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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−31 センスがそもそも滅亡的

「……ただいま〜」

「お帰り、パトリシア!」


 誰もいないはずの家に、一応の挨拶をして入ったはいいが……今日はその「ただいま」に、珍しく返事がある。どうやら、普段はいないはずの住人が帰ってきていたようだ。


「えっ⁉︎ お兄ちゃん、帰ってきてたの⁉︎」


 お役所の受付時間は午後2時まで。受付時間後は各部署で業務整理をする事になっているが、整理にかかる時間は部署によってかなりの差がある。パトリシアが勤務している居住課は業務整理に手間取る部署でもないため、彼女は割合すんなりと帰途に着けるが……金融課等の財務に関わる部署だったりすると、拘束時間は大幅に伸びる。

 パトリシアは下級貴族の出身であるため、食い扶持はある程度稼がなければいけないが、そこまで困窮しているわけでもない。両親が遺した家でたまにしか帰ってこない兄と、カーヴェラの居住区で慎ましく暮らしている。

 そのため彼女自身は現状にある程度、満足しているのだが。同じ居住課受付に座っているエリックは業務量の多い金融課などに異動をして、所得を増やしたいとよくボヤいていた。


「そう言えばね。あの病院跡の土地を、即金で契約していった利用者さんがいたのよ?」

「病院跡って、まさかあの?」

「えぇ、そうなの。なんでも孤児院を開設されるとかで。神父様だというお爺さんと、若いお兄さんの2人組だったんだけど……」


 世間話のつもりでパトリシアが呟くと、部屋の奥から慌ただしい足音が近づいてくる。その騒がしさにパトリシアは余計な事を言ってしまったと、慌てて口を抑えるが……足音の主が興奮した面持ちを輝かせては、話の続きを催促してきた。


「パ、パトリシア! 今、あの病院跡を買った奴がいるって言った⁉︎」

「あ、うん……。お兄ちゃん、相変わらずなのね。なんでも神父様はお祓いとかお清めが得意だとかで、病院に居ついている幽霊さんとお話しするって言ってたわ」

「……⁉︎ そ、それは本当かい⁉︎」


 内心しまったと後悔しながらも、いつもながらに興奮した兄に引くに引けない状況を呪うパトリシア。

 彼女の兄……セバスチャンは表向きは小説家だが、その実は所謂“オカルトマニア”という人種であり、近所でもかなりの変人で通っている。

 いや、変人はまだ穏やかな表現だろう。一応『ファントムバスターズ』の著者ではあるが、実際に売れているのはその一連のシリーズだけで、悪魔研究を題材にしている彼の著書は当然ながら、世間様に受け入れられることはなきに等しい。

 そのため、一部の熱狂的なファン以外からは「悪魔憑き」とか、おおっぴらに言われたからには冗談ではとても済まされない、「異端者」等と呼ばれて敬遠されている。

 その兄は先日までネタ探しと称して、西方のヴァンダート地方の遺跡にしばらく出かけていたのだが。……何事もなく無事、ご帰還召されたようだった。


「ま、まぁ……今日は見に行くだけだと思うし、大々的に開業されるのはまだ先じゃないかしら……」

「そうか! そのうち取材に行ってみるのもいいかもなぁ。お祓いが得意な神父様か……。実際にどんな事をするのか、聞いてみたいし……」

「そういうのって、簡単に教えてもらえないんじゃないの? それに、神父様はお祓いじゃなくて、幽霊さんとお話して解決したいって言ってたし。ファントムバスターズみたいなことはしないそうよ?」

「それはそれで、いいんだ! 要するに、神父様は真剣に幽霊を救おうとしているのだろう? まさに英雄・ハールのようじゃないか! 強く、優しく……何よりも正しい! よし! こうなったら、張り込みに行くぞ!」

「止めておきなよ、お兄ちゃん……。それでなくても、今まで無事だったのも奇跡なのに……」


 毎度のネタ探しでの遠征もそうだが、悪魔を題材にした物語を堂々と書いている時点で、妹の目には兄の行為は非常に危うく見える。中には、かつての悪魔の痕跡を辿ったとして、教会の過失や失敗を描いている物もあるし……いつ異端者として刈り取られるか、分かったものではない。

 それでも彼が教会に連行されないのは、偏に『ファントムバスターズ』の存在があるからだろうと、パトリシアは踏んでいる。教会は殊にハール・ローヴェンを英雄として刷り込むのに余念がないため、その英雄をモデルにした冒険譚が教会の「奨励図書」に指定されているのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 もちろん、パトリシアも『ファントムバスターズ』は面白いと思う。実際のエクソシストがどんなものかは分からないが、水の魔法を使いこなす物語の英雄は強く、優しく……そして、何よりも慈悲深い。悪魔を鮮やかな手際で退治していく彼の軌跡は、完璧なまでの勧善懲悪物でしかないものの。圧倒的な活躍は読む者に、爽快感と高揚感を確かに与えてくれる。


「大丈夫さ! 何たって、今回はあのヴァンダート遺跡で、貴重な悪魔除けを発掘してきたんだから!」

「悪魔除けって、相手は幽霊だよ? なんか、違くない? それに……ヴァンダートの遺跡って、何がそんなに凄いんだか……」

「よくぞ聞いてくれた、妹よ! かのヴァンダートは、約1500年前に滅んだ国でな! 呼び出した悪魔との約束を守らなかったばっかりに滅ぼされた、悲劇の王国なのだ!」

「悲劇って。約束を守らなかった方が悪いんじゃ……。というか、なんで悪魔を呼び出したりしたのかしら?」


 ちょっとズレている兄の解説に、冷静に当然のツッコミを入れていくパトリシア。兄が浮世離れしているせいで、パトリシアは非常に現実的にならざるを得なかったが。これでパトリシアも「変人」だったらば、今の暮らしはなかったに違いない。


「ヴァンダート国王が不治の病で床に臥していた姫君を救う為に、霊薬を悪魔に望んだのだそうだ」

「完全に頼む相手を間違ってるよね、それ。悪魔に治療を依頼するセンスがそもそも滅亡的な気がする……」

「そう言いなさんな。遺されていた文献によると、王も最初は神に祈ったが受け入れられなくて悪魔に頼んだらしい。ただ、呼び出しに応じた悪魔が超大物だったようでなぁ……王の願いは簡単に叶えてくれたそうだが、呼び出しの対価はとても人間が賄える物ではなかった、と」

「対価……?」

「肝心の対価は記されていないんだけど。大物悪魔は約束を破られた怒りで、大量の雷を降らせて……一瞬にしてヴァンダートを滅ぼしたそうだ。で、その遺跡……ヴァンダート城跡は悪魔の雷を大量に浴びても尚、残った魔力遺産として有名でな。結構、奥まで探索できたものだから……ほれ、見ろ!」


 そう言ってセバスチャンはここぞとばかりに、ポケットを重そうに塞いでいた石ころを取り出すと、得意げに見せびらかす。


「何、それ……?」

「雷鳴石と言ってな! ここまで大きな物はそうそうないぞ! 悪魔がいると発光して知らせてくれる、優れものだ!」

「そ、そうなんだ……」


 きっと、土産屋で騙されて買ってきたんだろう。何の変哲も無い、ちょっと綺麗な紫色の石を嬉しそうに眺めては子供のようにはしゃぐ兄。それでも、パトリシアはそんな兄に辟易するでもなく、どこか安心した気分で見つめている。

 兄は昔から、純粋で真っ直ぐだ。何かに夢中になると、周りが見えなくなる困った部分はあるけれど。いつまでも色褪せない好奇心は、一緒にいるだけでワクワクさせられる。きっと、夕飯時に自分の冒険譚をファンに先駆けて、パトリシアにだけ聞かせてくれるだろう。それは妹であり、世界中の誰よりも小説のファンであるパトリシアの特権なのだ。だから、誰が何を言おうと。その特別公開は紛れもなく、彼女にとっての1番の贅沢だった。

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