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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−66 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(9)

(結構な頭を揃えて来たか……さて、どうしようかな。この程度だったら、一気に焼き尽くしても良いけど。時間稼ぎもしないといけないか……)


 城の上空で、わざと魔力を開放してやると。ターゲットを捕捉したと言わんばかりに、さも神々しく天使共がやってくる。相手が俺1人である事を認めつつ、それがどんな奴かを即座に判断したらしい。一団でも特に偉そうな奴が、ヒリ付いている俺の神経を逆撫でするように……ムカつく感じで話しかけてきた。


「ほぉ? これだけの魔力を放っているから、どんな悪魔かと見に来れば……フフフ……アッハハハハハ! これは良い! 今日は犬ではなく、大物の虎の毛皮が手に入りそうだ!」


 見れば首元にウコバクの毛皮を巻きつけた天使が、事も無げに悪趣味な事を言い始める。獲物の皮を剥ぐ趣味があるのは、ベルゼブブやサタンだけだと思っていたが。天使様の中にもそんな輩がいるなんて、思いもしなかった。


「そう? 言っとくが、俺はお前らに負けてやるつもりはないけど」

「フン、言わせておけば。このウリエル様に、悪魔ごときが勝てるとでも? いくら真祖とは言え、我らに楯突こうなど言語道断! お前ら、虎を逃さぬよう網を張れ! この猟場で虎を狩る、私の勇姿をしかと刮目するのだ。手出しは無用ぞ!」

「俺相手にサシで来るとは……ま、度胸だけは褒めてやろうかな」


 ため息混じりで応じる俺相手に、結構な刃渡りの大剣を振り回してくるウリエルとやら。得物自体は相当レベルの武器なんだろう、確かに切れ味も威力も申し分なさそうだが……。


「……チッ。随分と偉そうな事を言ってたから、ちょっとは手応えがあるかもと期待してたのに。ここまでへなちょこだと、マトモに相手してやるのも、馬鹿馬鹿しいな……」

「……な、どういう事だ? オラシオン! 何を手加減している⁉︎」

「武器のせいにしてどうすんだよ……お前、冗談抜きで剣の腕が足りないんじゃない? そんな大振りの太刀筋はモロバレだっつの。このバーカ」


 後頭部で腕を組みつつ……丸腰の俺にかすり傷1つ付けられない事が余程、信じられない様子。俺にしちゃ、見切れている攻撃を避けるのは容易いんだけど。原因も理由も理解しようとしない自信家には、考えも及ばないんだろう。その上で……刮目せよだなんて、いらない宣言をした手前、格好がつかなくて焦っているのもよく分かる。しかし……その屈辱の晴らし方はどう頑張っても、天使らしからぬものだった。


「カーネル!」

「は、はいッ⁉︎」

「そう言えば、お前……この間、憤怒の悪魔を取り逃がしていたな?」

「え……? しかし……あれはルシフェル様の判断でも、致し方なかったという結論になったはずでは……?」

「天使長が良いと言っても、私は認めぬ! とにかく……埋め合わせに役目を与えてやるから、こっちに来い!」


 突然、関係のない話をし始めたかと思うと、自分の側にカーネルと呼ばれた小柄な天使を呼びつけるウリエル。そうして何も知らない中級天使に、明確な理由も役目も述べる事なく、剛剣を振るい始めた。


「ッ……⁉︎ ウリエル様、い……一体、何を⁉︎」

「……ふむ、オラシオンの切れ味は正常か……? フンッ!」

「……⁉︎」


 最後は縦に一閃を走らせると、あろう事か同族を真っ二つに寸断してみせる。奴の理不尽を命令通りに刮目している天使達から、恐怖の声が上がるが……それすらも一睨みで黙らせる大天使の傲慢に、異を唱える猛者はいないようだ。


「お〜、お〜。いくら俺に歯が立たないからって、部下で試し斬りする事ないだろーよ。武器も真っ赤じゃん」

「フフフ、実にいい色ぞ。白銀にはやはり、赤が似合う」


 うっわ。もしかして……こいつ、色々とヤベー奴? 剣の腕前はショボいし、趣味もとってもよろしくない。


「お前……色々と大丈夫? いや、俺も配下を一思いにバッサリはあるけど。幾ら何でも、試し斬りに部下を使うなんて、不条理はやった事ないぞ?」

「フン。余裕でいられるのも、今のうちだ。もういい! お前達、援護しろ! 所詮、悪魔は天使には敵わぬ事を思い知らせてやるのだ!」


 ……おいおい、手出し無用じゃなかったのかよ。なんだか、色々と残念な感じだな。イヤ、本当に。


「結局、そうなるのなー。丸ごと吹き飛ばす分には、そろそろいいか……」

「永劫の苦痛をもって罪を雪げ、光をもって制裁を与えん‼︎ ホーリーパニッシュ‼︎」

「輝く朝日の黄金を纏い、天に舞え! 雷獣の咆哮をあげろ! エアリアルカノンッ!」

「地より出でし、抱擁の息吹を持って大地の剣振り降ろさん! サンディエッジ!」


 尻込みしつつも、ウリエルの号令で想い想いの攻撃魔法を一斉に放ってくる天使達。数打ちゃ当たるつもりなのかは知らないが。真祖相手にどれもこれも、錬成が下手くそなのが却って腹が立つ。


「……沈黙を守れ、静寂を望め! 声を奪い、舌を摘み、虚無を育まん! サイレントカノン、セブンキャスト! そんでもって、常しえの鳴動を響かせ、仮初めの現世を誑かせ……ありし物を虚無に帰せ、マジックディスペル!」

「沈黙魔法に無効化魔法か。2種類の魔法を同時発動したのは褒めてやるが、この波状攻撃を防げるとでも? 大体、我らには状態異常への耐性があるのを知らぬのか、この戯けが!」

「まっさかー。何のための拡張式異種多段構築だよ。ハイハイ。勉強不足の天使の皆さんに、魔法の正しい使い方を教えてやろうな。……魔法はな、構築中にきちんと結合して発動すれば、合成できるんだよ! 舌禍を悔やめ、全ての災禍を駆逐せよ! 咎多き罪人に、永劫の沈黙を与えん! オーバーキャスト・エターナルサイレント!」

「……なにッ⁉︎」


 土台となる大きな黒い魔法陣の上に、綺麗に7個の黄色い魔法陣を並べて。それらがカチリと嵌りながら結合されると、めでたく連結された魔法が発動される訳だが……風属性の魔法7式で闇属性の魔法結合を魔力の薄い人間界でこなすのは、俺でも少々キツイ。でもこれさえしておけば、見るに耐えない魔法に煩わしい思いをしなくて済むし、それはそれでいいか。


「ウリエル様……!」

「魔法が発動できなくなりました!」

「今のは……一体?」

「お、落ち着け! この程度の魔法で狼狽えるな!」


 ウリエル様とやら、お前が1番狼狽えてんじゃん。説得力ないだろうよ、それ。


「慌てるのも、無理ないよな。さっきのは、半永久的に相手の魔法能力を全て奪う魔法だ。要するに、だ。お前らは俺が死ぬか、新しい器でも手に入れない限り……魔法が使えない、ってコトだな」

「な、なんだと⁉︎ そんなハッタリが通用するとでも……」

「ハッタリかどうかは、すぐに分かるんじゃないの? それとも、何か? 器ごと機能停止しているのに気づけない程、能無し揃いなのか? お前らは」

「そういう事であれば……お前を殺せばいいのだろう⁉︎ だったら、話は早……」

「それすらできねー奴が今更、何を言ってんだよ……」


 そろそろ潮時か。

 ウリエルの破れかぶれの攻撃に、しばらく付き合ってやりつつ……下らない茶番を終わらせるトドメの魔法構築に入る。


「天王の名の下に怒号を纏い、荒神たる鉄槌とならんことを。金色の息吹で全てを滅ぼせ! イエローカタストロフィ……シックスキャスト!」


 満を持して、それなりの錬成度で魔法を発動させると。視界の中のあらゆるものが、眩い光の束で埋め尽くされる。刹那の煌めきの後に残されたのは、焼け落ちた城跡と雪のように降り積もる何かの遺灰。そして……照準を外して生かしてやった生存者の背後に回り、翼を掴んで振り回し、地面に叩きつける。


「……クッ! 一体……どうなっている⁉︎ ほ、他の者は……?」

「なーに寝ぼけた事、言ってんだ? さっきのでお前以外は仲良く全滅だよ……ご愁傷様でした、っと。ホレホレ、どうだ? 敗北で土を舐める屈辱と、部下共の遺灰の味は? 下衆の舌には、さぞお誂え向きなんじゃない?」


 地面を情けなく這っているウリエルの頭を、上空から思い切り踏みつけて……顔を柔らかな灰の上に潜らせてみる。ウンウン、やっぱり敗者は足蹴にするに限るな。


「こ、この……痴れ者が……! あろう事か、このウリエル様に……」

「うっせぇよ、この能無しが。いいか? 他の奴に理不尽をかましていいのは、本当に強い奴だけだ。お前みたいな、ほんの少し周りより強いだけの奴が……自分より弱い相手に、無駄に威張り散らしてんじゃねーよ」

「だが……私は生き残った……! それは、つまり……」


 えっと? まさか、まだ自分が強いとか思っちゃってる? この人。どんだけ、自分に自信があるんだよ……。


「あ? この期に及んで何、勘違いしてんの? 俺、お前はわざと生かしてやったんだけど?」

「……⁉︎」

「他の奴らは翼が増える可能性がある……まだ伸び代があるって事だ。だけど、お前はそうじゃない。大天使であれば、その上はもうなかったはずだろ? それはつまり、お前は歯向かってきても、いつでも簡単に殺せるって事。今でさえ、その程度の実力しかないんだ。どんなに年月がかかろうと、どんなに努力をしようと……魔法さえ失ったお前が、俺に勝てる可能性は微塵もないだろうさ」


 あいにくと、俺は弱い相手には本気を出さない主義なんでね。この程度のカスを始末するのも、煩わしい。


「ま、簡単に言うと。お前には俺が手を下してやる価値すらないってこった。……圧倒的に強い奴は弱い奴の首根っこを捕まえたまま、生かしてやることを許される。そうして気まぐれに、躊躇いもなく殺処分することも許される。これが本当の強者の傲慢ってヤツなんだよ。それはともかく……ふ〜、これでようやく帰れるなー。うん、ま。結構、いい暇つぶしになったか?」

「ま、待て!」

「あ? まだ何か?」

「こんな事をして、タダで済むとでも……思っているのか? この……ウリエル様にこんな事をして……!」

「タダで済むと思ってるけど?」

「は?」

「いや、さっきも言ったじゃん。お前程度、いつでも殺せるって。しかし、まだ楯突くか。うーん……あ、いい事思いついた、っと。そういう事なら、戦利品を貰おうかな」

「戦利品……?」


 未だに自分の身の程を知らない大天使様の腕に、乳白色のバングルがついているのに気づいて、転がっていたオラシオンとやらを奪うと……一思いに、左手首ごと落としてみる。


「……クアッ⁉︎ き、貴様……何を……⁉︎」

「これ、頂いてく。それなりの魔法道具っぽいし、ちょっとした手土産に良さそうだな。あ、こっちは返すよ。お前の血が付いた武器なんて、使えたもんじゃないし」


 そうして最後まで気紛れを装いながら、ようやく魔界行きのポータルを構築して、向こうに帰る。ヨルムツリーは怒っているかもしれないが、大天使が恐るるに足らない事が分かったのは……かなりの収穫だろう。それに……。


(今頃、姫様達はどの辺だろうな? って、そんな事……俺が気にする必要はもうないか)


 本当は最後まで無事を見届けて、できれば……そんな事を考えそうになって首を振り、自分を納得させて諦める。

 だって、そうだろ? クソガキを飼う趣味は、なかったはずじゃないか。何を今更、未練ったらしく思い出してんだよ。とにかく、忘れろ。いいから……忘れてしまえ。


 そうして苦し紛れに帰り着いた玉座に座りながら、仮面を剥いで、その場に放る。大事なものだと言いつつも……自分を縛っていたそれを忌々しく睨みながら、帰ってくると同時に自分には自由がない事に気付いて、とにかく辛い。


(遅かったな? どこをほっつき歩いていた……この大馬鹿者が!)

「……言いたくないし、言うつもりもない。叱りたければ、いくらでも叱れよ。……怒りたければ、いくらでも怒れよ。どうせ……何をしたって、何も変わらないんだろうから」

(今日は随分と素直だな? どうした、マモン。……何があった?)

「別に。強いて言えば、勢いで人間界の国を1つ滅ぼして……随分な数の天使を消し炭にしてきた。それだけだ」

(ほぉ? まぁ、そういう事なら……許してやらんでもない。それに……こうして大人しく戻ってきたのだから、今回は特別に許してやろうぞ。だが、次からは勝手に呼び出しに応じるな。分かったな?)

「ハイハイ、分かってるよ。……分かっているさ」


 姫様には自由を与えてやれたのに。それに引き換え、自分はどうだ? こんな真っ暗な世界で……欲しい物すら見当たらない味気ない世界で。これ以上、何をどうすればいい?


(……もういいや。とにかく寝よう。どうせ……)


 目を閉じて少し眠れば、きっと忘れられる。振り回された事も、助けてやった事も……大好きと言ってもらえた事も。何もかも……忘れてしまえれば、どんなに楽だろう。

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