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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−18 悪魔のお兄ちゃん

「なぁ、ところで。今日はベルゼブブの他に……まさか、マモンもこっちに来ていたりしたか?」

「あ、気づいちゃったか?」


 あぁ、やっぱり。あの異常な魔力反応の片方は、マモンのものだったか。大ゴトにするつもりもないのか、ハーヴェンがアッサリ認めるが……相手がマモンであれば、「気づいちゃった」の一言で済ませられるわけがないだろう。


「当たり前だ。あれだけ桁外れの魔力反応が2つもあれば、すぐに気づく。ベルゼブブはともかく、マモンはこちらに何しに来てたんだ?」

「マスター……そんなにマモンさんの魔力反応も大きかったんですか? えと……マモンさん、別に悪い事をしに来たわけじゃ……」


 ハーヴェンが私の質問に答える前に、ギノが不安そうに尋ねてくる。私の口調に警戒心が含まれていたのにも、素早く気付いたようだが。ギノが言うからには、マモンはそこまで悪影響を及ぼさなかったということか?


「あ、いや。マモンは札付き……リッテルと契約済みではあっても、大天使に圧勝する相手だったりしたものだから。実際に魔力レベルは13もあるし、何かあったら簡単に抑え込めない相手でな。だから少々、心配になって……」

「あの兄ちゃん、冗談抜きで強かったんですね……。俺、生き延びられて良かった……」

「そうよ、ダウジャ。これに懲りたら、今度から初対面の方には礼儀正しくしないとダメよ?」

「そうします……」

「まぁまぁ、ダウジャ君。そう気を落とさずに。今日は無事だったのですから、次から気をつければいいと思いますよ。それに……確かにあの見た目では、私よりも遥かに年長だとは思えないでしょうし……」


 マモン相手に何やら、やらかしたらしいダウジャを諌めるハンナ。そうして、ダウジャもしおらしく素直に返事を返しているが……それにしても、あの兄ちゃん⁇ それ、まさか……マモンのことか? 確かに、コンラッドよりは遥かに見た目は若いだろうが、大悪魔相手にいくら何でも……。


「いや、待て待て! まさか、ダウジャ……マモン相手にそんな事を言ったのか?」

「あ……はい。つい……」

「ダウジャ……それ、よく無事だったな……」

「マスターもそう言うって事は……今日の兄ちゃんは、そんなに危険な相手だったんですかい?」


 悪魔の中でも、トップクラスで危険な相手だ……なんて、追い討ちをかける事は言えないが。マモンが最大級に警戒しなければいけない相手なのは、間違いない。


「でも姐さん、今日のマモン様は怖くなかったでヤンすよ? 前みたいに、いきなり怒るなんて事もなかったですし……」

「うん! 悪魔のお兄ちゃん、質問にもちゃんと答えてくれたし、優しかった! 最初は私のこと、ちょっとワガママとか思ってたりしたみたいだけど……」

「あのね、エル……。あんなにおやつをベルゼブブさんと取り合いしていたら、そう思われても仕方ないよ……」

「えぇ〜! そうなの⁉︎」


 ベルゼブブと食い意地を競ったらしいエルノアをギノが窘めたところで、全員が楽しそうに笑い始めるが……。それにしても、あのマモンが……優しい? 確かにリッテルに出会ってから、マモンも随分大人しくなったとは聞いていたが……。


「ルシエルが警戒するのは、マモンクラスであれば無理もないよなぁ。……それに、今のマモンは冗談抜きで魔界最強の悪魔だろうし。風属性の魔法は全部使いこなす上に、闇属性の魔法も殆ど使えて……あぁ。あと、マモン自身はかなり器用でさ。その気になれば、異種多段の魔法構築も12種類くらいまで連発できるって、聞いたことがある」


 異種多段を12種類……? いや、ちょっと待て。そんなメチャクチャな魔法構築は前代未聞なんだが。「かなり器用」だけで済ませられる内容か……?


「使える魔法の種類や魔力量はベルゼブブに劣るが、習熟度はマモンの方が上かもしれない。しかも、大抵の武器を完璧に扱える上に、刀って武器を使わせたら、右に出るものはいないそうだ」


 ハーヴェンが新しいお茶を淹れながら、改めてマモンの実力の程を説明すると……テーブルから大きなどよめきが上がる。特にダウジャが戦々恐々と縮み上がっているのが、気の毒だ。しかし、そうなると今度は以前からの疑問が頭をもたげてくる。その魔力レベル13の真祖に勝った事のある、魔力レベル9の上級悪魔がすぐ近くにいたような……?


「……そのマモンに、お前は勝った事があったんだよな?」

「あぁ、その話をここで思い出す?」


 彼の解説を鵜呑みにするなら、あり得ないだろう。属性的にも、ハーヴェンとの相性は最悪じゃないか。


「まぁ、そうだよな。でも、実を言えば……あの時のマモンだったから、俺は負けなかっただけだ。今だったら、絶対に勝てない」

「それ、どういう意味だ?」

「あの時のあいつは、実力の殆どを失っている状態だったんだよ」


 ハーヴェンによると。マモンには、真祖として周囲の畏怖や敬意を集められないと実力を発揮できないばかりか、極端に弱体化する性質があるのだとか。……どうして、マモンにそんなリミッターがかけられているのかは、定かではないが。その性質のおかげで、ハーヴェンは死なずに済んだ……という事のようだ。


「俺が対峙した時、マモンは色々な意味でどん底でな。それに、俺の方はウルシマルを守るのに必死だったし。アイツのコンディションがあそこまで最悪じゃなかったら、俺もウルシマルも……今頃、生きていなかったかも」

「そ、そうだったんだ……。という事は、マモンは本来の力を取り戻しているってことか?」

「そんなとこだな。この間の会合でも辞退したとは言え、最も玉座に近い奴だってことを知らしめてた気がするし。本人がどう思っているかは知らないけど、あの状態であれば……相当の実力は取り戻していると見ていいと思う」


 ……やはり、警戒するに越した事ないな。異種多段12種類の時点で、厄介な相手なのは確定しているし。


「そんなに険しい顔をするなって。多分、今のアイツを怖がる必要はないさ」

「そうなのか?」

「うん、多分な。こっちに来ても、妙に塞ぎ込んでいる感じがあったし……今日はベルゼブブが気を回して連れ出してきた、って感じだな」

「あ、私もそう思う! おじちゃん、弟を心配していたみたいだったの。あのお兄ちゃん、リッテルさんの事を考えてたみたいだし、すんごい寂しそうだった! ……あれが愛なのかな? 私もあんな風にギノにずっと思われてみたい」

「え? え? どうしてこの流れで、そんな話になるの? 僕、ずっとエルの事ばっかり考えてられないよ……」


 うっとりと頬を染めるエルノアの妙な考察に振り回されまいと、きちんと抵抗するギノ。そんな彼の様子に、他のメンバーは面白そうにクスクス笑っている。


「しかし、弟ってどういう事だ? 悪魔にも兄弟とか、血縁関係があるのか?」

「いや、俺も初めて聞いたんだけど。真祖の悪魔には作られた順番で、兄弟に似たような関係性があるっぽい。悪魔は基本的に互いが生前は兄弟だったなんて、気づかない方が多いんだけど。彼らは特別なのかもな。それで、マモンの見た目が若いのは……末っ子だからみたいだぞ」

「そっか。それにしても……今後はそういう話も聞けたら、面白いかもしれないな。それこそ魔界の始まりを知っている相手でもあるだろうし、私達にも色々と教えてくれるようになるといいんだけど」


 マーブルケーキの最後の欠片を、添えられていた生クリームと一緒に口に運びつつ……ボンヤリと呟く。

 彼らは1000年単位で生きている悪魔なのだから、私達が知らない事も沢山知っているに違いない。その辺りはルシフェル様も同じかもしれないが、どことなく……人間や精霊達との密接度は、悪魔の方が遥かに濃い気がする。

 今まで天使は余程のことがない限り、上から世界を見つめるだけで、他の種族と必要以上に関わる事はしてこなかった。それに、ルシフェル様は初めての食事に苦慮していたのを考えても……間違いなく、生活の知識はほぼないだろう。天使の知識不足を補う意味でも、悪魔達からも色んな話を聞きたい。

 まだ彼らが手放しで協力してくれると、決まった訳ではないが。これから少しずつでも距離を縮められるようにしなければいけないのだし、その暁に昔話もできるようになれば……楽しい事に違いないだろう。

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