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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−38 ネタ帳の悲鳴

 子供達を見送った後。嫁さんプラス天使ご一行様と、ベルゼブブの屋敷前に到着するが。集団の中にきちんとマディエルが混ざっているのに、かなり嫌な予感がする。更に各員の様子を窺うと、これまた妙に乗り気なミシェルがワクワクとこちらを見上げているのに……いよいよ落ち着かない。


「プランシーはヤーティの所に届け物をしてくるんだったな。帰りのポータルは構築できるか?」

「えぇ、問題ありません。それにこの後、例の調査の約束もありますし……。この場で別行動を取らせていただきます」

「そか。それじゃ、ヤーティにもよろしく伝えてくれよ。間に合うようだったら、俺も孤児院に向かうから」

「承知しました」

「コンラッド。ヤーティ様に私からも礼を申していたと、伝えてくれると嬉しいです。それでは、気をつけて」

「勿論ですよ、マスター。それでは……行って参ります」


 右肩の上でプランシーに丁寧な口調で接している嫁さんが、大きなカラス姿を見送って手を振っている。今日は魔界の真っ黒さに負けないつもりなのか、真っ白なブラウスとブーツをチョイスしたらしい。あ、この組み合わせは最初にプレゼントしたコーディネイトじゃないか。ようやく、ブーツも履いてくれるようになったんだ。


「それじゃぁ、リッテル。マモンの家がどこにあるのか知らないから、案内を頼める?」

「はい。私が先に飛びますので、付いて来てください」


 前回に会った時とはガラリと雰囲気が変わったリッテルが、嬉しそうに黒い空に飛び立つ。彼女の髪が短くなっている以前に、妙にマモンとペアルックっぽい服装が羨ましい。その姿に、今度はお揃いでルシエルと洋服を選んでみてもいいかもしれないなんて……ガラにもないことをつい、考えてしまった。


「ねーねー、ハーヴェン様。魔界でイケメンの悪魔のお友達とか、知らない? 知っていれば是非、紹介して欲しいんだけど」

「イケメン……って。ミシェル様は何しに、ここに来たの……」

「もっちろん、旦那様探しに決まってるじゃん! ねぇ〜、みんな〜!」

「は〜い!」


 ミシェルの見当違いの目的を聞いたところで、他の天使達も嬉しそうに返事をしているけど。……旦那様探しって、色々と悪魔の事を勘違いしていないだろうか。


「ルシエル、皆さんって……護衛だったよな? この人選、大丈夫なのか?」

「私に聞かないで」

「あっ、ハイ」


 今日のメンバー構成はルシエルの決定ではないらしく、俺の不安を煽るように……彼女がこれまた、不機嫌な様子で頬を膨らませている。そうしてしっかり耳たぶを握りしめられると、妙に痛いのは物理的にだけじゃなくて、絶対に精神的なものも含まれていると思う。


「マモンの所轄地は、永久凍土地帯のすぐ下だったっけな。だから、この場合は隣の隣になるんだけど……ベルゼブブの領域からだと、意外と遠いな」

「そうなのか? 魔界ってそういう境界線みたいなの、あったんだ」

「うん、まぁ。ある程度、それぞれの真祖の領域で分かれて暮らしてはいるけれど……例えば、ベルゼブブはブルーホールに近い場所を領土にしていて、実は1番暮らしやすい所に居を構えていたりするんだよな。で、今回お邪魔するマモンの領域は、永久凍土のすぐ下の山岳地帯にあって。マモンの家はかなり分かりづらい場所にあるって、聞いたことがある。出入りは基本自由だけど、場所によっては往来自体が難しい所もあってさ。特にマモンはそんな所に家を構えるくらいだし、他の真祖と交流を絶ってきた部分もあるから……俺も強欲の領域に入るのは、初めてだ」

「主人は寂しがり屋な割には、自分の時間はきちんとないとダメなタイプなんでしょう。だから……あぁ。グレムリンちゃん達と、ちゃんとうまくやっているかしら……」


 俺がルシエルに答えている側で、リッテルが前から補足してくれるが。心配加減が立派に奥さんのそれなのが、なんとなく嬉しい。そうして、彼女の様子にほっこりしていると、俺の安らぎを邪魔するように後ろから何やらカリカリと忙しない音が響いてくる。時折混じる荒い鼻息の音に、引っかき音がかの先生のネタ帳の悲鳴だと気づいた時は……束の間の安息が、しっかりと嘆息に変わっていた。


「……もしかして、紫の方もシリーズ化されたりするんだろうか?」

「多分な。今回はルシフェル様が特別命令でマディエルを同行させてきたし……魔界の様子を探る以上に、そっちの目的が大きいと見て、間違いないと思う」

「そう言えば、例の小説はリッテルも知っているのか?」

「うん、懲罰房にいる間に目を通したと言っていた。本人はかなり恥ずかしそうにしていたけど、マモンにも確認すると言っていたし……それはそれで、大丈夫だろうか」

「大丈夫じゃないと思うぞ、それ」

「だよな……」


 俺達2人が目一杯に変な心配をしているのを他所に、リッテルが飛行高度を落とし始める。どうやら……目的地に着いたようだ。


「すっごいね、ここ。……これ、なんていう植物だろう?」

「アゥ〜、また随分と変わった景色ですねぇ。これがミルナエトロラベンダーですかぁ?」


 降り立った先は真っ直ぐな植物が空に向かって伸びている、一風変わった場所だった。その光景を見るのが初めてな天使ご一行様が目を丸くして、辺りを見渡している。


「違う違う。これは竹っていう植物でな。マモンの領域は全体的に、この竹が生えているのが特徴だったりするんだよ。元々はそれこそ、オリエント系の植物らしいんだけど」

「主人の家は、あの崖の窪地にあります。実際、家の周りもずっとこの景色が続いていて……彼曰く、敵から身を隠すのに丁度いいんだと言っていました。因みに、ミルナエトロラベンダーの花畑は、もう少し先にある紫色の湖に近い場所にありますよ」


 一定期間こちらで過ごしていただけあって、魔界の地理もしっかり覚えているリッテルが説明してくれるけど……敵から身を隠すって。どれだけあいつは用心深いんだろう。

 そんな事を考えながら、竹林の細道を進むと。先の拓けた場所で、揃いのマフラーを巻いた小悪魔相手に手を焼いているマモンが見えてくる。何かを教えている雰囲気だが、こちらに気が付かないのを見る限り……相当、集中しているようだ。そして、その様子にいたずらを思いついたらしいリッテルが、咄嗟に俺の背後に隠れる。


「うん? どうしたの?」

「ハーヴェン様、ちょっとお背中を貸してください。折角ですから、少し主人を驚かせてみようと思います。……フフフ、どんな反応を示すかしら? 彼も驚いてくれるかな?」


 ちょっとした悪巧みを発動させて、嬉しそうにいたずらを目論むリッテルの様子が、これまた初々しくて甘酸っぱい気分にさせられる。いつもは自分以外の相手に俺を触らせまいとするルシエルも、企てには賛成らしく、珍しく茶々を入れる事なく見守っていた。そして……。


「この感じ、超夫婦っぽい! あぁ〜! ボクも素敵な旦那様と、隠れんぼしてみたいぃ‼︎」

「頼む、落ち着けミシェル様」


 俄かに騒ぎ出したミシェルの声で、ようやく俺達に気づいたんだろう。さっきまで小悪魔達に向き合っていたマモンが目を丸くして、こちらを見つめていた。


「あ? ハーヴェン、こんな所でどうしたよ? そんなに天使ちゃん達を侍らせて、何しに来た?」

「侍らせるって……変な言い方しないでくれよ。嫁さんに誤解されるだろうが……」

「……フゥン? まぁ、いいや。で、何か用?」

「まぁ、俺は嫁さんのお仕事で付いてきたんだけど……。その他はちょっとしたオマケというか」

「あ、オマケなんて酷い言い方しないでよ! ボクはこれでも一応、ルシエルと同じ大天使なんだけど!」

「……今のミシェル様は、どう頑張ってもオマケです。浮ついた発言は控えてください」

「って、ちょっとルシエル! 旦那様探しのどこが浮ついてるって言うんだよ〜!」

「チンチクリン、それはどう頑張っても浮ついた発言だと思うぞ。ルシエルちゃんの方が正しいな」

「え、えぇ〜! マモンも酷い!」


 呆れた表情を隠す事なくミシェルに応じるマモンの足元で、大勢の天使達に怯えて小悪魔が震えている。こちらの配慮が足りずに思いの外、怖がらせてしまった事を申し訳なく思っていると……彼らを慰めるように、マモンが足元の小悪魔をあやし始めた。


「ほれ、お前らも必要以上に怖がってんじゃねーし。……リッテルも天使だったろ? 何、怯えてんだよ」

「だって、マモン様。おいら、リッテル様以外の天使は凶暴だって聞いたです」

「うん、特にエルダーウコバク様のお嫁さんは、凶悪だって」

「ベルゼブブ様に聞いたですよぅ!」

「あんのハエ男……! 何で、ウチの小悪魔共を怯えさせるような事を吹き込んでるんだよ……」

「多分、アスモデウスしゃま以上におそろしーでしゅ」

「……ハンスも妙な奴を引き合いに出すな」


 ベルゼブブが吹き込んだらしい嫁さんの評判で、怯えている小悪魔達を仕方なしに抱き上げるマモン。一方で……ぺったんこ以上に、凶悪と評判な嫁さんの精神状態がかなりヤバい。さっき以上に強い力で耳を握りしめられると、痛み以上に切ないものがある。


「お願い、ルシエル。そろそろ、耳たぶから手を離して。そんなに握られると、かなり痛い」

「これが握りしめずにいられるか⁉︎ 大体、私のどこが凶悪なんだ⁉︎ 何で、小悪魔にまでそんな事を言われなければいけない⁉︎」

「だって……ルシエルは実際、かなり凶暴じゃない。俺、今まで……何度、お前の左ストレートに吹っ飛ばされたことか」

「……⁉︎」


 仕方なしにそんな事を言ってやると、流石のルシエルも大人しくなる。しおらしく、モジモジと恥ずかしそうに……耳たぶから自分の膝に移動した指先で円を描いては、いじけ始めた。と言うか……いじける羽目になるんだったら、もうちょいお淑やかに振る舞ったら如何でしょう。これは常々尻に敷かれている、旦那様の切なるお願いです。ハイ。

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