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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−58 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(1)

 俺が買い物をしたいなんて言い出したのを、きちんと覚えてくれていたらしい。リッテルがかなりの金額と思われる人間界通貨を持ち帰ってくる。なんでも……それはルシエルちゃんからの謝礼金で、調査に対するご褒美だという話だった。金は向こうで調達すればいいなんて、適当に思っていたが。……考えたら、人間から奪うのはナシなワケで。体裁ばかりを気にして、肝心の金策がおざなりになっているなんて、間抜けにも程がある。

 そんな風に俺が萎れているのを他所に、彼女は嬉しそうに新しい小説と……何やら、妙に既視感のある人形を本棚に並べているが……。


「リッテル……その人形、誰?」

「あら、やっぱり気になる? これは神界で超高額景品として注目を集めている、魔王人形なの。それで、あなたのお仕事姿を模したものだって、ルシエル様に教えていただきました」

「そ、そうか……」


 最新刊の横にさも当然のように鎮座している、俺らしい人形。

 ……まさか、こんな形で嫁さんの目に「あの姿」が触れるなんて、思いもしなかった。仮面はともかく、衣装がどっかの誰かさんに無理やり着せられた燕尾服だったりするのが、非っ常に居た堪れない。

 以前から、何かと人間界をフラついていたベルゼブブから妙な小説が出回っていると、聞いてはいたが。俺としては、あまりに情けない体験談を根掘り葉掘り聞かれたくなくて……話題にすることさえ避けてきたんだけど。……大丈夫だよな、きっと。嫁さんも知らないはず……。


「でね、この人形が大好きだった怪盗紳士・グリードにソックリだったから、とても嬉しくなってしまって。フフフ、こんなに近くに憧れの怪盗さんがいるなんて……私、感激しちゃった」


 って、知ってたし! 嫁さん、変な小説のタイトル知ってるし! ここは全力で逃げるに限るよな、うん。


「俺、怪盗をやってた時期はないんだけど。……あ、そうそう! そう言えば、今日はハーヴェンのところにお邪魔して……で、オススメの店とか教えてもらったから……」


 論点を必死に逸そうと、お出かけの提案をした矢先に人差し指で唇を塞がれて……嬉しそうに微笑みながら、彼女が膝の上に座ってくる。


「……もし、教えてくれる気があるのなら……ヴァンダートの話を聞かせてくれると、嬉しいな」

「えぇと……正直なところ、俺としては触れられたくなくてな。……当時は色々と若かったし。あまりに格好悪くて……」

「そう……だったら、仕方ないわよね。話したくないのなら、私も無理に聞かない。でも……少なくとも、憧れの怪盗さんがこんなに近くにいるのだもの。かつてその物語に憧れていた私にとって、こんなに素敵なことはないわ。だから……ごめんなさい。今の話は気にしないで」


 前向きな返事の割に寂しそうな顔をされると、かなり辛い。リッテルは意外と、顔に出るから卑怯だ。そんな顔をされて気にするなと言われても、絶対に無理だろう……と言うか、さっきから言っているように。俺は怪盗をやっていた時期はないんだけど。変な誤解と……魔王も含めて、妙な呼び名が増えたようで、頭が痛い。


「まぁ、やらかした事は時効ってコトで……嫁さんには話してもいいか。だけど話が終わっても、俺に失望しないって約束してくれるか?」

「……えぇ。でも……失望って、どうして?」

「うんと、な。簡単に言うと、現実はそんなに格好いいわけでも、綺麗な話でもなかったんだけど……」


 そこまで前置きをしたところで、彼女を抱え直すと意を決して口を開く。別に、隠す程の内容じゃないんだけど。俺にとっては無様というより他にない昔話は、可能であれば……思い出も含めて、忘れてしまいたい過去だった。


***

 玉座に身を預けながら……この世界は窮屈だと常々、考える。自分の頭を押さえつける口煩い親木も、その遣いだという側近にも。何もかもに煩わしさと苛立ちを覚えながら、周囲の悪魔を平伏させても何1つ、気分は晴れない。むしろ心の靄は濃くなる一方だ。


(理由は分かってる。この世界に本当に欲しいものがないから……退屈なんだ)


 強欲の真祖として生まれた瞬間から、何故か自分は特別だった。

 初めから与えられていた圧倒的な権力、お仕着せの玉座と実力。その力でこの世界の全てを奪い尽くしても……きっと満たされることはないだろう。そこまで考えたところで、得体の知れない虚無感が容赦無く襲いかかってくる。自分はここに座っているだけで、ずっとこのままなのだろうか……?

 そんな絶望感を振り払うように、お手製の強さで親木に自分を認めさせようと、もがくように努力しても……思ったような成果は上がらず。それ見たことかと、鼻であしらわれる。親木……霊樹・ヨルムツリーは俺を本当の意味で認めようとはしなかった。さざめきでみんな仲良くという割には、その仲良くの輪に自分はいない。初めから特別だった俺は一握りの幼少期でさえ、一緒に作られたはずの真祖にも妙に除け者にされ……仲間に入れてもらえることなく、敬遠されてきたように思う。


 そんな退屈なはずだったある日、ヨルムツリーのお膝元に亡者の怨嗟が流れ込んできた。きっと誰かが行った召喚儀式の犠牲になったのだろう。哀れな魂達は、ヨルムツリーに迎え入れてもらおうと必死に飛んでくる最中に力尽き、目前の沼に引き摺り込まれて次々と沈んでいく。その様子をいつもながらに不思議そうに眺めていると、さも愉快とヨルムツリーの声が聞こえてくる。


(……本当に無駄なことを。いくら求めようとも、その程度の人数で我らを呼び出そうなど、甚だ身の程知らずというものだ。よく見ておけ、マモン。これが愚かなる小さき者の足掻きぞ。弱い者が更に弱い者を踏みにじる……ほんに愚かで美しい。これ程まで、反吐が出るほどに面白き事はないぞ)


 何が、美しいのだろう?

 何が、面白いのだろう?

 それは……悲しいだけじゃないんだろうか。ただ消費される命を、無駄に嘲る様な口調に違和感と反抗心を覚えて……俺は親に逆らう様に、怨嗟に応える事にした。


「そういう事なら、ちょっと様子を見てくる。……そんな事をやらかした人間に興味があるし」

(何を言っているのだ、お前は。たった30人程の生贄で、真祖が出向く事はなかろう⁉︎ 人間の要求なんぞ、捨て置け。お前が応じてやる相手ではなかろうぞ。それに、天使共が出てきたら厄介だ!)


 今思えば……その時の俺は、反抗期真っ只中。そんな俺には、ヨルムツリーの親心と制止は逆効果でしかない。一応、ルール通りに面は着けるものの、それ以上の言葉は聞かぬと無言で身支度を終わらせて。沼に沈んだ魂達の嘆きに耳を傾け……彼らがやって来た場所を聞き出す。


「……お前、どこから来た? 名前は?」

(モーリスと言います。ヴァンダートから来ました。……どうか、姫様を)

「あぁ、オーダーは向こうで聞くから。お前、今にも消えそうだし。サッサと呼び出し先を教えてくれない?」


 俺の質問に応じたモーリスとやらに、呼び出しに応じると返事をして、ポータルを開かせる。そうして微塵の躊躇もなく、何かを振り払うかのように……その先の世界に、俺は足を踏み出した。

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