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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−22 保持期限は無期にします?

 契約書とお見積もりの準備をします……そう言い残し、奥に引っ込んだお姉さんを待っていると。さして待たされることもなく、恭しい様子の茶封筒が持ち帰られてくる。しっかり、お役所と言ったトコロだろう。茶封筒から出てきた上質紙の書面には、これまたちょっとした威厳みたいなものも感じられるが……。


「では、こちらのお見積もりですが。土地代・金貨2枚、物件代……これは事故物件ゆえ、あまりいただくことはできないので……銀貨3枚、と。それで、委託手続き・及び登録手数料が銅貨10枚。そちらに税が銀貨5枚と、銅貨15枚……それで、保持期限は無期にします?」

「保持期限?」


 うん? 物件を購入するのに、期限があるのか?


「えぇ。保持期限というのは、言わば建物の所有権のことです。保持期限を都度更新される場合は、年度毎に契約金をお支払いただく代わりに、対象の建物からお引き払いになる場合は、建築物の管理・アフターフォローを自動的にこちらにて引き継ぎます」


 あっ、そうなるのか。要するに、賃貸にするか持家にするかを選べるって事なんだろう。


「そのため、後日初年度分……この場合は銀貨10枚ですね……をお支払いただき、毎年その額を定期的に納めていただきます」


 ふむふむ。都度更新のお家賃は、年間銀貨10枚になるんだな。


「保持期限を無期限……つまり建物を土地ごと買い取られる場合は、この場で無期限の所有権をご購入いただきます。そのため、すぐに土地代と同額の金貨2枚が必要になるのと、万が一物件を放棄される場合は委託料と手数料とで、退去料を相当額いただく事になります」


 買い取りたい場合は、即金か。しかも、撤収する時にもそれなりの額を支払う必要がある……と。


「その代わり、毎年の更新料は控除されるのと……こちらへのご申告は必要ですが、当事者同士での物件売買の交渉権を持つことができます」


 まぁ、そうなるよな。持家だったらばお家賃が発生しないのは、当然と言えば、当然か。そうなると、居住期間でどっちがお得かを考えた方が良さそうだな。さて、どっちがいいんだろう。


「ですので……10年以上お住まいになるご予定があるのであれば、無期限にしておけば結果的にはお得ですし、毎年の更新料とお手続きも必要なくなります」


 お姉さん、ナイス。俺が頭の中で計算するよりも素早く、彼女がテキパキと判断材料を提示してくれる。やっぱり、お役所の職員さんは気遣いだけじゃなくて、お仕事もバッチリなんだな。


「非常にややこしい説明で恐縮ですが、カーヴェラでは空き家の放置は禁止されているものでして。全ての空き家を対象に、定期的に専門員にて視察・清掃を行なっております。変に空き家を放っておきますと、盗賊等の拠点に利用されかねないので……住居に関しても、徹底的に管理しているのです。故に……カーヴェラにお住まいになる場合は、そちらの事情もご留意いただければ、と」


 カーヴェラはいろんな種族が住んでいる大都市の割には、随分と治安は悪くないと思ってはいたが。それにはこうしたお役所の管理があったからなのだと、彼女の説明でよく分かった気がする。

 おそらく、維持費と人件費のためなのだろう。土地代と建物代の金額の割には、保持期限とやらの契約料は少々高いと思う。少なくとも、一般階級の人間がコンスタントに支払えない額だろう。


「そういう事……。だとしたら、俺は無期にした方がいいと思うが。……どうする、プランシー」

「えぇ。10年はそれこそ、あっという間でしょう。でしたら予算的にも問題ないですし、この場で無期の保持期限で契約をお願いできますか」

「は、はい! では……今回のお手続きに必要な額は、〆て……金貨4枚・銀貨8枚・銅貨25枚……計銅貨20,825枚になります……。建物の規模が規模だったので、この金額ですが……流石にちょっと大金ですよね、コレは……」


 ルシファーから、助成金だと渡された額は白銀貨20枚と金貨50枚。

 相変わらず、金銭感覚の木っ端微塵さに目眩がするが……初期費用以上に、維持費も用意してくれたつもりなのだろう。それだけあれば当面どころか、半永久的に孤児院を運営する事ができるんじゃなかろうか。

 目の前で自分が提示した、お高級な金額に恐縮しているお姉さんの金銭感覚が普通なのだろうけど。俺は妙に金貨に慣れてしまった。多分、ブルジョアって言うんだろうなぁ。……天使基準って、本当に色々とオソロシイ。


「あぁ、その額で大丈夫かな。……で、色々と教えてくれたし、金貨を5枚出すよ。その代わり、ちょっとしたお願いがあるんだけど、いいかな?」


 そう言いながら目配せをすると、心得ましたと頷くプランシー。そんな彼が革袋から素っ気なく金貨5枚を取り出して、彼女の前に積み上げる。そうして今度はびっくり仰天と、身をのけぞらせるお姉さん。

 先ほどからの丁寧な対応といい、オーバーアクション気味の面白い反応といい、丁度いい距離感といい。このお姉さんは随分と、人好きするタイプのようだ。


「えっ、えぇ⁉︎ この場で金貨5枚出せちゃうんですか⁉︎ 嘘ッ⁉︎ と、と……し、失礼しました……。えぇと、所定の手続きですので、提示額以上の金額を受け取るわけには参りません。それと……お願いとは、何でしょうか? あの、こちらは役所なので……」

「あ、そうなんだ……。じゃぁ、申し訳ないけど、お釣りを用意してくれる? それと、お願いっていうのは……もし良ければ、専門員さんとやらが街を回っている時に、困っていそうな子供達を見かけたら、是非孤児院の存在を教えてやって欲しいんだ」


 カーヴェラはかなり広い街だ。援助が必要な子を探すだけでも、苦労するに違いない。ついででもいいから、声をかけてもらえれば大助かりなんだが……。


「なるほど。普段は私1人になるのですから、そこまで目が行き届かないかもしれませんね。ご協力いただければ、非常に助かりますが……」


 俺の勝手なオプションに、納得したように頷くプランシー。

 世話係だけでも1人では回らないだろうに、その上で子供達を保護しようとなれば……明らかに人手が足りない。適宜、俺達も動けばいいのだろうが、それでもずっとこちらにいる訳にもいかない手前、お役所のシステムに乗っかれれば手っ取り早いと思って相談してみたんだけど。お姉さんがさも申し訳なさそうにしているのを見ると、思いの外……迷惑な内容だったのかもしれない。


「えぇ、個人的にはぜひ協力して差し上げたいのですが……。何分、専門員の充当は税金で賄われているものでして。個人のご利用者様のご要望をお伺いするわけにはいかないのです……」

「あぁ、なるほど。まぁ、言われれば、そうだよな……。そういう事なら、気にしないで」


 俺の答えに小さく「申し訳ありません」と応じながら、書面の手続き内容をしっかり説明してくれるお姉さん。こちらが無理を言ってしまった手前、却って非常に申し訳ない気分になる。それにしても……お役所っていうのは、本当にキッチリしているもんなんだな。感心、感心。


「では、以上の内容にご不明点はございますか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そう、ですか。では、お代金のお釣りを用意して参りますので、今1度、約款も含めて目を通していただき、最後の部分にご自筆のご署名を一筆、保管用とお渡し用の両方にお願いいたします」

「承知しました」


 お姉さんに応じて1度書面に目を通した後、しっかりとした筆跡で自署をするプランシー。その間にお釣りを用意してきたお姉さんから差分を受け取ると、書面の取り交わしをして、茶封筒に収められた契約書と元病院のものと思われる鍵束が手渡される。


「はい、確かに。本日はご利用ありがとうございました。お住いの事でご相談事があれば、いつでもお立ち寄りください。あ、そうそう。私、パトリシア・ミカエリスと言います。平日はこちらにおりますので、そのうちファントムバスターズの続きも聞かせてもらえると、嬉しいです」

「うん、パトリシアさんね。覚えておくよ。まぁ、ファントムなんちゃらに関しては、プランシーから報告するから、楽しみにしてて」

「おや、ハーヴェン様もお人が悪い。私はバスターはしませんよ、断じて。何れにしても、きちんとお話できたなら、顛末はご報告に参りましょう。そうすれば、孤児院も晴れて事故物件ではなくなるでしょうし……兎にも角にも、今後ともよろしくお願いいたします」


 最後は妙に安心した様子で、人懐っこい笑顔で見送ってくれるパトリシアさん。例の物件はグリーン・ストリートからちょっと行ったトコ、だったな。……買い物の後に、寄ってみようかな。

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