9−62 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(5)
「ウフフフフ……! なんて一途で愛しいのかしら……」
「な、なんだよ……何がどうなって、そんな感想が出てくるんだよ?」
またも、リッテルが嬉しそうに笑っている。しかし、一途って……姫様の事か? あれは一途なんかじゃなくて、タダの束縛だと思うんだが。
「だって、お姫様がとってもいじらしくて、可愛いんですもの。あなたを逃したくなくて、あなたと一緒にいたくて……彼女は一生懸命だったんでしょう?」
「どうだか。ただ、必死だったのは間違いないだろうな。どうしても嫁に行きたくなくて、ミスチョイスもいいところの悪魔を相手に選ぶんだから」
「そうかしら? あなたが悪魔かどうかは、この場合は関係ない気がするけど……」
……俺が悪魔なのは、思いっきり関係あると思うんだけど。アグリッパの目的からしても、悪魔であることは大前提だと思うし。
「それ、どういう意味だ?」
「内緒。ね、それでその後はどうなったの? 舞踏会、ちゃんとうまくいったのかしら?」
「あぁ、もちろん。ちゃ〜んと、ぶち壊してやりましたよ、っと……」
「まぁ、そうなの? あなたったら、いけない子なんだから!」
「ハイハイ、俺はいつだって悪魔ですよ〜。……ケッ、いけない子で悪かったな」
妙に子供扱いをされた上に、何かをはぐらかされた気がするが……嫁さんの期待いっぱいの瞳に、逃げることを早々に諦めて話を続ける。多分、最後まで話さないと……納得してくれないんだろうな、これは。
***
「……それ、何?」
「もちろん、悪魔さんの衣装だけど……ねぇ、どう? 黒が好きみたいだったから、コルネリウスに用意してもらったの! でも、折角のパーティだもの。おめかししてもらおうと思って、上着は綺麗な刺繍入りなのよ?」
暫く惰眠を貪ってから仕方なしに帰ると、そこには俺に着せるつもりらしい妙に煌びやかな衣装と、満面の笑みの姫様とアグリッパが待ち構えていた。さっきの涙は一体どうしたよ……と心の中で叫びたくなるが。嬉しそうな姫様を見ていると、素気無く断るのも悪い気がする。一方で、今朝の執拗な観察はこれのサイズを測るためだったという事にも俄かに気づいて、してやられた感が半端ない。
「なるほど、悪魔殿は随分とスタイルがいいようで。良かったですね、姫様。これはどう頑張っても、グスタフ王子には歯が立たないと思いますよ。ここまで秀麗な方が隣にいれば、諦めてもらえるかも知れません」
「そうよね! あ、ところで……悪魔さん、お名前は? 流石に悪魔さんって呼ぶわけにはいかないし、そろそろ教えて欲しいのですけど……」
「……勝手に話を進めといて、今更、そんな事を聞くな。俺はそれを着るつもりもないし、人間に名乗る名前もないし。そのグスタフとやらがどれだけ醜いのか以外は、興味をそそるトピックスもないし。とにかく……」
俺がため息混じりで答えているのを堂々と無視して、2人がかりでお着替えを強行するつもりらしい。彼女達が身ぐるみを剥がしにかかってくる。続け様に容赦無く服を捲られると、冷気が入り込んできて……色々な意味で寒気がした。
「あ、おい! ちょっと待て! いきなり、何するんだ⁉︎」
「だって悪魔さん、自分でお着替えできないんでしょ? だったら、私達がお着替えさせてあげます!」
「違うって! 着替えられないんじゃなくて、着替えたくないの! いいから……わ、そんな所を脱がすな! 待てって言ってるだろーが⁉︎」
「ふふふ、恥ずかしいのですか? それにしても……まぁ、まぁ。綺麗な肌ですこと。しかも、意外と色白なんですね……羨ましい限りです」
「ひゃっ⁉︎ へ、変なところを触んじゃねーし!」
背後からそんな風に言われて、腰の部分に指を立てられると……寒気が加速して、今度は悲しくなってきた。何で俺……女2人にひん剥かれてるんだろう……?
「あぁ、もう分かったから! 着替える! 着替えれば、いいんだろッ⁉︎」
「うふふ、よろしい!」
「それじゃ、姫様。悪魔殿は恥ずかしいそうですので、外に出ていましょうか?」
「え? 外に出ないとダメなの? お着替え、見ていたかったのに」
「ホラホラ、覗くのは淑女としてマナー違反ですよ。では、悪魔殿。お着替え、よろしくお願いいたします」
このまま逃げたら……怒られるよな、きっと……。
扉1枚のプライベートを確保できたところで、溜め息をつくけど。この首元ヒラヒラも着ないといけないのか? 俺、本当に何をやっているんだ? 約束を守ろうとすればするほど、どんどん惨めになっていくのは気のせいだろうか。
「……一応、終わったけど……」
仕方なしに着替えて外に出ると、待っていましたと歓声をあげる女2人。こういう事はあまり意識するつもりもないのだけど、女2人集まると姦しいっていうのは……こういう事を言うんだろうな……。
「悪魔さん、格好いい! でも……仮面は外せないの? お顔、見たいな〜」
「却下。こいつは一応、お仕事中の目印で付けてんの。……素顔を見せられる程、見目麗しいわけでもないしな」
「そうなの? あ……悪魔さん、ボタン掛け違えていますよ? ほら、ここ……順番が違います」
「ゔ……」
どこか子供染みた間違いを指摘されながら、着慣れないシャツのボタンを直してもらうけど……だって、こんなに動きづらい服、着た事ないし。仕方ないだろ……と心の中で言い訳しているのが、ますます情けない。
「……あ、あとね……」
「まだ、何かあるのか?」
「お名前。まだ聞けてないんだけど……」
「さっきも言ったろうが。人間に名乗るための名前は持ってない」
「じゃぁ、デビデビって呼んでいい?」
「……何だ? その変な名前は……」
「気に入らないですか? えっと……次は」
もしかして……名乗らないと強制的に変な名前で呼ばれるパターンか、コレ……。しかし、俺の場合は名前イコール種類名な訳だし……ここでそれを教えたら、アグリッパの存在もあって、変に縛られかねない。……仕方ない。ひとまず、偽名を教えとけばいいか。
「……グリード。とりあえず、お前らにはそう呼ばれる事を許してやる」
「グリード、ですか。なるほど。あなた様はやはり、強欲の悪魔だったのですね」
そうして名乗った途端に、そんな反応をされて今までにない危機感を覚える。分類について言及できる時点で、アグリッパにはある程度、悪魔の知識があるのは間違いないだろう。……この女、何者なんだ?
「フゥン? 意外と普通な名前ですね? それじゃぁ、グリちゃんって呼びます。よろしくね、グリちゃん」
「……結局、情けない名前になるのは避けられないのな、俺は……」
……変な名前なのは、変わらねーじゃん。全く、真面目に名乗って損したなー。
「で、早速グリちゃん」
「ハイハイ、何でございましょうか? クソガキ様」
「もぅ! クソガキはやめてください。ルヴラって呼んでほしいです」
「そんなことはどうでもいいし。で、なんだ? クソガキ」
「ゔ……グリちゃんの意地悪……。その……」
「あ?」
「髪の毛。束ねて欲しいなと思って……」
「髪?」
「グリちゃん髪の毛、ちょっと長いと思うの。おめかししたのに、それじゃ台無しだから……それらしくしてほしいのです」
「悪かったな、台無しで」
「という事で、コルネリウス。グリちゃんの髪の毛束ねてあげて」
「はい。では……グリード殿。御髪を失礼しますね」
「……もう、どうでもいいや。……好きにしろ……」
抵抗するのにも疲れ果てた俺の背後で、当然のように髪をまとめ始めるアグリッパ。そうして髪の毛が締め上げられると、心なしか窮屈な気分にさせられる。……また性懲りも無く、何か仕込んできやがったな、この女。
「うん! グリちゃん、バッチリです。それじゃぁ……早速、会場に行きましょ?」
「……当然のように腕に抱きつくな、クソガキが」
「今日くらいは付き合ってください。……どうせ、最後まで一緒にいてくれないのでしょうし。生きている間に、ちょっとだけ素敵な思い出を残してくれても……良いでしょう?」
素敵な思い出、か。俺と一緒にいたところで、どんな素敵な思い出とやらができるのかは、想像もできないが。ロヴァ親父の様子だと、ロクな思い出もなかったのかもしれない。そう考えるついでに少し同情しかけて、その感情を必死に打ち消す。どうして、俺がこんな小娘に同情しなければいけないんだ。馬鹿馬鹿しい。




