9−48 偶然の一致にしては、あまりに不可解
魔界探訪から帰還後、是光ちゃん……コト是光御前の課題を粛々と進めていると。重要なお知らせがあると、ルシフェル様からお呼び出しがかかる。どうやら、孤児院調査部隊の一次報告がまとまったらしい。報告内容に思いを巡らせながらエントランスに出ると、ルシフェル様とラミュエル様、そしてオーディエル様が難しい顔をして、話の輪に加わっているのが目に入る。
「あぁ、ルシエルも来たか」
「えぇ。それで、いかがでしたか? 調査の結果は」
「それが……結構、収穫があったみたいで。ネデルに詳細な報告書をまとめるよう、お願いしてあるけど……とりあえず幽霊の正体と、風穴の出所は判明したみたいよ」
「そうですか。幽霊と風穴の原因は同じという見立ては、間違いなかったということですか?」
「そうだったんだけど……。でも……」
「?」
ラミュエル様が言葉を濁しながら苦しそうな表情をしたので、理由を探るように視線を泳がせると……せり上がっているテーブルの中央に、赤黒くくすんだ小さな破片が乗っている。
「……これは一体?」
「マナの化石を加工した物のようだ。意図的に風穴を作る物と思われるが、原動力を取り上げられて機能を停止している。だから、これはもう無害と考えてよかろう」
「化石の加工品に……原動力? ですか?」
ルシフェル様の解説を受け取って、改めて破片に視線を戻すと……赤黒い何かの正体を俄かに思い至る。まさか……!
「……それで、これの原動力は無事なのですか? その子は無事なのですか⁉︎」
「ルシエル、落ち着いて。ザフィールに処置してもらって、命に別条はないそうよ。ただ……」
「ただ?」
ラミュエル様の言葉を多少の覚悟をしながら待っていると、今度は担当者のザフィールが解説をしてくれる。その口調は穏やかで、必要以上にひりついた私の神経を諌めるような柔らかさがあった。
「ルシエル様がお怒りになるのも、当然かと思います。……この破片はメイヤちゃんという、バンシーとの結合体の喉に埋まっていました。幸いにも、取り除くのに難しい箇所ではなかったため、命に関わる傷にはなりませんでしたが……。ただ、意外としっかりと喉に根付いていたため、声帯を半分切除する結果になり……メイヤちゃんは現状、喋る事ができなくなっています」
なんて事だ……。馬鹿げた実験の結果に、結合体が生まれていたのもそうだが……。挙句に、声を奪われるなんて。メイヤちゃんとやらが、あまりに不憫過ぎる。
「ですが、最大限に回復魔法を施してありますし、声帯も半分は残っています。傷の治癒が進めば、多少の発声は可能かもしれません」
「そう、でしたか……。それで、その子は今どこに?」
「今夜は皆様と一緒にお帰りになりましたよ。それこそ、今頃はルシエル様のお屋敷だと思います」
「分かりました……。でしたら、その子の状況と今後の事を確認することにします。ザフィール殿、的確な処置をありがとうございました……」
「いいえ、私は当然のことをしたまでです。対象の建造物が病院だったという事もあり、ご命令があった時点で少々覚悟していましたし……。それに、今後は私もメイヤちゃんの経過を見る意味でも、孤児院にお邪魔することにしました」
ザフィールがにこやかに説明してくれる横で、新たな決定事項があったのか、ルシフェル様が彼女の言葉を引き継ぐ。いつも以上に真剣な表情を見る限り、余程の内容らしい。
「基本的に、天使が人間界に降りて救済をすることは禁止されていたが……そろそろ、見直さなければいけないのかもしれないと、マナとも話は進めていたのだ。それで、手始めというのも不遜な言い方ではあるが、試験的に例の孤児院に報告役兼・子供達の世話係としてネデルと、体調管理役としてザフィールを付けることにした。カーヴェラの街だけを考えても、あの規模だ。我々が手を差し伸べなければいけない子供達は多いに違いない。それに、病院自体もあの広さだしな。いくら悪魔とは言え、コンラッド1人では手に余るだろう」
「その話、コンラッドは存じているのですか?」
「無論だ。現地で医者の必要性について、話があってな。この提案はネデルから、ラミュエル経由で上がってきた内容だ。それに……おそらく病院の立地は、例の精霊落ち誘拐と無関係ではなさそうだという事も判明した。その件に関しては……オーディエル!」
精霊落ちの誘拐。そう言えば、リッテルの解任があった事もあり、すっかり忘れていたが。確か、ルクレスとミットルテの国境沿いに精霊落ち達を収容する拠点があった……という話だったかと思う。
「ハッ……。以前、精霊落ちの誘拐の関係者の身柄を引き受けた際に、記憶のアウトプットを実施したが……やはり重要な記憶には案の定、シールドがかかっていた。しかしその中にあって、例の精霊落ちの収集に関しては、教会だけではなく……クージェが一枚噛んでいる事が判明した」
「クージェ?」
どういう事だ? ルクレスやミットルテは、ローヴェルズ所轄だったはずだ。そのローヴェルズ傘下の都市で……なぜ、クージェが出てくる?
「水面下で教会はローヴェルズだけではなく、クージェとも手を結んでいるようで……その記憶を持つ者はクージェのスパイとして、ローヴェルズに入り込んでいた事も分かっている。彼の記憶の中に、ローヴェルズの密偵として精霊落ちを集めつつも、クージェに情報を流している場面も残っていた。……とは言え、随分と不鮮明な内容でもあるため、ぼんやりとしか雰囲気を窺い知ることができなかったが。おそらく、病院のものと思われる風景が混ざっていてな。ミットルテまで運ばれるのを待たずして、実験台になった精霊落ちがあの病院で……相当数、殺されていたと思われる」
ゴラニア大陸の北方を領土とするローヴェルズに対し、南方を領土するクージェ。中でも、ミットルテはクージェとの国境付近に位置しているという事もあり、現在は住民の殆どが戦火を免れるためにルクレスやナーシャに流れ込んでいるとは聞いていた。しかし、その小競り合いも教会の差し金だとすると……。
「なるほど。クージェとの小競り合いを目隠しに、精霊落ちを国境付近に収容しつつ……そのまま利用できそうな者はあの病院に運ばれていた、と。しかし、なぜそんなまどろっこしい事を? 言い方は悪いですが……わざわざミットルテまで運ばずとも、カーヴェラで処置すれば圧倒的に効率的な気がしますが……」
「その辺りは分からぬ。ただ……おそらくだが、同じような実験をクージェでも行なっている可能性も考えたほうがいいだろう。キュリエルの報告では、クージェは物騒な重火器の量産に成功していると報告があったが、性能は人間の持ち得る技術と知識で作り上げたにしては……不可解な部分があるようだ。しかも、な。その重火器の名称が随分とキナ臭くてな……」
「重火器の名称?」
「あぁ。キュリエルの報告にあったと思うが。おそらく、向こう側としては仮名のつもりなのだろう」
急に歯切れの悪くなったオーディエル様を他所に、手元に管理者用のデバイスを呼び出す。このデバイス……報告書大系は大天使になってから、扱うことを許されたものの。今ひとつ使い慣れない部分があり、持たせてもらっている手前、私自身はあまり活用できていないのが申し訳ない限りだ。その大系を紐解けば、全ての報告書を部門に関係なく閲覧可能となっていて……えぇと。この場合、報告者名をキュリエルで絞ればいいか……?
「あった……。クージェ量産型重火器の考察について……」
内容を素早く目で追う。重火器というだけあって、かなりの大型の兵器と思われるそれは、一般的な砲台のように見えて……実は軌道、出力を自在に調整可能……と記載されており、相当の技術が駆使されている代物のようだ。そして、砲弾の装填には圧縮された「熱エネルギー・ラディウス」を用いる事により連射を可能にし、故に、エネルギー名に因み試作品・グラディウスと呼ばれる……とある。熱エネルギー・ラディウス……?
「ラディウス……。まさか?」
「偶然の一致にしては、あまりに不可解だろう? 人間達の言うラディウスとやらが、こちらの認識しているモノと一致しているかは不明だが……。そもそも、ラディウス砲自体はハナから人間に扱うことはできん。しかも天使だったとしても装備者が限られる上に、利用自体もかなり制限されてな。魔力の装填にそれなりの時間がかかる上に、ロジックを読み誤ると軌道が大きくズレたり、威力が十分に発揮できなかったりとするため、実際にこれを扱える天使は排除部隊に3名しかいない。というのも、ラディウス砲の核となる雷鳴石と神鉄の合金……ストームプラチナ自体に適性がないと、装備すらままならない部分があってな。……開発段階ですぐに気づけばよかったのだが、装備者はヴァンダート出身者に限られる事も分かっている」
「ヴァンダート……確か、かつて悪魔に滅ぼされたという、旧王朝でしたか?」
ヴァンダートと言えば……現在は魔力遺産が残っているとかで、観光資源ありきで辛うじて国力を保っている、西方の小国だったと思うが。そんな風に私が思案を巡らしていると、ルシフェル様がため息交じりにヴァンダートの補足をしてくれる。
「かつては、ゴラニア大陸の半分を手中に収めていた大国でな。強大な軍事力と、肥沃な大地が生み出す豊富な作物を礎に、当時のヴァンダートは大陸の覇者として一世を風靡していたが……。悪魔の怒りを買い、一夜にして焦土と化した伝説の地としても知られている。しかして、その王朝を一瞬で滅ぼしたのが、あのマモンだったと言ったら、驚くか?」
「……はい?」
ラディウス砲の装備可能者がヴァンダート出身者に限られる……という話のついでに、既知の名前が上がったものだから、つい変な声を上げてしまう。大国の一夜滅亡の裏に、顔馴染みの大悪魔の影。……これは相当の事情がありそうだが、果たして。




