10−4 視線も釘付け
オススメだと言われた店は確かに、こちらのオーダーをきちんと満たす場所だった。打ち合わせ通り、それなりの理由をつけて、見繕ってもらった洋服は街でも浮かない気がする。ただ……。
「……俺、子供っぽくない?」
「そんなことありませんよ。見た目が若いのは、悪いことじゃありませんわ」
「あ、そいつはどうも……」
「ウフフ、私もとってもいいと思うわ。特に、首元のリボンタイがとっても可愛くて素敵よ、グリちゃん?」
「俺に可愛いは一切、必要ないんだけど。それと、その呼び名はやめてくれよ……」
店主に差し障りもなく慰められ、リッテルに可愛いとか言われて……どうしたらいいのか、分からない。この際だから、髭でも生やしてみるか……とか考えたところで、そんなものが俺の顎には微塵も生えなかったことに今更、気づく。ベルフェゴールはよく、無精髭がみっともないとか、アスモデウスに言われていた気がするけど。みっともなかろうが、なんだろうが。そういうものが生えてくるのが、とにかく羨ましい。
「……で、リッテルは決まった?」
「どうしようかな。こっちの赤もいいけど、あぁ……ショーウィンドウの白いワンピースも素敵……」
「じゃぁ、両方買って帰ったら?」
「勿論、そのつもりよ? 私が悩んでいるのは、そこじゃないわ。今日はどっちを着てあなたとデートしようか、って事なんだけど」
「あ、そうなんだ……」
両方買うのは当たり前なんだな、この場合。さっき他にも色々とお買い上げしていた気がするが、悩んでいるのは買う、買わないの問題じゃないのか。
「もう! 何ですか、その気の抜けた返事は! どっちがいいのかピシッと決めて貰えないと、困ってしまうでしょ?」
「俺、そこで怒られないといけないのか? えぇと……それじゃ、この際、赤って事で」
「この際って、何ですか? この際って! もぅ! だったら、白にします!」
(えぇ〜⁉︎ そこで俺の意見、丸無視な訳⁇)
白い方を着る事にしたらしい嫁さんは、ちゃっかり靴も新調していて。トータルで着替え終わったところで、試着室から出てくるけれど……。色々と眩しすぎて、居た堪れないのは気のせいだろうか?
「何つーか……似合いすぎてて、却って目立たないか、それ?」
「そう? フフ、似合っていて目立つ分には、いいと思うわ」
形はシンプルだが、レースと刺繍で凝りに凝った作りのワンピースは、ちょっとしたドレスと言っても差し支えない出来映え。その姿に、リッテルはどこまでもお姫様なんだと、よく分かった気がする。そうして、周りを見渡せば……降臨したリッテルの神々しさに、他の客の視線も釘付けなのが、ひたすら気まずい。
「こちらのワンピースは当店で今1番、注目を集めている最高級品でして。アイコン的な役割も兼ねていたものですから、寸法もまさに完璧なスタイルを要求するもので……ドレスはともかく、ご本人様がここまで美しいとなると確かに目立ちますわね。それこそ、旧カンバラ展のお姫様にソックリです」
「……カンバラ展?」
「あら、ご存知ありませんでしたか? こちらにポスターがありますが……今、収穫祭に先駆けて、旧王朝のコンセプトアートの展示をブルー・アベニューの美術館で開催しているのです。現代画家の作品から、旧王家のコレクションまで幅広く展示されているようですので……もしよければ、ご覧になったらいかがでしょう?」
マダムに言われて見やれば、それらしい雰囲気のポスターが貼ってある。きっと、お姫様の肖像画か何かだろう。リッテルによく似た顔の女の子が3人、ポスターの中からこちらを見つめていた。
「へぇ〜、カンバラ展か。折角、行商の途中に寄ったんだし……どうする、リッテル。行ってみるか?」
「是非、行ってみたいです!」
「そう。それじゃ、早速行こうか……って。……ブルー・アベニューって、どこ?」
俺の提案に、目を輝かせて返事をするリッテルを尻目に……土地勘もないもんだから、情けなく尋ねると。これまた、マダムが丁寧に答えてくれる。この様子だと、偽名と誇張混じりの身の上話を信用してもらって、無事に上客認定された感じか?
「カーヴェラには中心の時計台を囲むように、4本の大通りがございまして。ブルー・アベニューは、この店が面しているレッド・アベニューとは逆辻になります。ですので、店を出て右手に沿って進んだ後に2番目の角を曲がって、割合大きめの歩道をそのまま行けば、こちらと同じような大通りに出ますわ。そこがブルー・アベニューです」
「あ、そうなんだ。うん、色々とありがとう。それじゃぁ、お会計をお願いできる? 嫁さんも興味津々みたいだし、この後はアドバイスに従って、美術館に行ってみるよ」
「はい、かしこまりました。では、こちらにお願いできますか?」
そう言われて提示された金額は、銀貨17枚に銅貨21枚。手元にある白銀貨とやらを出せば、有無を言わさず一発なんだろうけど。ここまで散々目立った上にそんな物を出したら、余計に悪目立ちする気がする。
「あ、すみません。普段、扱う金額が金貨以上だったりするもんだから、実は細かい金を用意してなくて……。申し訳ないんだけど、これでお願いしていいかな……」
しかし、切ないかな。手持ちは、白銀貨1種類しかない訳で。まさか、人間界でこんな遠慮をする羽目になるとは思いもしなかったが、これはこれで仕方ないか……。
「はい、かしこまりました。お返しをご用意してまいりますので、少々お待ちいただけますか?」
「うん。手間をかけて、すみません」
俺が白銀貨を出した途端、マダムの顔色が別の意味で変わったのと同時に、なぜか周りから変などよめきが聞こえてきて……これまた、とにかく居心地が悪い。その上、リッテルはリッテルで意気揚々と、荷物を当然のように俺に渡してくる。
「はい、あなた。今日の戦利品!」
「うん……なんだかんだで結構、買い込んじまったな……」
「ふふ、たまにはいいじゃない。それに……今のあなたも、とっても素敵。普段のラフな服装もいいけど、ピシッとしていた方がやっぱり格好いいわ」
「そう? ちょっと動きづらいのが、落ち着かないんだけど……」
シャツとかジャケットとか、ベストとか……どうしてこうも、人間の洋服は動きづらい作りをしているんだろう。以前、ルヴラに無理やり着せられた燕尾服の動きづらさも異常だったけど。今日は角を隠す為に選んだ帽子……キャスケットとか言うらしい……のせいで、あの時以上に窮屈に感じる。しかも、ベルトとサスペンダーで辛うじてぶら下っている四ノ宮が変に浮いていて。……鏡の中の自分の姿に違和感しかないのは、気のせいだろうか。
「お待たせ致しました。本日はお買い上げありがとうございます。またカーヴェラにご用事があるときは、当店にも足を運んで下さると幸いですわ」
「今後はちょくちょく来ることになりそうだから、そうさせてもらうよ。それじゃ、お邪魔しました」
「色々とありがとうございました。私もこちらのお店をとても気に入りましたので、また来た時はよろしくお願いいたします」
最後は店員も総出で「ありがとうございました」と見送られながら、ようやく店を出る。人目を憚るように人気のないところで荷物を引っ込めると、それを見届けたところでリッテルが腕に抱きついてきた。
「ありがとう、あなた」
「いや、金の出どころも出どころだし。礼を言われることは、何もしてない気がするけど……」
「そうじゃないわ。魔界の真祖様が私のためにちゃんと話を合わせてくれて、きちんとそれらしく振舞ってくれて。……それがとても嬉しくて」
それらしく振る舞う、か。確かに……人間相手に気を遣うことなんて、今までなかったように思う。きっと今の俺は悪魔というよりかは、リッテルの精霊としての性質の方が色濃いんだろう。そして……その立場を意外な程に納得しているのに、俺は我ながら驚いていた。




