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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−2 ちょっとしたご紹介

「ア、アーニャ?」

「……そうだけど? 文句でもあるのかしら?」


 同じ悪魔のプランシーはともかくとして……知れっと紛れ込んでいる顔見知りの姿に、思わず頓狂な声を上げてしまうが。なんで、こんな所にアーニャがいるんだ⁇


「いや、文句はないんだけど……。どうしてこんな所にいるんだ、お前……」

「別に? しばらく人間界にいるつもりだから、私もここを使わせてもらう事にしたんだけど」

「えっと? プランシー……これ、どうなってるの?」

「ホッホッホ。ちょっとしたご紹介がございまして。アーニャさんは契約は済ませていても、行く当てもなくこちらに来てしまったとか。ですから、お手伝いをして頂く代わりに、こちらを使う事になったのです」

「……はい?」


 さも当然のように、そこにいるメンバーにしっかり馴染んでいるアーニャだが。何がどうなって……こんな所に彼女がいるのだろう? というか……契約? 誰と契約したんだ、アーニャは。


「悪魔のお姉ちゃん! 久しぶり!」

「あら、チビすけじゃない。元気してた?」

「うん! お姉ちゃんもあの後、ちゃんと帰れたんだ。でも、どうしてまたこっちに来たの? ハーヴェンを取り上げに来たわけじゃないみたいだし……」

「探し物よ。……大切な思い出を探しに来たの。だから心配しなくても、あなた達の邪魔はしないわよ」

「ふ〜ん?」


 エルノアとも自然な会話を繰り広げるアーニャだったが。彼女は病院で過ごすのに、ぴったりの真っ白な長いローブを着ており、露出度も控えめで……普段の出で立ちが人間界では目立つ上に、かなり刺激的であることは自覚してはいるみたいだ。それでも、服の上からでも蠱惑的なボディラインは丸見えなんだけど。……これはこれで、却って目立ちやしないか?


「あの……悪魔の旦那。あの姉ちゃん、誰です? お知り合いですかい?」

「あい?」

「あ、そっか。エルノア以外は初対面だよな……うん。折角だから、天使の皆さんとアーニャも含めて挨拶しておこうな。プランシー、ちょっといい?」

「えぇ、もちろんですよ」


 背後の噴水で遊んでいるメイヤとネデルにも声をかけて、改めてこちらに向き直るプランシー。一方で……その名前にしっかり聞き覚えがあるらしい。ギノが更に困惑気味の表情を見せる。


「……メイヤ……?」

「そうだよな。……お前は知っているよな、メイヤちゃんのこと。後できちんと説明するから、ちょっと待っていてくれる?」

「はい……」

「と、言う事で。まずはこっちの紹介から。俺の隣から順番に……エルノアとギノの竜族のお2人と、ウコバクのコンタロー。で、その横のお2人はケット・シーのハンナとダウジャ。お使いにこっちに来ることもあるから、よろしく頼みます」


 俺がそれぞれの紹介をすると、順番に頭を下げつつ、お姉さん3人にきちんと挨拶をする子供達。そんな彼らの折り目正しくお行儀がとてもいい様子が、どことなく誇らしい。


「まぁまぁ。みんなお行儀が良くて、可愛いこと。私はネデルと申します。今回はこちらの調査統括と、子供達のお世話係に配属されました。普段は洗濯と掃除を担当しますわ。よろしくね」

「は〜い、私はザフィールよ。担当は子供達の健康管理と、病気や怪我の治療。ザフィおばちゃんって、呼んでね」


 ルシエルの姿を見慣れているせいか、しっかりと大人の姿をした2人の天使達に安心感を覚える。彼女達が歳をとらない不自然さも含めて、子供達の世話をするのには、幼い見た目では色々と不都合もあるだろう。こちらの人選は失敗がないように、あの天使長様も相当に考えたようだが。……だとしたら、この間の魔界訪問の人選はどういった基準だったんだと、俄かに問い詰めたい気分になる。


「よろしくお願いします……お2人は天使様、なんですか?」

「えぇ、そうよ。とは言え……こちらでは翼は常時しまっているし、魔法は大っぴらに使わないルールだから。君達も話を合わせてくれると、助かるわ」


 ギノの質問に優しく答えてくれつつ、しっかりと抑えるべきポイントも説明してくれるザフィール。元軍医と言うだけあって、彼女は思慮と常識もしっかりあるようだ。ネデルもかなり気配りができるタイプみたいだし、この様子なら心配しなくて良さそうだな。あとは……。


「で、私はアーニャ。こっちのお2人とは違って、悪魔なんだけど。もちろん、私も魔法と翼はちゃんと引っ込めておくから、安心しなさいよね。ここでは食事係を担当することになったわ。よろしく」

「しょ、食事係?」


 大きな胸の下で腕を組みながら、少し不貞腐れたようにアーニャが自己紹介をしてくれるが……。料理の習慣がないはずの彼女に、そんな真似をさせて大丈夫なんだろうか?


「アーニャさんは元々、かなりお料理ができる方だったみたいです。先ほど、メイヤにも手早く芋粥を作ってくれまして。私も一応、それなりに料理はできますが……何でしょうな。やはり専属でお料理を作ってくれる方がいれば、子供達に余計なひもじい思いをさせなくて済みそうです」

「あ、そうなんだ……って事は、アーニャは元々料理をよくする人間だったってことか……?」

「さぁね。その辺も覚えてないのよ。ただ、小さい子供に料理を作ったことがあったのは何となく、分かるんだけど。柄にもなく子供達に料理なんて、って思うんだけど……私は意外と、こういうの嫌いじゃないみたい。だから、ゆっくり思い出を探しながら、チビ達の世話を焼くのも悪くないわ」


 口ぶりからするに、アーニャは最期の記憶を探しに来たらしい。どうして今更、そんなことをし始めたのかは知らないが。少なくとも……不機嫌な口調とは裏腹に、本人は働くのも満更ではなさそうだ。


「そか。それじゃ、俺からの差し入れはあまり必要ないかな。……一応、今日もちょっとした物を用意してきたんだけど」

「これは?」

「うん。メイヤちゃん用のスープを瞬間冷凍させて、固めたものなんだけど。温めたミルクやブイヨンで伸ばせば、この間作ったのと同じ感じのスープになるぞ。白はジャガイモで、オレンジのはカボチャ味。黄色いのはトウモロコシだな」

「あんたって、本当に色々と器用よね。私だけだと料理のレパートリーが偏るかもしれないし、差し入れはあってもいいんじゃない? 特にお菓子だったら、どんな子も喜ぶだろうし」


 プランシーに手渡した袋の中身をマジマジと見つめるアーニャの言葉に、今度はモフモフ達が焦ったように同意を示す。焦りの先にある魂胆が……かなり丸見えなんだけど。その間抜けさも、妙に可愛らしい。


「そ、そうですよ! ハーヴェン様。差し入れはしてもいいと思いますッ」

「そうですぜ! 俺達も料理を運ぶくらい、できますぜ」

「あ、あぁい! 差し入れがなくなったら、本屋さんに寄れないでヤンす……」

「もぅ、みんな本屋さんに寄りたいだけじゃないか……。差し入れとお出かけは別でしょ?」

「でも、坊ちゃんだって本屋さんに行きたいでしょ?」

「え? あっ。それは……」


 そうしてお役目を取り上げられまいとするモフモフを諌めつつも、しっかり巻き添えを喰らうギノ。植物にどっぷりハマってからというもの、ギノはギノで本屋に寄るのが楽しみらしい。だけどどちらかと言うと、変に嘘でごまかしたりせずに、困った表情を見せるギノの不器用さにどことなく安心してしまう。彼は基本的に色々と器用な方だとは思うが、誰かを騙したり誤魔化したりといったスキルは変に上達しなくてもいいわけで。


「ギノ、無理しなくていいと思う。この間も我慢はするなって言われてたし、そこは素直になったらいいと思うの」

「あ、うん……。と言うか、この場で僕の感情を読み取るなんて、エルはズルイよ……」

「ムゥ? そうかな?」

「そういうことなら、差し入れは継続しような。お使いはお前達にお願いするから、よろしく頼むぞ」

「は〜い!」

「あい!」


 ちょっとむくれるギノを他所に、嬉しそうに返事をするモフモフ達。彼らの様子を周りのみんなも嬉しそうに見ているが、ついでに辺りを見渡せば……中庭だけでもかなり広い事に、気付く。今はまだ、ハコだけなんだけど。こんなに広い病院で、子供達の世話となると……4人で足りるんだろうか?

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