9−41 俺が悪かったよ、色々と
魔界に来る度に、色々な相手とショーファイトをさせられている気がするが。それは場所が場所だから、仕方ないと割り切るしかないか? 俺がぼんやりと考えている一方で、臨戦態勢に入ったジェイドが鋭い目つきでこちらを見据えている。これは……向こうさんがやる気満々なのに、無碍にあしらったら、嫁さん的にも興醒めだろうなぁ。
「ハイハイ。両者、構えて。あ、因みに。今日はルシエルちゃんにリッテルもいるから、怪我を心配せずに大暴れしていいぞ。それじゃ……3、2、1……始めッ!」
言い出しっぺのマモンの号令と同時に、素早い身のこなしで大柄の武器の重さを物ともせずに、剣戟を放ってくるジェイド。その1撃1撃が意外と重く、コキュートスクリーヴァを伝って確かな衝撃を俺の全身に伝えてくる。やはり、こいつは……中々の相手のようだ。
「流石、ベルゼブブ様の所のナンバー2っすね。攻撃の受け方に無駄がない……! しかも、俺の力を受け流すと同時に、傾向を掴もうとしてますね? こいつは久しぶりに楽しめそうっす!」
相手もこちらの傾向を窺っていたのだろう。ある程度の感触を掴んだところで、剣戟と同時に錬成をこなしていたジェイドが魔法の簡略化も鮮やかに、攻撃魔法を放ってくる。
「絶望の深淵より、黒き咆哮を上げろ! 闇の慟哭を聞け! ダークスクリーム‼︎」
でも、なぁ。こちらも魔法はある程度読んでいたし、コキュートスクリーヴァで薙ぎ払うこともできるんだけど。……これは魔法で対抗しないと失礼だよな、多分。
「絶望の深淵より黒き咆哮を上げろ、闇の慟哭を聞け! ダークスクリーム……ダブルキャスト!」
「って、オワッ⁉︎ マジすか、それッ⁉︎ ……クッ、清き乙女の涙を掬い、我が祈りとせん! その悲嘆を羽衣と纏え……ラクリマヴェール!」
「あっ、ジェイドは防御魔法使えるんだ……いいなぁ。そうなると、小細工で勝負するしかないか。常しえの鳴動を響かせ、仮初めの現世を誑かせ……ありし物を虚無に帰せ! マジックディスペル!」
「えぇ⁉︎ ちょい待ち! そこで解除魔法は反則でしょッ⁉︎」
「魔法に反則は存在しないのだよ、ジェイド君。それじゃ……次は物理攻撃、行きまーす!」
「ウォッ⁉︎」
さっきの攻撃魔法も完全に防ぎきれないままのジェイドの懐に飛び込み、コキュトスクリーヴァの背で脇腹に1撃を与えるが、既のところで受け流される。そのまま武器を振るってみるが、剣の扱いは相当慣れていると見えて、なかなか決定打を与えることができない。この状況でも武器はお留守にならないか。だったら……これならどうだろう?
「グルルルルァッ!」
「って、嘘ッ⁉︎ 何それッ! 尻尾は反則! 幾ら何でも、尻尾はナシでしょ⁉︎」
攻撃を避けるついでに、勢いよく地面に降りると同時に、尾を突き刺して氷の刃を振るわせる。魔法でも、武器でもない。俺固有の特殊器官とも言うべき尻尾の攻撃は、流石に想定外だったんだろう。明らかに慌てた様子で、防御魔法を試みるジェイドだったけど……。
「海王の名の下に、憂いを飲み込み母なる奔流とならんことを! 全てを青に染め、静寂を示せ……ブルーインフェルノ‼︎」
「……マジで?」
結果的に武器よりも魔法で押し切る事になり、ちょっと申し訳ない気分になりながら、大の字に伸びているジェイドに声を掛けてみる。魔法の錬成度は抑えていたし……そこまで重症じゃないと思うけど。大丈夫かな……。
「あ、ごめん。ちょっと、やりすぎちゃった?」
「……ウググググ」
「ジェイド?」
「アッハハハハハ! いやー、完敗っす。こんなに強い相手がマモン様以外にいるなんて、思いもしなかったすよ。俺もまだまだっすね……」
悔しさと清々しさを綯い交ぜにした表情で、起き上がりながら……妙に嬉しそうなジェイド。こいつは本当の意味で、自分を磨く事を楽しんでいるんだろう。色欲の悪魔にこんな奴がいるなんて、思いもしなかったな。
「……勝負あり、ってとこか。ま、ハーヴェン相手だと、こんなもんだろうとは思ってたけど。剣の方はそれなりに上達してたし、悪くないんじゃない? かなり手加減はされていたみたいだが」
しかし、流石はお師匠様というもので。……マモンの奴は、俺がちょっと手加減していたのもしっかりと見抜いていた。そうしてお弟子さんに、割と辛口な総評を下し始めるが……。
「って、マモン様! 弟子がコテンパンにやられてんのに、冷静に何を言ってくれちゃってるんすか⁉︎」
「……いや、だってさ。お前、始めの方で力みすぎだっつの。この間も教えたろ? 重い武器を扱う場合は、力点に気をつけろって。3撃目と7撃目……それと特に、16撃目の足運びが良くなかった。相手が横に武器を構えているところで踏み込んだら、下から武器を掬われるだろうが。……ったく。そんな事なら、片手で重い武器を使うのはやめとけよ。まずは両手持ちで慣らすところから始めとけ。扱いが上手くなったからって、格好つけるためだけに武器の性能をおざなりにするんじゃねーし」
お弟子さんの抗議に、今度はみっちりと「どこがどう悪かったか」を指摘し始めるマモンだが。……俺ですら攻撃回数や順番なんぞ覚えていないのに、メチャクチャ理詰めでピシピシと攻める、攻める。もしかして、彼のお稽古はいつもこの調子なんだろうか……?
「ゔ……的確すぎる指摘に何も言えないっす……。だけど、やっぱり片手で……ゆくゆくはマモン様みたいに二刀流で格好良く……」
「別に、俺の二刀流は格好つけているわけじゃねぇよ。そろそろ、そのくらいの事は理解しろ。で、リッテル。悪いんだけど、ジェイドの傷を治してやってくれる? 上級悪魔は傷の治りが遅いはずだから……って、あ?」
「あなた……私の出る幕はないみたい」
「うん、悪い。俺が悪かったよ、色々と」
ジェイドの周りをミシェル含む天使3人が囲んでチヤホヤしながら、競うように回復魔法を施している。いくらなんでも、全員で魔法を使わなくてもいいだろうに。本当にみんな面食いなんだから。
そんな天使様達の輪に加わる事もせずに、マディエルは勝負の様子からマモンのアドバイスまでネタ帳に書き込んでいるみたいで、いつもの間延びした雰囲気からは想像もできない形相でペンを走らせている。……続編も力作になる感じか、これは。




