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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−33 そりゃまた、悪趣味な

 結局、アプリコットのムースまでキッチリ堪能したルシフェル様を見送った後。湯船で旦那の到着を待ちつつ、今日の出来事をぼんやりと考える。

 病院の一件で妙に空気が落ち込んだが、最後は彼の料理とそれぞれの戦利品で一気にカラリと吹き飛んだ。今日のお買い物がとても楽しかったのだろう、子供達も満足そうに引き上げていったのに私も嬉しくなる。特にギノは気に入った品物があったとかで、観察日記を付けると息巻いていた。それに……。


(私も素敵なものが見つかったし……なんだかんだで、楽しかったなぁ)


 なぜかハーヴェンにベッドに置く事を反対されて、仕方なくタンスの上に鎮座している悪魔のぬいぐるみには、綺麗な青いリボンが添えられている。本屋で見つけた絵本とお揃いの青色はどことなく、自分色に染まった気がして、なぜかくすぐったい気分になる。


「お待たせ〜。あ、今日はハニーミルクなんだ」

「正解。ハーヴェンは本当、鼻が利くよな……」

「まぁ、コンタロー程じゃないけどな。俺も本性は犬科の動物なもんだから」

「そういうものなのか?」


 しかし、そのコンタローと同じ暴食の悪魔だという割には、ハーヴェンの食が細いのが気にかかる。ハーヴェンの魔力は正常に保持されているし、下級悪魔のコンタローと一緒にするのは、そもそもが違うのかも知れないが。私よりも体も大きいのだから、もう少し食べても良さそうなものを。


「って、ルシエルどうしたよ? 俺の腹が気になる?」

「あまり食べない割には硬いよな、ハーヴェンのお腹は……。それにこの傷跡は……あぁ、そうか。もしかして、ノクエルに……?」

「そうだな。そいつは生前の致命傷になった傷跡だな。そういや、この傷跡で思い出したんだけど」

「?」

「例の奇跡の結晶の話」

「後で説明してくれるって言ってたな。でも、気分が悪くなったり、辛くなるようなものだったら、別に無理して話してくれなくても……」

「ルシエルには話しておいてもいいかなと思うよ。それに……前から俺が少食なのを、気にしていたみたいだし」

「ハーヴェンの少食とその結晶、何か関係があるのか?」


 ポスターの前での彼の表情は作り物ではなく、あからさまに何かに気分を害した様子だった。その横顔が鮮明に思い出されて、辛い。きっと結晶が出来上がった過程は、彼にとって余程の秘密と……苦痛があったのだろうと思う。


「俺が少食なのは、トドメの1撃で胃を持って行かれたからさ。実は、俺には胃が殆どなくてな。闇堕ちした時に傷は治りはしても、失ったものが戻ることはなかったみたいで……だから、食事をうまく消化できない作りになっている」


 そうだったのか……? あの結晶が……ハーヴェンの胃?


「例の“奇跡の結晶”は腹から飛び出した内臓の破片が、俺の魔力と氷で結晶化したものでな。暴食の悪魔である俺にとって、暴食の根源を示す意味でも必須のはずなのに……俺はその根源を教会の奴らに握られたままなんだ。だからあの時、とても気分が悪かった。体の一部であるという事以上に、未だにそれを許可なく利用して、俺を必要以上に英雄に祭り上げるやり口が気に入らなくて……遣る瀬なくて。奇跡の結晶とやらが、どれだけの人を騙すためのツールになっているのかと考えたら……吐き気がしたんだ」


 生々しい上に苦しいよな、それは。……そうか。ハーヴェンが気落ちしたのは、自分のため以前に、騙されている人達を思ってのことだったのか。


「そう……ハーヴェンが心配しているのは、そこなんだ。……ごめんなさい。正直に言えば、私はその答えに少し安心してしまった。ハーヴェンが自分の怒りで暴れるのではなく、誰かのことを考えて怒るのだということが……優しさを証明しているような気がして。だからこそ、私も彼らが許せない。嘘を重ねて……望みもしない栄光を、都合よく作り上げて。だから、決めたんだ」

「決めたって……何を?」

「ふふ。いつか絵本の悪魔が、本当は優しくて英雄以上に素敵な存在なのだと……世界に知らしめるために、あの嘘だらけの絵本の結末を書き変えてやるんだ、って。あのぬいぐるみが売れ残らない世界を作るんだ……って。今、決めたの」

「そりゃまた、悪趣味な……」


 ポツリと呟かれたネガティブな言葉とは裏腹に、嬉しそうに私を抱きしめてくれるハーヴェン。そうして耳元で小さく「ありがとう」と言われると、満ち足りた気分になる。高らかに宣言したからには、どんなに時間がかかっても、どんなに苦労したとしても。心にも傷跡を残した悪魔のためにも、この野望は何が何でも叶えなければ。


***

 ルシフェル様が意気揚々と帰ってきたかと思うと、手元に大きなバスケットが抱えられているのが、とにかく気になる。ルシエルと一緒に、人間界へ行っていたみたいだけど……。と言うか、何を1人で楽しんできているんですか、天使長ともあろうお方が。


「ルシフェル様……それ、どうしたんですか?」

「ルシエルのお気に入りの店で買ってきたのだが。どうだ、なかなかいい出来だろう?」

「えぇ、確かに個性的なぬいぐるみですけど……。もしかして、ハーヴェンちゃんでしょうか?」

「そうなのだ。若造は悪魔の姿も人間界で有名らしくてな。……なんでも、悪魔は人気がないとかで、売れ残っていたのを買い取ってきたのだが。1人は私用だが、他のは土産にと思って持ち帰ってきたのだ」

「おぉ〜!」


 明らかに珍しいご厚意に、その場にいた全員が歓声をあげる。1人で楽しんできたと思ったら、ちゃんと配慮するということを覚えたらしいルシフェル様が、いつになくお優しい事を言い出すけど。だとすると……それ、ボクも貰っていいってこと⁇


「それじゃぁ、早速……」

「戯け! 誰が無条件でやると言った⁉︎」

「へっ?」


 だけど、タダでくれるつもりもないらしい。ルシフェル様に一喝されて、ぬいぐるみに伸びたボクの手がピタリと止まる。えぇと……それ、貰うには条件があるんでしょうか?


「これは土産であると同時に、褒美にするつもりだ! 今後、先着で13名に私を納得させる功績を上げた者に配布する故、そのつもりで任務に励むように!」

「ハイ! 質問です、ルシフェル様!」

「なんだ、ラミュエル?」

「功績って、どんなものが含まれますか? 分かりやすく具体例を示していただけると、助かります!」


 ボクと同じようにぬいぐるみが欲しいらしいラミュエルが、やる気満々でルシフェル様に質問しているけど……うん、確かに一言で功績とか言われても、何をすれば良いのか分からないし。その質問は十分アリだと思う。


「……業務内容はそれぞれ異なるし、一概にどのようなと言われても、具体例を示してやる事はできんのだが。……敢えてヒントをやるとすれば、今回の問題に対して有用な情報を持ち帰るとか、神界のシステムの改善に建設的な意見をもたらすとか……世界のプラスになる事を自ら考え、計画し、実行し……その結果がマナ及び、私を納得させるものであるならば、この若造人形を進呈するつもりだ」


 バスケットを小脇に抱えて高らかに宣言するルシフェル様のお言葉に、妙な熱気に包まれるエントランス。そうして発表ついでに、別の思惑があるらしい。ルシフェル様が今後の企てを話し始める。


「そうそう、今日は何も遊びに行っていたわけではないぞ。実はな、カイムグラントが孤児院を開業するとかで、候補地探しに同行してきたのだ。それで、本当に偶然なのだが……随分と今回の事案に絡む、曰く付きの建物を購入したらしくてな。今から孤児院の調査要員と、それとは別にリッテルを魔界へ送還するための護衛要員を選定する! 孤児院の方はある程度、私が選定するが、それ以外の募集要項は掲示にて告知する故、我こそはという者は告知に対し、自己推薦文も添えて返信するように! 締め切りは神界時間本日まで、各人片方のみの応募厳守だ。以上!」


 ハーヴェン様人形ゲットのチャンスに興奮するボク達だけど……どうしよかな。魔界行きの方に応募したいけど、倍率が高そうだなぁ……。自己推薦文とか言っている時点で、階級は関係なさそうだし……。そうだ、ラミュエルはどっちに応募するんだろう?


「あのさ、ラミュエルはどっちに行くの?」

「あら? ミシェルは応募するの?」

「え? あったり前でしょう⁉︎ ハーヴェン様人形ゲットのチャンスだよ? 応募しない手はないでしょ?」

「うーん……でも、普段のお仕事を放棄する訳にもいかないわ。他の子達が出払うとなれば、代理でお仕事しないといけないだろうし……役目上、応募する訳にはいかないかしら」

「あ、そうなんだ……。そっか、ラミュエルは監視の仕事もあるもんね……」


 お仕事の本質を見失っていないラミュエルの言葉にハッとさせられるけど。……でも、ボクは決まったお仕事は今のところないし。やっぱり思い切って、魔界行きの方に応募しよう、っと。


「ほぉ。ラミュエルは自分の立場を考えられるようになったか」

「え、えぇ……あ、そう言えば。ルシフェル様。1つ、お耳に入れたいことがあるのですが、良いでしょうか?」

「うむ? 構わんぞ」


 今回の応募とは別に、気になることがあるらしい。さっきまでのフワフワ感が嘘のように抜けたラミュエルが、真剣な顔をしてルシフェル様にお伺いを立てている。


「でしたら……もしよろしければ、リッテルの所に一緒に来ていただいても?」

「どうした? リッテルに何かあったのか?」

「いいえ。本人がというよりは、リッテルが懲罰房の何かに気づいたようで……私では判断できない内容でしたので、ルシフェル様にもご確認いただければと思いまして」

「そうか。では早速、向かうとするか。……一応、ミシェルも来い」

「はいは〜い。一応、お伴しま〜す」


 ルシフェル様に直接相談を持ちかける時点で、余程に気になることがあるみたいだ。付いていくだけのボクでも内容があまり良いものじゃないことくらいは分かるけど、これは早速のチャンス到来なわけで。だったら……ハーヴェン様人形ゲットのために、しっかりアピールしないと。

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