9−36 白薔薇のバレッタ
部下8人の舌を落とされ、自身も情報を持ち帰るどころか、こちらの素性を知られた事を散々叱咤され……シルヴィアは簡素な自室でさめざめと泣いていた。妹には決して上がらない手で、強か張られた頰の痛みを諌めるように摩りながら、どうして自分はこのような姿で生まれたのかと、その身をつくづく呪う。
ここローヴェルズでは双子は縁起がいいとされる一方で、シルヴィアの真っ白な姿はヒトならざる者として認識されており、2つの条件の結果……表面上は彼女の存在はなかった事として、ただ生かされているだけの境遇を課していた。
特異な外見からか、幼い頃から繰り返される「検査」は更に痛みさえも彼女に強要しており、肌を傷つけることさえ父が許さないジルヴェッタとは雲泥の差とも言える扱い。自分は実験動物じゃないと、抵抗してみても……彼女を取り巻く日常が変わる事はない。
《相変わらず、お前は何もうまくできないのじゃな?》
謁見の間に鎮座する父の横で、当然のように可愛がられているジルヴェッタ。そんな妹にあからさまな侮蔑の言葉を投げつけられて、言い返せなかった痩せっぽちの身が震えるのを慰めるように、唇をキュッと噛みしめる。本当は自分にも注がれるはずだった愛情を独り占めしては蔑む妹を、惨めな境遇に喘ぐシルヴィアに憎むなと言うのは、到底無理な話だろう。
(いつか、私も……いつか? いつか……どうすると言うの? 父上はこの先、この姿の私を愛してくれる事は、きっとないわ……)
シルヴィアとジルヴェッタを産み落とした王妃は、既にこの世にいない。
元々身体が弱かった王妃は彼女達の記憶に面影を残す事なく、シルヴィアが物心つく頃には夭逝していた。それでも、自分を確かに愛してくれていた母は形見として、シルヴィアに白薔薇のバレッタを遺してくれていて……故人の遺言を無碍にもできなかったのだろう。仕方なしに形見分けされたバレッタは、穢れを知らぬと言わんばかりの純白をしており、投げ返されたナイフで叩き落とされても、傷1つ刻む事もなく、彼女の銀髪に輝きを添えている。
(……ここにいても、私はいつまでも偽物のまま。だったら……!)
部下8人は舌を落とされた以上、密偵としては使い物にならないと、既に解雇されていた。それなりにシルヴィアを「姫様」と慕ってくれていた彼らさえも、自分の判断ミスで不遇に巻き込んだ事を申し訳なく思いながら、自分さえ満足に充たすことのできない現実が……兎角、恨めしい。
(父上に縋るのも限界なのかも……。そうよ、私はシルヴィアとして生きていくために、この身を磨いたのだもの。今まで、よく分からない辛い検査にも耐えてきたけど。……このままでは、いつまでもずっとこのまま。だったら、例え一人きりでも……足を踏み出すことはできるはずよ)
日の当たる場所で生きる事を、1度も許されてこなかった。だとしたら、せめてこれからは……月光を浴びて生きる事くらい、許されてもいいではないか。
シルヴィアを慰めるように、肌を白く焼く月光に赤い瞳を輝かせながら。思い切って、開け放たれた窓から身を滑らせる。どうせ自分がいなくなっても、騒がれる事は微塵もないだろう。だったら……この身にも確かに注がれる月光の下で焦がすほどに、命を燃やすのも悪くない。例え、そのステージが危険に満ちた月の下だったとしても。
……偽物の自分でいるよりは、遥かにいいだろう。




