭」

「うん?」

「おいら、どうやったらお頭みたいに……ビッグになれますか?」

「はぃ?」


 俺みたいに……ビッグになる? それは要するに……ウコバクじゃなくて、エルダーウコバクになりたいってことだろうか?


「えっとな、コンタロー。種族は今更、変えられないし……そもそも、お前はどうして俺みたいになりたいんだ?」

「あい! おいら、もっと大きくなって、モフモフを増量したいんでヤンす!」

「モフモフ増量って。多分、モフ度はお前の方が、俺よりも遥かに上だと思うけど」

「そ、そうなんでヤンすか⁉︎」

「うん。俺は毛皮に覆われてるのは、肩上からだけだし。モフモフに関しては、コンタローには絶対に敵わないぞ」

「アフ、そうだったんでヤンすね! あふふふ……よし! だったら、おいらのライバルはグレムリンでヤンす! 公式モフコットの座は譲らないでヤンす!」


 ……公式モフコットって、なんだろう……。

 コンタローはどこの世界の、どんな公式マスコット……いや、モフコットになるつもりなんだろうか?

 今ひとつ、コンタローの目指しているものが分からないが。ウコバクが突然意味不明な事を言い出すのは、今に始まった事じゃないし……。とりあえず、コンタローのモフコットへの道中を応援してやればいいのかなぁ。

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