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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−26 偽姫様

(……見ぃつけた、っと。ふ〜ん? 両方人間みたいだが……)


 裏路地で顔を突き合わせて、ヒソヒソとお話を楽しんでいるのは……2人。片方は尖った雰囲気の、やたら真っ白な肌の少女だが。彼らの様子からするに、彼女の方が主導権を握っている模様。出で立ちに、少々気取ったものがあるのを見ても……貴族だろうか?


「こんな人気のない所でランデヴーとは……覗き見も含めて、随分と陰険だな?」


 そんな彼らのすぐ後ろに、身を滑らせる様に降り立つと。咄嗟でも少女の方が動く。俺の気配にいち早く反応するのを見ても、彼女がリーダー格だろう。言葉よりも先にナイフを投げてくるのは、お行儀が悪い気がするが。そうして受け止めたナイフもちょっと小洒落た雰囲気を纏っており、ただの安物でもないとハッキリと分かるのが、これまた気に入らない。


「……随分と手グセの悪いお嬢さんだな。で? さっきから、コソコソと何を探っていたんだ?」

「ひ、姫! こいつ、例の精霊ですよ! さっきの本屋で、見かけた……!」

「なんだと⁉︎」

「例の精霊? さっきの本屋?」


 俺の事を「精霊」とか言っている時点で、ある程度はこちらの素性を知っているみたいだが。まさか、マルディーンが喋ったのか? ……いや、違うな。彼は俺が本当は「悪魔」だと知っている。さっきの友好的な様子を見ても、わざわざ他の奴に「精霊」などと吹聴したりしないだろう。だとすると……?


「ま、いいか。何で盗み見していたのか、誰がお前達の飼い主なのか……はここで締め上げれば、ハッキリするだろうし。そうだな……姫さんの方に聞いた方がいいかな? それとも、お兄さんに聞いた方がいいか?」

「……クッ! おい、ジドー! どうして、付けられる様な真似をしたんだ! 肝心な時にドジを踏みやがって!」

「いや、俺も付けられていないことは、十分に確認していました!」


 うん、それは知ってる。隙のない身のこなしからしても、このお兄さんもかなりの手練れだし。普通の人間だったら、アッサリと撒かれていただろう。


「……あ、ジドーさんとやらのメンツを気にしてやるとな。俺は別に付けて来たわけじゃないよ? 匂いを頼りに、所在を探り当ててきただけさ。どんなに遠く離れようと、どんなに遥か先に逃げようと……嗅いだことのある匂いを追うのは、俺にとっては造作もないことでな。記憶に匂いを刻んだ以上……俺から逃げることはできないぞ」

「そういう事……。ま、いいわ。だったら、噂の精霊様のお手並みを拝見するのも、悪くないかしら。精霊って人間界だと実力を発揮できないって聞いてるし……お前を捕まえれば、父上も喜んでくれるはずよ!」


 姫さんの合図に、ワラワラと周囲から現れる随分な数の男達。姿勢を低く構え、無駄のない身のこなしからしても、それなりの戦闘部隊と思われるが。

 しかし……精霊が人間界だと実力を発揮できないなんて、誰が彼女に吹き込んだのだろう。噂の精霊というフレーズも含めて、情報源の方が気がかりだ。


「荒事にするつもりもなかったんだけど。話し合いに応じてくれる気もないみたいだし……仕方ないか」


 彼らは彼らで中途半端に嘘混じりの情報を信じ切って俺を捕らえようと、様々な得物で攻撃を仕掛けてくるが……やはりと言うか、何と言うか。全てが退屈で、全てがとにかく煩わしい。しかも、ミッションの制限時間は30分と、妙に厳しいリミットもあるし……ちょっと痛い思いをしてもらっても、いいだろうか?


「次から次へと、キリがない……あぁ、もう! 全員の口封じをすれば、気が済むか?」


 それで結局、返しそびれた短剣でお相手をする羽目になり、妙にやり切れない気分に浸る事、約3分。姫さん以外の男達にキックで打撃を与えつつ、舌を漏れなく切断してやったところで……ようやく彼らも俺を捕らえるどころか、マトモに相手すらできない事が分かったようだ。


「おい、どうした! みんな……一体、何があった……⁉︎」


 何があった……? まさに目の前で起っている事なのに、何故か彼女は状況を把握できていないらしい。さっきは的確にナイフを投げつけてきたのに……随分と腑に落ちない反応だが。今はそんな事を気にしている暇もないか。


「さて、今度は姫さんの番かな? 他の奴らは舌を落とされて、もう喋れないだろうし……後はあんたに聞くしかなさそうだ」

「……⁉︎ な、何も話すことなんかないわ。殺したければ、殺しなさいよ!」

「あぁ、そう……。俺、人を殺すのはあんまり好きじゃないんだよなぁ。どうしよっかな。折角だし、この場で十八番の人体解剖でもしようかな? 手足を落として、目を潰して……。傷の手当は中途半端にするから、最低限、不自由なりに生きていけるようにはするけど……」


 もちろん、そんな事をするつもりは毛頭ないのだが。どっかの誰かさんの真似をして、ちょっと残酷な事を言ってみれば。「殺される以上に酷いこと」をされると理解したらしい。何かが崩れるように、さっきまでの尖った表情がみるみると怯えて、年頃の女の子の泣き顔に変わる。必要以上に怖がらせてしまい、少々バツの悪い思いをしながら彼女の言葉を待つと、ポツリポツリと何かを呟き始めた。


「……私はただ、父上を喜ばせたくて……!」

「父上? お前達の飼い主の事か?」

「飼い主じゃない! 私の父上は偉大な……!」

「偉大な?」

「……偉大な……」


 それ以上を白状するのが躊躇われると、口を噤む姫様とやらだけど。……もしかして、この子は通称で「姫」と呼ばれているのではなく、本物のお姫様だったりするのだろうか? だとすると、どうして姫様がこんな物騒な事をしているんだ?


「おっと、そのままお喋りしてくれよ。ほら。その偉大な父上様とやらは、どこのどいつなんだ?」


 そう言いながら、返却ついでに彼女の髪飾りを目掛けてナイフを投げる。そうしてはたき落とされた髪飾りを手探りで拾いながら、悔しそうにしているのを見る限り、大事なものだったのかも知れない。やっぱり悪いお兄さんを演じるのは苦しいなぁと、思いながら……表面上は平静を取り繕いつつ、彼女の言葉を待つ。


「……ゔ。私の父上は……メリアデルス、と言うのだけど……」

「メルアデルス? 聞いた事ないなぁ。それ、誰だ?」

「なっ、お前! 父上を知らないと言うの⁉︎ 偉大なローヴェルズの国王を、知らぬと申すのかッ⁉︎」

「ローヴェルズの……国王? ってことは……あぁ。あの小生意気な姫様の父親かぁ。……って、お?」


 待て待て。と、いうことは……彼女もローヴェルズの姫様って事?


「ジルを知ってるのね……。そうよ、ジルは私の双子の妹よ。色々あって私の方は、存在自体がなかったことになっているけど。だから、私は……城内では偽姫様なんて呼ばれている」


 何やら、相当の事情があるらしい。あの姫様の双子の姉だという彼女が……涙の跡を残したまま疲れ切った表情で呟く。

 しかし……顔立ちこそ、確かに似てはいるものの。「偽姫様」の方は銀髪といい、真っ赤な瞳といい……薄汚れたフード付きの外套といい。必要以上に華美な出で立ちで、完璧な人形のようだった「あっちの姫様」と双子にはとても見えない。どこか寂しげな様子に、もう少し事情を聞いた方がいい気もするが……生憎と、そろそろ時間切れだ。冗談抜きで早く帰らないと、本気で嫁さんに怒られるかもしれない。


「……フゥン? そうなんだ。ま、そちらさんの都合はどうでもいいや。それじゃ、偉大な父上様とやらに伝えてくれる? ……次にこんな事があったら、ローヴェルズを丸ごと吹き飛ばすから覚悟しておけ、って。ま、今回はこの位で許してやるから、もう趣味の悪いことはするなよ」


 歯向かう気はないなりに、警戒心丸出しの取り巻きの男達を睨みつけながら、その場を後にする。だけど、さめざめとか細い泣き声が背中に覆い被さってくるのが……とにかく、居た堪れない。

 事情は分からないが、泣きじゃくって自虐的に自らを「偽姫様」と称する彼女は……何かに必死にしがみついている様に見える。大体、偉大な国王様とやらは自分の娘を使って、何をさせようというのだろう。偽姫様なんて呼ばれることに、彼女がどれ程までに傷つくかさえも想像できないのか?


 そこまで考えて……エドワルドに初めて会った時に、言ってやった事を思い出す。そうだ。ローヴェルズ王は国の現状を知る努力も、鑑みる努力もおざなりしている暴君。今はクージェとの戦争準備の資金作りで、相当の負担を国民に強いていると、それとなく知ってはいたが。負担の意味は違えど、まさか娘にまで汚れ仕事を強要しているなんて。脅しを抜きにしても、ローヴェルズは本気で潰した方がいいんじゃないか……そんな物騒な事を考える程に、俺は背後の偽姫様にしっかりと同情していた。

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