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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−1 ちゃんとご挨拶もしよう

 しばらく帰ってこなかったギノ達が、ようやく朝食の時間に帰ってくる。出産も無事に済んだということで、赤ちゃんは男の子だという話だった。……竜界のあの状態を目の当たりにしていた手前、失礼ながらも……男の子で本当に良かったとつい、思ってしまう俺がいる。


「そっか〜。男の子か。で? 名前は決まったのか?」

「はい。父さまも前から考えていたみたいで、ルノ君になったみたいです」

「ルノ君か。言われると、それっぽい名前に聞こえるから不思議だよな……。それじゃ、今日はルノ君の誕生祝いを探しにみんなで買い物に行くぞ〜。その前に、孤児院の様子も見に行こうかな」

「ね、ハーヴェン! お祝い選び、私も一緒にしていい?」

「もちろん。みんなで選ぼうな」

「うん!」


 エルノアも元気そうで何よりだ。余程、弟ができたのが嬉しいのだろう。


「さて、それじゃ。各自食事が終わったら準備をして、ここに集合。今日は一気に孤児院行きのポータルで移動するから、そのつもりでな。……で、ギノには後で転移魔法の構築を教えるから。そっちも頼むぞ」

「は、はい! 転移魔法かぁ……僕、ちゃんとできるかな……」

「お前なら、大丈夫だろ。ちょっと構築は難しいだろうけど、最上位魔法程じゃないし。問題ないさ」


 レーズン入りのバターロールをゆっくり食べているギノの頭を撫でてやると、どことなく嬉しそうに頷いてみせる。赤ちゃん誕生に関しては、お姉ちゃんになったはずのエルノアよりも、ギノの方が何かを理解してきたように見えて、更に大人びた印象を受けるが……それでも本人が何も言わない以上は、しつこく聞く必要もないだろう。

 とにかく。今日はお出かけして、お祝いの品物を探す。それで探した品物も含めて、ルシエルに報告して……一緒にゲルニカの所にご挨拶に行く、と。この際だから、ケーキも作ろう……メイヤちゃん仕様のスープを「特殊加工」したものを袋に詰めつつ、そんな事をボンヤリ考える。孤児院には天使様方の駐在もあると聞いているし、子供達にも一通り挨拶をさせた方がいいかもしれない。


「お頭、準備できたでヤンす」

「私達も大丈夫です」

「そうか。モフモフちゃん達は動きも早いな〜……って、お前達。本は置いていけ、本は。あっちで読む暇はそんなにないと思うぞ」

「そうなんですかい?」


 相当に夢中なのか……彼らは片時も離さず、この間買い漁った小説を小脇に抱えて満足そうにしている。


「どうしてもと言うのなら、止めないけど。……お前達、そんなに気に入ったのか? その小説」

「あい! 怪盗グリード、格好いいでヤンす!」

「そ、そう……」


 元ネタ本人を知っている手前、コンタローの様子にかなり複雑な気分にさせられるが。そんなコンタローが嬉しそうに掲げる小説の表紙には、『怪盗紳士グリードと天空島』なんてロマン溢れるタイトルが見える。

 それにしても天空島……か。その島自体はきっと、伝説の魔法都市・トルカフェスタを題材にしているんだろう。明らかに冒険譚とも思えるタイトルに思わず、秋の夜長に読むには打ってつけだと、感心してしまう自分がいる。しかも……。


(……ハンナも籠絡済みか……)


 きっちり、コンタローとダウジャに感化されたのだろう。ハンナの手にも『怪盗紳士グリードと深窓の令嬢』があるのはかなり意外だったが。ここまで彼らの嗜好をスッポリとカバーしてくる、一連のシリーズ(確か、中身は児童書だったと思う)にはかなりの魅力があるのかもしれない。見れば3人で早速グリード談義に花を咲かせていて、お出かけ前から随分と楽しそうだ。


「お待たせしました。あ、エル。靴紐、解けているよ? 結んであげようか?」

「あっ、本当だ。……うぅん、大丈夫。このくらいは自分でできないとダメだよね」

「そうだね。何たって、お姉ちゃんになったんだもんね」

「うん!」


 そんな事を言いながら、エルノアとギノもリビングに降りてくる。レースアップタイプのブーツを選んだエルノアの足元を、ギノがしっかり気にかけていて……その紐が解けていたのを、自分で結び直すエルノア。今までは、靴紐もギノが結んでやっていたみたいだったが。お姫様体質だったエルノアも、身の回りの事はできるようになったようだ。お姉ちゃん、か。弟か妹ができると、上の子が拗ねて幼児退行を起こす事があるなんて、よく聞くけれど。エルノアはその心配もなさそうで……心なしか、ちょっとした成長を見られた気がして嬉しい。


「さて、と。全員揃ったところで、サクッと移動しような。我が祈りに答えよ、我が身を汝の元に誘わん……ポインテッドポータル!」

「この魔法は……」


 俺が何気なく転移魔法を展開すると、魔法に思うところがあるらしいギノが少し難しい顔をしている。興味があるというよりも困惑気味な表情を見る限り、あまりいい反応ではなさそうだ。


「どした?」

「いいえ、その。以前、フュードレチア様もこの魔法で逃げた事を思い出して……今、どうしているんだろうって」

「あぁ。そういや、そんな事もあったな。どこで何をしているのかは分からないが、それは本人の選択だったのだから仕方ないだろ。話を聞く限りだと、フュードレチア様とやらは、それも奥さんのせいにしそうだけど……それでも、もし再会できたのなら、少しでも穏やかなものである事を願うばかりだよ」

「そう、ですね。とにかく……後で僕にもこの魔法を教えて下さい。この魔法が使えれば、神父様にいつでも会いに行けるのでしょうから」

「うん、そうだな。それじゃ、行くとしますか。あ、そうそう。孤児院には天使の皆さんも、何名かいるみたいだから。ちゃんとご挨拶もしような」

「は〜い!」


 ギノの憂いを吹き飛ばすように、元気に返事をする子供達を促して向こう側に踏み出すと。きちんと明るい空気に安心してしまう。前回があの状態だったので、思わず身構えてしまったが。今日は心配ないみたいだ。


「あぅ……神父様は中庭みたいでヤンす」

「そっか。それじゃ、まずはプランシーに会いに行こうな」


 俺の鼻よりも素早く、プランシーの匂いを嗅ぎ分けたコンタローの案内に従い中庭に出ると……中央の噴水の前で真剣な様子で話をしている、プランシーとザフィールの姿が見える。そして、奥の噴水で楽しそうに遊ぶメイヤの様子を嬉しそうに見守っているネデルと……そこには、更にもう1人。明らかに場違いな奴がいるんだが。これは……何の冗談だろう?

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