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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−27 とっても難しいお年頃

 約束の時間は守ったはずなのに……不機嫌な顔をした嫁さんが、カフェの外にある椅子でお茶を啜っている姿が目に入る。きっちり眉間にシワを寄せたお顔は、明らかに営業妨害確定な仏頂面だが。それ以前に、あまりに妙な光景に頭痛がする。

 どうしよう。これ、また何かあったんだろうか?


「……遅い」

「一応、約束には間に合ってるだろ。……何かあったのか?」

「別に。ただ、例のウェイターにお前は一緒じゃないのかと執拗に聞かれて、不愉快だっただけだ」

「あ、そういうこと……。で? 他のみんなは?」

「……中でお茶とケーキを堪能中だ。不機嫌を撒き散らすのは私だけでいいだろう。それに、この店のケーキはお前の作ったものに見劣りして、どれもこれも食べる気にならん」

「頼むから、店先でそんな事を言うなよ……全く。お前はどうして、些細な事で意地を張るんだろうなぁ……」


 仕方なしに、彼女の隣に腰を下ろす。この椅子は順番待ちのためのものだろうが、昼時とおやつ時の隙間な時間のせいか、待っている人もいないらしい。そんな「お待たせ用の椅子」でちゃっかりお茶だけは死守しながら、待っていましたとばかりに、ツンツンしっぱなしの嫁さんが愚痴をこぼしはじめる。


「大体、なんだ? あのザッハトルテもどきは! 中のソースがアプリコットじゃなかったぞ⁉︎」

「もどき……って。ケーキも注文したんだな……? あぁ、なるほど。あの時はアプリコットがなくて、仕方なく別のソースを作ったりしたもんなぁ。もしかして、中身はベリーソースだったりしたか?」

「そうなんだ! 別にイチゴも嫌いじゃないけど! 私としては、アプリコットのが食べたいッ!」

「ど、ドウドウ……落ち着け、ルシエル。アプリコットで頭が一杯の嫁さんに、朗報だぞ〜。予告しておくと、今晩のデザートはアプリコットムースだから。今頃、冷蔵箱でいい子に待機中じゃないかな」

「ほ、本当⁉︎」

「うん、本当」


 デザートの予告をすると、ようやく笑顔を取り戻す嫁さん。以前は笑顔もなかなか見せてくれなかったが。青い鳥ちゃんの一件以来、いい意味で童心に返った彼女はいつの間にか、自然と笑いかけてくれる様になっていた。彼女の進歩は、カーヴェラで買い物をしたのが主なキッカケなわけで……この街はいつ来ても、沢山の発見があるな。


「なんだ、若造。戻っていたのか」

「あ、ハーヴェン! お帰り!」

「うん、ただいま。急に抜けて悪かったな。お茶とケーキ、美味しかったか?」

「ふむ。なかなか美味だったぞ。たまに遊びに来るのも悪くないな」

「もちろん! ね、ね! ここのザッパーンドーンも、とっても美味しかったの!」


 相変わらず無駄に上から目線のルシファーと、ザッハトルテを自己流のネーミングで呼びつつ、嬉しそうに尻尾を振るエルノア。他のメンバーはしっかりケーキも楽しんだのだろう。彼らの満足そうな笑顔に安心するものの……変に意地を張っているのは、やっぱり嫁さんだけか。


「……みんなのお茶が終わったみたいだから、カップを返してくる。ちょっと待ってて」

「あ、うん……」


 意地を張っているついでに、そそくさとカップを返しに行くルシエル。そのおかしな様子が気になるのだろう。コンタローとダウジャがそっと……俺に嫁さんの不機嫌の理由を尋ねてくる。


「お頭……。姐さん、どうして怒っているでヤンす?」

「随分と不機嫌みたいでしたが……。何が気に入らなかったんでしょう?」

「あぁ、お前達が心配するような事は何もないぞ。ちょっと難しいお年頃に逆戻りしただけだから、気にしないでやってくれる?」

「難しいお年頃? でヤンすか?」

「うん、とっても難しいお年頃。ルシエルは中身はなんだかんだで、16歳だからな。プライベートの時はちょっぴり、意地っ張りになるんだよ」

「マスターって結構、難しい性格をしてますよね。悪魔の旦那も大変ですねぇ……」


 俺の説明を素直に受け取って、納得してくれたコンタローとダウジャだが。……ダウジャにまでそんなことを言われているのは、内緒にしておこう。そうしているうちに、眉間のシワが取れないままの嫁さんが帰ってくる。……あ、なんだろう。怒りの矛先は俺に向いている感じか、もしかして。


「……お待たせ。ハーヴェン、次は雑貨屋に行くぞ。……もうこれ以上の別行動は許さないからな」

「へいへい、分かってますよ。この後はちゃんと最後までお伴しますから、そろそろ許してくれよ」


 俺がそんな事を言いながら宥めすかすと、無言で右腕を握りしめてくるルシエル。力はかなり抑えられているようだが、何かをギリギリと締め上げられる感じが……肉体的にも精神的にも痛い。俺達の様子を遠巻きに眺めている子供達の顔が、引きつっているように見えるのは……思い過ごしじゃないだろうな。


「気を取り直して、雑貨屋に行くぞ〜。結構、趣味のいい店でな。見ているだけで楽しいと思うぞ」

「雑貨屋……? あの、そのお店はどんなものが置いてあるんですか?」


 どうやら、雑貨の内容がピンとこないらしい。何かと物知りなはずのギノが首を傾げている横で、プランシーが的確な説明を加えている。


「雑貨というのはね、細々とした日用品の類のことだよ。ちょっとした食器から、文房具とか……場合によっては、家具なんかもあったりするかな」

「そうなんですね。食器かぁ……自分のマグカップがあったら、毎日のお茶が楽しくなるかな」

「あ、それいいかも! ね、ギノ! お揃いのカップを買おうよ!」

「え、え? お揃いって、別に僕とエルでカップを合わせなくてもいいと思うよ?」

「ムゥ〜! 恋する乙女には、とっても大事なの! だって薔薇のお姫様達も、大好きな騎士様からお揃いの指輪を貰うんだって、頑張ってたもん!」

「お揃いの指輪……。多分、それはカップどころじゃないと思うな……」

「そうなの?」


 エルノアの恋の知識は、件の『薔薇の乙女シリーズ』由来の物らしい。その中身をようよう知っているのだろう、ハンナが嬉しそうにクスクス笑っているが。おままごと感覚の恋に、ギノが振り回されている様子が……彼には少し悪いが、どことなく面白い。子供は親の背中を見て育つとは、よく言ったもので。それぞれ、かの父さまと母さまにどことなく思考パターンが似ているのは、気のせいじゃないだろう。


「ふむ、エルノア。その指輪は多分、“結婚指輪”というモノだろう。ほれ、ルシエルと若造も左手に付けているだろう? 男の方が揃いの指輪を用意して、女に婚約を申し込むものらしいぞ」

「そっか……それじゃぁ、カップはちょっと違うのかなぁ。指を通すのは一緒だけど、落とすと割れちゃうし……。そう言えば、ルシエル達は同じ指輪してるよね。それ、ハーヴェンが用意したの?」


 ルシファーがちょっと迷惑なことをエルノアに吹き込み、その知識も見事に飲み込んで、少し凹んだ後に……こちらを期待いっぱいの眼差しで見つめてくるエルノア。別に隠している事でもないんだが。どうしてここでそういう事を言い出すんだ、この天使長様は。いい加減、空気を読めよ、空気を。


「……うん、まぁ。これ自体はベルゼブブの贈り物だったんだけど。お揃いの指輪があると、離れていても相手の顔がふとした時に思い浮かぶから、不思議だよな」

「そうだな……。これがあると……早くハーヴェンに会いたいな、とか思ったりするし……」


 俺が仕方なしに説明した横で、言葉を真に受けて急にモジモジして赤くなり始めるルシエルと……乙女らしさ全開の貴重なご尊顔に「おぉ〜」とどよめくご一行。迷惑だと思った質問の結果に、こんなに可愛い嫁さんの姿を拝めるとは。……うん、さっきの失言を撤回します。グッジョブ、天使長様。

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