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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−43 お出ましになったみたいだな

 任されていた領域に、ハエが入り込んだと言われてやって来てみれば。確かに知った顔があるのに、つい舌打ちしちゃう。


(まぁ、いいか。折角だし、材料集めも一緒にやってご褒美をもらおう、っと)


 中庭で待ち合わせをしていたらしい顔ぶれには、あの時に忠告をしてくれちゃった挙句に、恩着せがましく回復魔法を見せつけてきたリヴィエルが混ざっている。ちょっと特殊な武器を扱えるからって、いつの間にか上級天使になっていたリヴィエルはいつもいい子ちゃんぶってて……私としては殊更、鼻持ちならない相手だった。


(師匠はいないみたいだけど……うん、ターゲットはいるみたいだし。ますます運が向いて来たかな?)


 一団の中で一際目立つお爺ちゃんを見つめながら、攻略の算段を考える。

 いくら新しい力を手に入れたとは言え、1人で悪魔と天使8人を相手にするのは難しいと思う。しかも、8人のうち知る限りで2人は一応、上級天使な訳だし……ただ闇雲に単騎突入するのでは、あまりに危険だ。


(ったく、面倒だなぁ。仕方ない。今回は例の幽霊にも頑張ってもらおう、っと)


 この病院を曰く付きの建物に仕立てたのには、もちろん理由があるらしい。だけど、私はまだ理由をちゃんと教えてもらっていない。ただ、元々は一応、まともな病院だった事くらいは知っている。


(そう、私はもっともっと偉くなって、強くなって……師匠に認めてもらって……。それで、師匠さえも越えるんだ)


 堕天して手に入れたのは、開放感と一緒にみなぎる力。今夜はそれを存分に試させてもらおう。


「コンラッド様、探索はいかがしますか? そろそろ、始めます?」

「そうですね……ただ、幽霊が出るのは夜だと聞いております。それまでは病院の設備と……具体的に何をしていたのかをある程度、調べた方がいいでしょう」

「承知しました。では、みなさん。まずはここで、3チームに別れましょう。私はリーエルとシャルエルとであちらの病棟を調べて来ます。ザフィール殿とハーネル、グラニエルは受付のあった病棟を。それで……ネデル殿はウルベルを連れてコンラッド様と一緒に、中央病棟を調べて来てください」

「かしこまりました。何かありましたら、こちらに集合でよろしいでしょうか?」

「えぇ、そうしましょう。今回の目的はあくまで探索です。各員、無理はしないようにお願いします」


 中庭で作戦会議をしている彼女達の様子を見ていれば、リヴィエルがしっかりその場を仕切っているのが、ますます気に入らない。どうやらこの中でも1番偉いみたいだけど、妙に気取った喋り方をしていて……謙虚ぶっているのが、とにかく鼻につく。


(ここで3手に別れるか……どうしようかな。あんまりこの病院を探られるのも、マズイ気がするけど……)


 そこまで考えて、相手の戦力も分散されてチャンスでもある事にハタと気づく。そうだ、だったら順番に潰せばいいじゃない。もうちょっとでやって来る夜を待つなんて、まどろっこしいことなんかしないで。手駒をサクッと使えば、片がつく。


「フフフ、面白くなってきた。じゃ、早速……アレを使おう、っと。我が名において命じる‼︎ 身に余る絶望をこの場で顕せ、醜悪なる欲望を撒き散らせ! 悪意の翼で天に舞え……ヴァリアントマナ・アヴィエル、ノクエル‼︎」


 手綱を預けられて私のペットに成り下がった、かつての天使達を見下しながら命令を与える。マナツリーの化石を埋め込んだ青い肌の怪物は、喋ることもできないままただ怯えて命令を受け取るクセに、あろうことかご主人様に対して不服そうな視線を向けていた。


「……なに、生意気な目をしてんのよ? もしかして……また、ハラワタを抉られたいの? ……いい? お前達は私の奴隷なの。ちょっとでも反抗的な態度を取ったら、更に醜い姿に作り変えてやるから。覚悟しなさいよ?」

「……」


 フフ……やっぱり、お仕置きは怖いみたいね。2人の怪物は結局、私の言うことを聞き分けて、その場を離れていく。さて、私は例の幽霊と一緒にお爺ちゃんを狩りに行こう。こんな広い病院でデーモンハントなんて……最高にオツじゃない。


***

 魔界から帰った後に神界で仕事をせねばと、向こうに戻った嫁さんを見送った後。ちょっと寂しいキッチンで、夕食と差し入れの準備をしていると……竜界から帰ってきたのが、たった2人だという事に気づく。ハンナ達の話だと奥さんの出産が近いとかで、ギノとエルノア、そしてコンタローはお手伝いで向こうに残ったらしい。


「そうか。いよいよ、エルノアがお姉ちゃんになるのか……」


 ……それはそれで、とても感慨深いものがあるが。俺としては弟なのか妹なのかが正直なところ、かなり気になる。もし、妹だった場合は……ギノ争奪戦の参戦者が増えそうな気がして。……妙に修羅場の予感がする。


「そか。まぁ、奥さんも出産自体は初めてじゃないだろうし、ゲルニカもいることだし……俺達が心配しなくてもいいんだろうけど。今度、出産祝いに何か贈り物しないとなぁ。……何がいいかな?」

「贈り物もカーヴェラで探すのですか?」

「う〜ん……どうしようかな。それこそ、ルシエルにも相談した方がいいだろうな……」


 しかしながら、あのぬいぐるみを「可愛い」と言い放ち、街中で堂々と抱きかかえていた彼女に平均的なギフト選びのセンスがあるとは思えない。この場合は俺がちょっと洒落た日常品か……特製ケーキを用意した方がいい気がする。


「ま、そのことは後で考えるとして。そろそろ、夕方だし……お弁当を届けに、プランシーの応援に行ってみるか」

「私達だけでいいのですか? マスターには知らせなくても?」

「うん、大丈夫。話はしてあるし、嫁さんは嫁さんで忙しいだろうし。それに何より、コンタローにはあの場所はキツいみたいだから。このメンバーの方が却っていいかもな」

「あ、それは言えてますね。コンタローはもの凄く苦しそうだったし。竜界でお手伝いしてた方が、あいつもいいと思いますぜ」


 ダウジャもコンタローの事を心配してくれていたと見えて、俺の意見にすんなりと同意を示す。その仲良し加減が最近殊更、目立つような気がするが。仲間内でも微妙にいじめられっ子ポジションだったコンタローにとって、ダウジャの方が他のウコバクよりも反りが合うのだろう。遠慮なく互いに意見が言えて、心配しあえる相手がいるのは、とてもいい事だ。


「さて。時間もないし、サクッと移動するか。……我が祈りに答えよ、我が身を汝の元に誘わん! ポインテッドポータル!」

「おぉ〜!」

「ハーヴェン様、これ……転移魔法ですか?」

「うん。昨日、向こうにお邪魔した時に、孤児院にポータル基準点のマーキングをしておいたんだけど。この魔法自体は闇属性の補助魔法だから、ギノにもそれとなく教えようかなと思っているよ」

「マーキング?」

「所定の手順に沿って、基準点になる魔法陣を転移したい場所に刻むんだけど。魔法陣を刻んだ奴以外でも、形状と構成を抑えていれば、共有する事ができてな。アンカーを打ち込む時にかなりの魔力を前払いさせられるが、それさえ済んでしまえば……基準点は魔法陣を刻んだ奴が死なない限り、継続的な利用も可能なもんで。転移魔法の中ではちょいと特殊な魔法だが、基準点の構築さえクリアできれば、便利だと思うよ」

「そうなんですね。転移魔法って、風属性の専売特許だと思ってました……」

「あぁ、そうだよな。実際、ポインテッドポータル以外の転移魔法は風属性だけで独占しているし。因みに、普段俺が魔界と人間界を行き来しているあのポータル魔法は、このポインテッドポータルを更に応用した魔法だ。……時間軸の異なる世界を移動する魔法だから、こっちはこっちで難しいけど……。そもそも種族限定魔法だから、忘れてくれて構わない」


 そんな事をお気楽に言いながら、それとなく細工を施した場所に足を踏み入れるものの。既に病院の空気がおかしいのに気づいて、和やかな空気が一気に吹き飛ぶ。ルシファーの用意した探索部隊と待ち合わせだと、プランシーは言っていたが……。


「……悪魔の旦那。なんか、妙に魔力を感じませんか? 昨日よりもキナ臭いというか」

「え、えぇ……。何かあったんでしょうか?」

「夜を待たずに、幽霊さんがお出ましになったみたいだな。とにかく……プランシーと合流するぞ。2人は俺から離れないで」

「はい!」


 そうしてケット・シー達と広い病院を進む事にしたが……なんだろう、とにかく胸騒ぎがして気分が悪い。……悪いことが起こっていないといいのだが。

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