9−23 恋に恋するお年頃
「お待たせ〜」
お眼鏡にかなう物件が見つかったらしい。満足そうな表情の旦那とコンラッドが帰ってくる。コンラッドの手にはいかにもな雰囲気の茶封筒。……どうやら、手続きも済ませてきたようだ。
「どうだった? 良さそうな建物は見つかった?」
「えぇ、お陰様で。幽霊付きの、いい物件が見つかりました」
私の質問に嬉しそうに答えるコンラッドだが……幽霊付き? それがいい物件の条件には思えないのだが、気のせいだろうか……?
「幽霊ですか? 神父様。……それ、大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だよ。紹介してくれた人の話では事故物件とかで、子供の幽霊が住み着いているそうでね。元は病院という事もあって、非常に広々としていて、とても良さそうな場所だったよ」
「……事故物件……?」
ギノの質問に対し、明らかな悪条件を嬉々として話し始めるコンラッド。元神父とは言え、幽霊とかお化けに慣れている以前に……事故物件を「いい物件」と言い切る神経に、少々不安になる。
(おい、ハーヴェン!)
「うん?」
(声が大きい!)
(え、えぇ? どうしたよ、ルシエル)
(お前が付いていながら、何でそんな物件を選んだんだ? もう少し、いい条件の物件もあっただろ?)
「あぁ、そんなことか。別にいいだろ、当のプランシーが気に入ってるんだし。それに、もし幽霊が荒事になりそうな相手だった場合は、力尽くで鎮めりゃいいだろ。問題もないと思うけど?」
そう言えば……こいつも元異端審問官とやらで、悪魔祓いが仕事だったのをすっかり忘れていた。彼らにしてみれば、幽霊は恐るるに足らぬという事なのだろうが。常識人だと思っていたハーヴェンとコンラッドに、こんな浮世離れした部分があるなんて……大誤算もいいところだ。
「ま、とにかく。その候補地は買い物の後に寄るとして、まずは本屋に行こうか?」
結局、頼みのハーヴェンにさえも幽霊をサラリと受け流されて。彼が改めてそんな事を提案すると、待ってましたとばかりに喜ぶ子供達。まぁ、確かに執拗に気にする必要はないか……。
「本屋、とな?」
「うん! 冬の間にお家で退屈しないように本を買ってくれるって、ハーヴェンが言ってて。ルシ姉も本を読むの?」
「無論だ。今は『恋するラベンダー』という小説を読んでいてな。なかなかいい出来の作品だぞ」
「『恋するラベンダー』?」
「ちょ、ちょっと待ってください、ルシフェル様!」
「うむ? どうした、ルシエル」
ルシ姉と呼ばれたのに自然に反応しつつ、こちらとしては非常に都合の悪い事を言い出すルシフェル様。子供達相手に、その小説のタイトルは出さないで頂きたい。
「その小説は少々、大人向けでしょう? ……エルノア達にはまだ早すぎます」
「言われれば、そうだな。しかし、いい出来なのは間違いないぞ?」
「出来栄えを否定しているわけではありません。ただ、この子達も彼らの事は知っておりますので……」
しかし、空気を読むスキルもすっからかんのルシフェル様が本屋へ行く道すがら、尚もいい作品などと推すものだから……完全に興味を唆られている子供達の視線が痛い。特にタイトルがタイトルなだけに、恋に恋するお年頃のエルノアが一言一句聞き逃すまいとしているのが、居た堪れないではないか。
「えぇと。ルシファーの言っている小説はな、マモンとリッテルのお話なんだよ。ただ、ちょっと暴力的な内容もあったりするみたいだから、お前達には刺激が強いかもしれないな。ほれ、魔界はどこもかしこも物騒なもんだから。魔界を舞台にした話だと、残酷な部分もあると思うぞ」
すかさず横から「大人向け」の意味をすり替えて、上手くフォローするハーヴェン。本当は大人向けの意味は別のところにあるのだが、確かに冒頭の暴力シーンは多少残酷な部分もあるし……あながち間違ってもいない。
「そう、なんだ……。でも、お話の内容知りたいな……」
「僕も興味があります……。マモンさんの様子も気になりましたし、どうして、2人が離れ離れになってしまったのかも書かれているんでしょうか?」
「うん、まぁ……そういう事なら、小説の中身は俺が一通り読んだ後、流れを話してやるから。彼らがどうして離れ離れになったのかくらいは、きちんと説明してやるよ」
結局、ハーヴェンが子供達のフォローを仕方なしに引き受けてくれるが……ギノまでそんな事を言い出すのを見るに、彼もマモンが気がかりらしい。そして、ギノの証言にまたもルシフェル様が食いつく。
「ほぉ? マモンの奴、またこちらに来ていたのか?」
「あい! 昨日はベルゼブブ様に連れて来られていました!」
「ふ〜ん……それで? あいつは何だって?」
「悪魔の兄ちゃん、お嫁さんと離れ離れになっているとかで……お嫁さんが心配だったみたいで、悪魔の旦那に話を聞きに来ていたみたいですぜ」
「最後はハーヴェン様からお話を聞いて、安心したご様子で帰られましたよ」
結局、マモンを兄ちゃん呼ばわりする癖が抜けていないダウジャと、珍しくダウジャを窘める事もせずに嬉しそうに答えるハンナ。彼らの目にもマモンの様子が非常に痛ましく映っていたのだろうが、そんな思いをさせているのがこちらの都合でもある手前、微妙に申し訳ない気分になる。




