9−67 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(10)
結局、忘れられないままの思い出を話し終える頃には……俺の気分はドン底まで落ち込むわけで。要するに、俺は未だに面影さえもハッキリと覚えている程に、彼女に囚われている。そして、それがリッテル的にはどんな判定になるのか、今はただ恐ろしい。
「そう。あなたはお姫様に、恋をしていたのね……」
「どうだろうな。正直なところ、よく分からない。同情していたのは事実だし、なんだかんだで一緒にいるのが楽しかったのも……間違いないと思う。あ、でも……一応、それ以上はしてないし……」
「でも、3回もキスをしたんでしょ?」
いや、1回目はどう考えてもノーカンだろ。話のスジ的に。
「お前と出会う前の事までカウントされたら、キリがないんだけど……。その辺は勘弁してくれよ……」
「そう? だったら、そういう事にしておいてあげる。でも……怪盗さんが盗み出した女の子はお話通りに、ちゃんと自由になれたのね。ウフフ、よかった」
……怪盗を名乗ったこと、一度もないんだけどな。でも、嫁さんの夢を壊すのも忍びないし……もう少し、話を聞いてやるか……。
「俺はそっちの話、知らないんだけど……そうなの?」
「えぇ。ただ……自由になれても、恋は実らないの。だから、その切なさに自分を重ねては、泣いた事もあったっけ。本当に誰かに恋をした事もないクセに……子供だった私はお話にのめり込んでは、物語の女の子と同じように怪盗さんの腕に抱えられながら、屋根の上を疾走するのを想像してみたり。綺麗な満月の下でマスクが外されるシーンで、彼がどんなに素敵なお顔をしているのかを空想したり」
ワーォ……物語側の俺は女の子を攫って、屋根の上を走っているらしい。なんだか、犯罪の香りがプンプンするんだが。でも、怪盗なんて格好良く言ったところで、所詮は泥棒だもんなぁ……どっちに転んでも、悪い子なのは変わらない。
「ふふ……ある意味、幸せだったかな。その物語のおかげで、退屈な毎日がちょっぴり刺激的に見えて……だから、私からもありがとう。あなたがお姫様に自由を与えてくれたおかげで、私にも素敵な思い出ができたもの。そして……憧れていた怪盗さんの腕に抱えられて、いつか夢見た瞬間が今ここにあることが、何よりも嬉しい」
「だーかーらー……俺に怪盗だった時期はないんだってば」
「でもぉ……その後に怪盗さんっぽく、ちょっとした贈り物はしたんだよね〜。マモン〜?」
「贈り物も別に大層なもんじゃ……って。どうして、お前がここに居るんだよ……」
背後から聞き慣れた声がするので、仕方なしにリッテルを抱えたまま向き直ると……そこには、グレムリン達に見上げられたニヤケ顔が現れる。お前、何で勝手にこんなところまで上がり込んでるんだよ。
「……何の用だよ、ベルゼブブ……」
「ふふふ〜ん? グレムリンちゃん達曰く、このお時間だとパパとママのイチャイチャシーンが見れるかもって聞いたもんだから。覗きに来ました〜」
「それ……堂々と言うことじゃねーし。と言うか……お前ら! 何、余計な事を吹聴してんだ!」
「はぅぅぅ! だ、だって……」
「おいら達、パパとママの仲は順調かって聞かれて……」
「正直にベルゼブブ様に答えただけですよぅ……」
「もぅ……今更、何を恥ずかしがっているんでしゅ? 最後はアチシ達も一緒に寝てるじゃないでしゅか〜」
ハンスに最後のトドメとばかりに、そんな事を暴露されると、もう何を言っていいのか分からない。この場合はとりあえず……。
「リッテル。えぇと……」
「贈り物って?」
「ゔ……いや、本当に大したものじゃ……」
「……あなた?」
「えっと……」
折角、それ以上は何も触れずにおこうと思ってたのに。……嫁さんの導火線に火が点いたっぽい。
「あ、もしかして。それって……薔薇のお守りだったりする?」
「どうして、知ってるんだ?」
「グリードシリーズの別の本なんだけど……令嬢と怪盗さんの後日談が書かれている部分があって。怪盗さんがこっそり、薔薇の髪留めを贈るシーンがあったの。それも実際にあった事なのかしら?」
素敵な思い出とやらが、こんな形で残されているなんて……。俺にしてみれば、悪夢でしかないぞ。……いつか、その小説も読んだ方がいいかもしれない……。
「リッテルちゃん、よく知ってるね。そうそう。『怪盗紳士グリードと白薔薇貴族』の内容だね、それ。確か、広大な薔薇園を維持するために、人身売買を裏でやっている貴族をグリードが懲らしめる話だったと思うけど。……その白薔薇貴族から奪った宝物を、グリードがお守りにして贈るクダリがあったような」
「お前も何で、そんな話を知ってるんだよ……」
「う〜ん? どうでもいいじゃん、そんな事〜。とにかく、マモンもルヴラちゃんが気になって……僕の所にさっきの話にあったバングルを加工して欲しいって、頼みに来たじゃない」
「もう、色々と勘弁してくれよ……本当に」
全員に精神をタコ殴りにされて、情けなく懇願することしかできない俺を他所に……嫁さんの導火線は未だにチリチリと爆弾に近づいている気がして、恐ろしい。
「あなた?」
「は、はい……」
「明日はお買い物に行って……沢山、甘えます。それで……思い出の品をトコトン探しますからね。いいですか?」
「勿論です……」
「フフフ、よろしい!」
これ、火消しできた? 大丈夫なやつ?
「アッハッハ! ハーヴェンだけじゃなくて、マモンもお嫁さんのお尻に敷かれてるなんて……僕、超愉快かも〜!」
「いいから、ベルゼブブは帰れよ……! それとお前らもいい加減、変な呼び方で俺を呼ぶのはやめろ!」
「それじゃ、グリパパって呼べばいいです?」
「何、それ……却下だ、却下! とにかくパパはやめろ!」
「どうしてです?」
「お前らの父親になったつもりはねーんだよ!」
「ウゥ……おいら、とても嬉しかったのに……」
「アチシもパパとママが欲しいでしゅ……」
俺が断固拒否の姿勢を見せると、今度は揃いも揃って泣き始める4人の小悪魔共。泣いても無駄だし! 泣いても無駄……だよな?
「もう。どうして、あなたは小っちゃい子を平気で泣かせるの……」
「ゔ……だって、お前も迷惑だろ? そんな風に呼ばれるの……」
「いいえ、私は平気よ? むしろ……そう呼ばれる方が嬉しい。だって、天使は子供を産めないもの。どこかで諦めていた事を埋められるのなら、こんなにも素敵なことはないわ」
「あぁ、左様ですか……」
ママはママらしく、子供達を慰めにかかるリッテル。しかし……俺はいつの間に、グレムリンと家族ごっこをしなければならない程に、気安い存在になったんだろう。
「みんな、大丈夫よ。パパはちょっと恥ずかしいだけだから。ほらほら、泣かないで」
「うわーん、ママ〜!」
「ママ、抱っこ〜!」
「はーい、よしよし……いい子だから」
「ママ〜、僕も抱っこ!」
「お前は帰れよ! このクソ悪魔!」
グレムリンに混じって、当然のように抱っこを要求するベルゼブブを、既のところで牽制する。お前の抱っこは明らかに、如何わしいだろーが。
「もう、パパのケチ! ちょっとくらい、僕にも天使ちゃんのお触り権を分けてくれても、いいじゃない」
「そういう事はアスモデウスに頼めよ」
「えぇ〜? だって、アスモデウスは優しくヨシヨシしてくれないよ?」
「あぁ……それも、そうか。だったら、お前も天使の嫁さんを探せよ……」
「そうなるの〜? いや、だってさー。リッテルちゃんを見たら、他の子はどう頑張っても、見劣りするでしょ」
「へぇ、お前もよく分かってんじゃん」
「でしょ、でしょ? だからお触り……」
「調子こいて下らねー事、言ってんじゃないぞ……! 触覚を引っこ抜かれたくなかったら、帰れ! これ以上は迷惑だっつの!」
ベルゼブブを強制退場させようと、ドアの外に押しやる。そうして勢い、一緒にドアの外に出ると……さっきの調子を保ちつつ、ベルゼブブが本題とばかりに話しかけてきた。
「あ、そう言えば……マモン、知ってる?」
「何を?」
「あの髪留めの行方」
「いいや? あの後、ルヴラの様子は見に行ってないし。今は誰が持っているのかも、そもそも現存しているのかも知らないけど。だって、あれを渡したの……1300年以上も前の事だぞ?」
「そうだよね〜。いや、あのバングルさ。多分、素材自体は霊樹の化石だと思うんだよね〜」
「それがどうしたよ?」
「うん。きっとユグドラシルが健在だった間は、冗談抜きでお守りとして機能していたと思うんだけど、今の瘴気満載の人間界でどんな状態になっているか、気になってね。……持ち主に悪い影響を出してないと、いいけど」
「あっそ。俺には関係ねーし。ルヴラがきちんと幸せに暮らせてたんなら、気にするつもりもない」
「それも、そっか。それじゃ、仕方ないから僕は帰るよ。で、明日のお土産、楽しみにしてるから。ヨロシコ〜!」
「……ハイハイ。何でお前に土産を用意せにゃならんのか、分からんが……まぁ、いいか。そのくらい……」
しっかりと土産を要求しつつ、鼻歌交じりで帰っていくベルゼブブ。しかし……この調子だと、いずれ本当に覗きにくるんだろうか。そろそろ、寝室のドアを鍵付きにした方がいいかも知れない。




