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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−4 よろしくお願いされたくない

「アーチェッタ? ですか?」


 今日も今日とて、ラミュエル様に呼び出される。エメラルダの精霊データを無事登録し、報告書を出してサッサと帰ろうと思っていたのだが……最近、何かにつけ呼び出されている気がする。


「そうなのよ。アーチェッタには、リンドヘイム聖教の本部があるんだけど、どうも……その本部が怪しい動きをしているみたいなの」


 アーチェッタと言えば、少し前にハーヴェンが書いていた手紙の宛先だ。確か、差し入れをしていた子供達が引き取られたというのは、教会の本部だという話だったが。


「……それで、怪しいというのは?」

「何でも、精霊を作り出す実験をしているらしいのよ」

「精霊を……作り出す⁇」


 どういうことだ? 精霊を作り出すなど……眉唾物の錬金術を使わない限り、無理なのでは? その錬金術だって、概念もお粗末な紛い物もいいところだろうに。


「どうやら彼らは精霊を大量に捧げれば、霊樹が復活すると考えているらしいの」

「霊樹の復活、ですか」


 霊樹の復活は確かに人間達の悲願でもあるだろうが、そのために今までもかなりの犠牲を払ってきたことを、彼らは忘れてしまったのだろうか。彼らは今更になって……また、同じ過ちを繰り返そうとしているのか?


「でも、人間は精霊と契約する術を持っていないでしょ? 野良の精霊を捕まえようとしても、都合よく出歩いているわけでもないし。……で、彼らはいないものは作ってしまおうという結論に達したらしいの」

「随分と……無茶苦茶な発想ですね」

「そうね。私達からすれば、荒唐無稽よね。でも、彼らはあまりに本気にしすぎて……どうやら、色々と見失っているみたいなのよ」

「色々と見失っている?」

「……精霊の材料って、何か知ってる?」

「そもそも……命があるものに対して、材料という言葉自体が無意味かと思うのですが」

「本当にそうよね。でも……彼らはその命を生み出すために、他の命を購うことで精霊を生み出そうとしているみたいなの……」

「……⁉︎」

「彼らは精霊を作り出すために、方々から実験台の子供達を集めているみたいでね。……だとすれば、そんな残酷なことがあってはいけないわ。そこで、あなたにお願いがあるのだけど」


 そういうことか。ならば、断る理由もないだろう。


「承知しました。アーチェッタに赴き、彼らを助ければ良いのですね」

「お願いできる? それに……ほら、あなたのハーヴェンちゃんなら、人間を眠らせるのは造作もないでしょう?」

「まぁ、そうですが……それに、個人的に気になることもありまして」

「と、言うと?」

「ハーヴェンが以前、目を掛けていた孤児達は今、アーチェッタにいるらしいのです」

「なんですって⁉︎」

「ハーヴェンは彼らがお腹を空かせる事もなくなると……快く見送ったらしいのですが。とにかく明日、早速向かいます」

「だとしたら、早めに対処しないといけないわね。あ、因みに。報告書係は別に付けるから、ルシエルは任務に集中してちょうだいね」


 今、なんと? 報告書……係?

 

「愛のロンギヌス第3弾、楽しみにしているわ。もちろん報酬も弾むから、任務の方もよろしくね!」

「……今、第3弾と言いました? 第3弾⁉︎ しかも、任務の方がついでに聞こえますけど⁉︎」


 あら〜、そうかしら〜……と嬉しそうにまた、腰のあたりからごそごそと何かを取り出すラミュエル様。その手にはぽっちゃりの呪い第2号と思しき小説が収まっている。表紙にはこれはまた、恥ずかしげもなく『嵐を呼ぶ愛の連携魔法』とか意味不明なタイトルが見えるが。「嵐」とはもしかして、フューリースカイの事か……?


「今回は特別にマディエルも同行させるから、お願いね」

(……よろしくお願いされたくない……)


***

 退屈な昼下がり。夕飯の仕込みも終わり、何気なく空を見上げれば。これまた、綺麗に快晴……のはずだったが。不意に、空が真っ黒になる。


「およ? なんだ、なんだ?」


 目を擦ってみても。一瞬真っ黒になった空は、先ほどの綺麗なブルーを取り戻している。気のせいかな、と思い始めた頃に……真っ暗の原因が目の前に立っているのにも、ようやく気づいた。そんな彼の手を握る小さな女の子は、見覚えのある笑顔を見せている。


「久しぶりだな、ハーヴェン殿」

「おう。元気してたか、ゲルニカ」

「あぁ。おかげさまで」


 父親の方が言うが早いか、女の子の方は相変わらずの人懐っこい様子で、俺に飛びついてくる。


「おぉぅ、エルノアも元気そうだな。もう……大丈夫なのかい?」

「うん!」

「こら、エルノア! いきなり飛びつく奴があるか。少しは落ち着きなさい」

「別に構わねぇよ? エルノア〜、今日の夕飯はペリメニとボルシチだぞ。で、デザートはアップルパイだからな〜」

「わ〜い、アップルパイ‼︎」


 エルノアの勢いに驚いているらしい。ゲルニカは金色の瞳を丸くしながら、少し困った表情をしている。


「で、お前がわざわざお出ましって事は……今日からエルノアを預かればいいのか?」

「あ、あぁ……その通りなのだけど……。ただ、エルノアがこんなに飛び上がってはしゃぐ姿を、初めて見たと言うか……エルノア、いいかい。母さまも言っていたと思うが、ルシエル様とハーヴェン殿に迷惑をかけないようにしないといけないよ」

「分かっているもん」

「……分かっていなさそうだから、言っているのだろう?」

「そんな事ないもん」


 母親にだけでなく、父親にもイヤイヤ期を発動しているらしいエルノア。以前の彼女を知っている俺としては、その様子が妙に引っかかるが……とにかく、元気になって何よりだ。


「あぁ、俺の方は大丈夫だからさ。そんなに気を使うなよ」

「しかしだな……」


 エルノアの「イヤイヤ期」には、理由がありそうな気もしないでもないが……天下の竜神様も、娘の前だと形無しだという事だけはよく分かった。


「そだ。折角来たんだし、よければお茶でもどうだ?」

「ありがとう。だが、私はすぐに帰らなければならない。こちらはエメラルダ様も協力してくださるとの事だし、大丈夫だと思うのだが……忙しなくて、申し訳ない」

「そっか。相変わらず、忙しいみたいだな」

「すまない。今度また機会があれば、寄らせていただくよ」

「おう」


 そう言って、ゲルニカが最後にエルノアの頭を優しく撫でる。


「では、私は竜界に戻る。何かあったら、私を呼び出すようにルシエル様に言うんだよ。いいね?」

「うん!」

「……それでは、ハーヴェン殿。娘をよろしくお願いいたします」

「おぅ、任せとけ!」


 俺の答えに満足したのだろう。ゲルニカは綺麗な笑顔を見せると、巨大なドラゴンに戻って……そのまま一直線に、青空へ舞い上がって行った。


「しっかし、エルノアの父さまは本当にすごいよな。……一瞬で雲の上だもんな」

「でしょう? 父さまは竜界で1番のドラゴンなんだもん」

「……そうだよなぁ」


 長老様もそう言っていたし……父さま贔屓のエルノアの意見でも、否定する理由は何もないよな。


***

 夕飯の席に着くと、今日は懐かしい顔がテーブルに座っている。デザートのアップルパイを嬉しそうに頬張り、満腹になると……すぐさまおネムに襲われている、見慣れた姿に安心してしまう。一緒にいたのは、1週間ちょっとだというのに。……こうしてみると、3人暮らしが当たり前になってしまっているから、本当に不思議だ。小さな手を引いて屋根裏部屋に寝かしつけにいくのも、却って新鮮に感じる。何もかもが……懐かしくて、くすぐったい。


「エルノアは眠ったかい?」

「あぁ、その辺りは相変わらずだよ」

「そっか」


 ハーヴェンも心なしか、とても嬉しそうだ。おそらく、ハーヴェンはもともと子供好きなのだろう。それにしても、子供がいるというのはこういう感覚なの……だろうか? 私が娘を産めたなら、こんな感じになるのか?


「どした?」

「いや、別に……」

「フゥン?」


 思わずモジモジしている私の気配を、目敏く察知するハーヴェンだったが。私のそっけない返事を特に気にする様子もなく、お茶を差し出す。そして私も何かを隠すように、努めて素直にお茶を受け取る。……この流れで、明日の任務のことを話さなければいけないのだが……何となく、気が重い。


「そうだ、ハーヴェン。明日、任務でアーチェッタに行く事になった」

「アーチェッタ⁉︎ マジで?」

「あぁ、それで、例によってお前の力を借りたいのだが、少々……」

「……どうした?」

「お前が言っていたリンドヘイム聖教の本部だが、どうも……かなりキナ臭い動きをしているらしいんだ」


 ハーヴェンは基本的には穏やかな性格だ。多少熱くなる部分はあるが、当日突然に理由を話して驚かせるよりも、ここで話してしまった方がいいだろう。きっと話の内容からするに……彼を色々な意味で怒らせてしまいそうな気がするが。力を貸してもらう以上、マスターとしてきちんと任務内容は説明しておくべきだ。


「どうやら……精霊を作り出すという馬鹿げた理想のために、子供達を実験台にしているらしい」

「は⁉︎ それ……どういう事だ⁉︎」

「彼らは大量の精霊を苗床に、霊樹を復活させようとしているらしくてな。しかし……精霊との契約手段すら持たない人間に、精霊を隷属させるなんてことは不可能だ。それで、いないものは作ってしまえばいいと、無茶苦茶な発想に至ったらしいのだが……」

「実験って、どんなこと……しているんだ?」

「それは分からない。ただ、子供達にとって良くない状態であることは間違いないだろう。そこで、ラミュエル様から彼らを救うように御達しがあった。……協力してくれるか?」

「当たり前だ‼︎ 俺ができることだったら、なんでもするさ」

「そうか。だが、私達の任務はあくまで救済だ。粛清じゃない。どんなに悪人でも……人間を手にかけることは、可能な限り避けなければならない」

「……分かってるよ。俺達は子供達を助ける……それを第一に考えるさ」

「あぁ、そうだな」

「しかし……エルノアには、なんて説明するよ?」

「エルノアに?」

「あぁ、あの子も孤児達……特にギノっていう男の子と、仲が良かったからな……」

「……留守番させるわけにもいかないし、連れて行くしかないのだが……そうか、それは考えてもいなかった」


 まさかこのタイミングでエルノアが戻ってくるなんて、思いもしなかった手前……ハーヴェンの当然の指摘に言葉が詰まってしまう。さて……どうしようかな。彼女1人でお留守番は……ないだろうな。


「まぁ、俺から軽く説明しとくよ。今はちょっと、難しいお年頃に逆戻りしているみたいだが……もともと聞き分けはいい子だ。……多分、大丈夫だろ」

「なんだか変なことも押し付けて……すまない」

「気にすんなって」


 しかし、子供好きらしい悪魔はその扱いも慣れていると見えて……アッサリと最善策を提示してくる。嫌な顔をせずに快く力を貸してくれる以上に、彼の広すぎる適応力が本当に羨ましい。

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