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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−30 ゲッコウダケ

「お頭! お頭! これ見て下さいでヤンす!」

「悪魔の旦那! これ、凄いですぜ!」

「お?」


 女の子達がめいめい欲しい物を見つけたところで、今度はコンタローとダウジャが俺の足元に転がってくるが……なんだろうな。俺だけ妙に落ち着かないのは、気のせいだろうか。


「悪魔の旦那……?」

「え〜と、いや……俺が精霊だった時は、悪魔っぽい見た目をしてたもんだから。別に変な意味はないよ」

「そ、そうですか……」


 ダウジャの呼び名に、すかさず反応するおばちゃん。そうして、苦し紛れの解説をしたところで、元凶の黒猫がしまったと慌てて口を噤む。そんなダウジャの脇腹を、これ見よがしに肘で小突くコンタローだが。いつの間にか、随分と仲良くなったもんだ。


「で? 何が凄いんだ?」

「あい! これ、動くでヤンす!」

「そうなんです! ネジを回すと……ほらッ!」


 彼らが持ってきたのはゴーレムを象った人形で、ブリキでできているらしい。コンタロー達が楽しそうに背中のネジを回すと、床の上をゆっくりと行進し始める。その動きはぎこちないながらも、どこかユーモラスで……メカニカルな様子も含めて、コンタローとダウジャの心を掴んで離さない。


「ヘェ〜。こいつは確かに面白い人形だな。……中はゼンマイ仕掛けになっているのかな?」

「ゼンマイ?」

「あい?」

「ゼンマイ仕掛けはな、バネを仕込んだ仕掛けのことでな。ネジで中のバネを巻き戻して、元の形状に戻ろうとする動力で仕掛けを動かすんだよ。まぁ、要するに。お前達がネジを巻いてやると、力を溜め込んだゴーレムさんが動く仕組みになっているんだ」

「ほぉ〜! 流石、旦那は詳しいですねぇ!」

「あい! お頭は物知りでヤンす!」


 きっと、手作りなのだろう。2人が手にしているゴーレムはそれぞれ顔つきが微妙に不揃いで、趣深い雰囲気を醸し出している。それはさておき。女の子達はブローチをゲットしていたし、この子達にも思い出の品がないのは不公平だよな。


「よし。それじゃ、お前達にはそれを買って帰るか。おばちゃん、このゴーレム人形はいくらですか?」

「こちらは1人銅貨2枚ですが……ふふふ。2人で銅貨3枚で結構ですわ」

「いいの? さっきブローチを頂いたばっかりだし……それじゃぁ、あまりに申し訳ないんだが……」

「構いませんわ。これからも太っ腹な旦那様達がお買い物に来てくだされば、それ以上の対価はございません。是非、これからも良しなにお取り立て下さいますと幸いです」


 損して得取れ……か。このおばちゃんはおばちゃんで、相当の商人なのだろう。地面がお高いらしいカーヴェラで、これだけの店を維持してきたのは、決して運がいいだけではないに違いない。


「ところで……コンタローにダウジャ。ギノはどうした?」

「あい。坊ちゃんは向こうの机で、真剣に悩んでいましたよ?」

「相当に欲しい物があるみたいでしたが……」

「そうなんだ? ギノは何がそんなに気になるのかな」


 実は結構広かった店の中をモフモフ2人に案内されながら、奥まった場所に佇むギノの元に辿り着く。そうして見やれば……文机らしい家具の前で大袈裟ではなく、冗談抜きで難しい顔をしたギノが悩んでいる。時折、尻尾を興奮させたように振っているが……。


「ギノ? ……ギノ?」

「あっ、はい!」

「どうした? そんなに難しい顔をして。何か気に入ったものがあったのか?」

「え、えぇと……」

「うん?」


 ソワソワし始めたギノが見つめる先を確認すると。そこには、ガラス容器に収められた何かが置かれている。


「これ……なんだ? 敷き詰められているのは苔……多分、グローモスかな? それと……おいおい、こいつは驚いたな。これ、ゲッコウダケじゃないか」

「ゲッコウダケですかい?」

「あい?」


 コンタローとダウジャが興味津々でこちらを見上げているので、2人まとめて抱えてやると、同時におぉ〜と感嘆の声を上げる。


「ゲッコウダケは月の光を浴びて育つ、珍しいキノコでな。月光を集めて、暗がりで僅かに発光するんだ。しかし……こいつは猛毒のキノコでもあったりするから、とても触れることはできないんだが……」


 俺もそこまで詳しい訳ではないが。料理に使うことも多いもんだから、有名どころのキノコはある程度は知っていたりする。で……ゲッコウダケはキノコの中でも、かなりの猛毒キノコのはずだ。ビジュアルが綺麗なもんだから、是非に料理に使いたいところだが……お料理で死人を出すのは、料理人として失格だろう。


「そうなんです……。図鑑に載っていたキノコがこんな所に生えているなんて、思いもしなくて……気になって仕方がないんです……」

「あぁ、なるほど。にしても、どういう仕組みで生えてるんだろうな、これ。ゲッコウダケは本体だけじゃなくて、胞子も毒性があるから……こんなに間近で見るのも、本当は危ないんだが」


 そんな事を俺達が言っている側から、おばちゃんが種明かしをしてくれる。目の前のガラスの中身には、それなりのトリックがあるようだ。


「そちらは非常に珍しい、培養ゲッコウダケのテラリウムですわ」

「培養ゲッコウダケに……テラリウム?」

「えぇ。ゲッコウダケは旦那様のおっしゃる通り、有毒性の高いキノコです。こちらはゲッコウダケを品種改良して、綺麗な水と空気の中で育てる事で無毒化した品種なのですよ?」

「ほぉ〜!」


 おぉ! 無毒化ゲッコウダケなんてものがあるのか。品種改良のチカラってすげー!


「しかし、残念ながら……本来の発光力は弱まっておりまして。それ自体はボンヤリと光る事しかできませんが、薄っすらと輝く様子も十分に神秘的ですわ。その培養ゲッコウダケをテラリウム……植物の光合成の仕組みを利用した箱庭にする事で、手軽に楽しめるように仕立てた物がそちらになります。もちろん、ゲッコウダケも苔も生きておりますので、定期的に水やりは必要ですが。ガラスの蓋を閉めてさえおけば、中の水分が循環しますので、手間もそんなにかかりません」

「そんなものがあるんだ……。という事は……これ、育てられるんですか?」

「えぇ、育てられますよ」


 おばちゃんの言葉に、更に興奮したように瞳を輝かせるギノ。先日の植物図鑑以来、随分と「植物の沼」にハマったようだが……ギノがこんなに身を乗り出して、のめり込む物があるなんて思いもしなかった。そうして、いよいよ欲しくなったのだろう。彼が急に不安な顔になりながら、おばちゃんに当然の質問を切り出す。


「あ、あの……これはおいくらでしょうか……」

「こちらは銀貨2枚ですわ。かなりの貴重品ですので、結構なお値段ですが……いかがしますか?」

「ゔ……やっぱり、高いですね……。う〜ん……どうしよう……」


 堅実なギノであれば、買おうと思えば買える額だろう。しかし、銀貨2枚は当然ながら、気安い金額ではない。お小遣いの殆どを使い切るであろう大枚を、このキノコにかけていいのかどうか、真剣に悩み始めたようだ。


「やれやれ。だったら、頑張り屋さんのギノには、ちょっと援助をしてやろうかな。全額を出してやるわけにはいかないが、半分は俺から出してやってもいいぞ?」

「えっ?」

「エルノアの面倒見てくれているみたいだし、ご褒美もやらないとな。それに……どうしても欲しいんだろう? 値段が値段だから、そうそう売れるモノでもない気がするが……。ここで図鑑のキノコに出会ったのも、何かの縁だろう。思い切って、買って帰ったらどうかな?」

「でも……これは必要なものじゃなくて、ただ僕が欲しいものですし……」


 ここで、エルノアに注意した事を蒸し返してくるか……。あれはエルノアが直せればいい事であって、ギノまで真に受ける必要はないんだけどな。


「欲しいものを買うのが、ダメなわけじゃないぞ。そもそもギノは普段、どうしてお手伝いをしてお小遣いを貯めてるんだ?」

「春先に花の苗を買うために……」

「相変わらず、お前は真面目なんだから。いいか? 貰った対価を自分で考えてやりくりして、欲しいものを買う事は何よりも楽しい事だし、大切な事なんだぞ。この世界は、たくさんの素敵なもので溢れている。その素敵なものを全部“自分には必要ないから”と切り捨てるのは、勿体ないと思わないか? たまにご褒美があるから、生きているのが楽しいんだ。その楽しさを自分に許してやるのは、決して悪い事じゃない」

「でも……僕、今までも貰いっぱなしなのに……。生きているだけで十分なのに……」


 ちょっと待て。生きているだけで十分って……何を殺伐とした事を言っているんだ、この子は。そんな終末的な考え方は、今すぐ捨てなさい。


「それは本心か?」

「えっ?」

「そんな悲しい事をギノは本気で考えているのか、と聞いているんだ。言ったはずだぞ? お前はウチの子なのだから、悲しい思いをさせないように頑張ると、約束しただろう? だから、しなくていい我慢をするのはやめるんだ。それにしても……ワガママという意味では、ギノはエルノアを見習った方がいいかもな?」

「……ゔ。でも、僕は……」

「ハイ! こういう時は大人の言う事はちゃんと聞きなさい! いらない遠慮はナシナシ!」

「は、はい……。あの、それじゃ……お言葉に甘えてもいいでしょうか?」

「もちろん。ほれほれ、さっさと覚悟してしまえ」


 そこまで言ってやって、ようやく欲しいものを手に入れる決心ができたらしい。嬉しそうな顔に戻ったギノが、改めておばちゃんに向き直る。


「それじゃぁ、おば様……」

「えぇ、えぇ。お買い上げありがとうございます。こちらは割れ物ですから、丁重にお包みしますね。それと、テラリウムの情報カードがあったかと思いますので、そちらも一緒にお渡ししますわ」

「お願いします……!」

「あい! 良かったですね、坊ちゃん」

「う、うん……。これから、毎日が楽しみだよ……。ちゃんと育てられるといいなぁ」

「坊ちゃんなら、大丈夫じゃないですか? 植物図鑑にも載ってるんでしょ、そのキノコ」

「そう、そうなんだよ。実物が目の前にあるって、ワクワクするというか……どうして、こんなに楽しいんだろう。沢山観察して、上手に育てられるように頑張らなきゃ……!」


 何かにつけ、「頑張る」事をやめないらしいギノだったが。その「頑張る」が自分の好きな事に向いているのであれば、彼の負担にはならないだろう。コンタローとダウジャにキノコの事を尋ねられて、一端の学者よろしく熱のこもった解説をしている姿を見る限り、ゲッコウダケと一緒に思い出を大切にしてくれそうで、俺も嬉しい。

 ……それにしても、この雑貨屋がここまで各人のニーズを満たしてくるとは思わなかった。お陰で予想外の出費になったが、ルシエルが寄越した白銀貨がたんまり残っているし……今日のところは問題ないか。

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