表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
340/1100

9−15 借りてきた虎

「あぁ〜、やっぱりここにいたの〜。ね、マモン。今日、暇? お暇?」

「……ベルゼブブか。何の用だよ?」


 リッテルが帰ってから、かなりの日数が過ぎたが。彼女は未だに俺の元には帰ってこない。その上、1人に戻ることも中途半端にできないみたいで……最近は喧騒を避けるように、ミルナエトロラベンダーの上で考え事をする事が多くなっていた。

 ここにいれば、彼女がまたやって来てくれるような気がして。ここで待っていれば……帰って来てくれるような気がして。

 そんな女々しい事は、口が裂けても言えないが。内心はとにかく寂しいのを必死に隠すように、何かに堪えられなくなりそうな時はここに逃げ込み、真っ暗な空を見上げて……彼女のことを思い浮かべている。そんな代わり映えしないはずの現実逃避に、割り込んで来た迷惑な来客を遇らうように……精一杯、不機嫌を装った。


「俺は1人でいるのが、性に合ってるの。最近は妙に周りが騒がしいし、静かに過ごせる時間を作ってるだけだし。……暇って訳じゃねーんだけど」

「あっ、そういう言い方するの? もう〜。ちょっといい所に連れて行ってあげようと、お誘いに来てあげたのに」

「いい所? それがアスモデウスの所だったりしたら、張っ倒すぞ」

「いや〜ん、そんなに睨みつけられたら、ベルちゃん怖い〜……なんてね。もぅ、そんな野暮な所に連れってたりしないよ。身が空くようだったら、ハーヴェンの所にお茶しに行かない?」

「エルダーウコバクの所……?」

「うん、そう。ハーヴェンなら、ルシエルちゃん経由でリッテルちゃんの事も知ってるかもよ? あっちでお話を聞いた方が、こんな所で悶々としているよりは断然、いいんじゃない?」


 リッテルの状況か分かるかも、か。……確かに俺だって、彼女が今どんな思いをしているのか、知りたい。でもそれを知った所で待っているしかないのだろうし、場合によっては……それすらも諦めないといけないかもしれない事が分かってしまうのが、何よりも怖い。

 それが臆病ってやつなのは、痛いほど分かってる。だけど、知らなくてもいいことが分かってしまう事は、時には何よりも残酷だって事もイヤという程、知っていて。……そのせいで、今までどれだけの事を諦めてきたことか。


「……いつになく弱気なんだね、今のマモンは。あれれ〜? ジェイド君の先生は腑抜けだったのかな〜?」

「腑抜けで結構。大体、あいつを弟子にした記憶はないんだけど」

「そうなの? だって、もの凄く噂になってるよ〜? “天使ちゃんに振られたマモン様が、剣の修行に打ち込み始めた”……って。で、お相手をすれば、稽古を付けてもらえることになってるらしいよ?」

「ま~た、迷惑な噂が流れてんな……。そもそも俺、リッテルに振られてねーし……」

「知ってるよ。ま、でも流れちゃったものは仕方ないっしょ? その方が面白いし」

「あっ、そう……」


 こいつと押し問答をしていた所で、話の終わりが一向に見えてこない。全く。相変わらず、いい加減にヘラヘラしやがって。……好い気なもんだな、本当に。


「って、冗談は置いておいて。とにかく、行こうよ。多分、向こうは今頃お茶の時間だろうし〜。あぁ〜、今日のおやつはなんだろな」

「結局、タカリに行くだけじゃねーかよ……」

「いいんだよ、別に。ハーヴェンは僕の配下だもーん。それに、あの子もいるといいんだけど」

「……あの子?」

「うん。ルシエルちゃんが契約している、竜族の女の子なんだけど。この子、僕にも懐いてくれてて、とっても可愛いんだよねぇ。しかも僕に似て、ワガママで食い意地張ってて……他人とは思えなかったりして」


 ワガママで、食い意地が張ってるって。……可愛い要素にならないだろ。大体、ベルゼブブに似てるとか……将来も含めて、色々と大丈夫か?


「……まぁ、いいや。分かったよ。そこまで言うんなら、一緒に行ってやるよ」

「そうそう、一緒に行こうよ〜。きっと楽しいよ」

「どうだろうな? 俺、エルダーウコバクとは、ソリが合わない気がするんだけど」


 俺が少し尻込みしている横で、ベルゼブブが構築したポータルを潜って……仕方なしに、向こう側に足を踏み出す。急に開けた明るい世界に思わず、あたりを情けなく見渡してしまうが。この感じは、もしかして……人間界か?


「あの、さ。ここ……人間界で合ってる?」

「合ってるよ? あっ、ハーヴェン〜。ね、ね、お暇? お暇〜? ベルちゃん、おやつをもらいに来たんだけど」


 警戒している俺を他所に、妙に馴れ馴れしく部屋の奥まった所にいる人間に話しかけるベルゼブブ。えぇと、今……ハーヴェンって言ったか? と、すると……?


「またいい所に来たな、お前は。丁度、おやつを焼いていたとこだったけど……って、珍しい。マモンも連れて来て、どうしたよ?」


 妙に縦に長いエプロン姿の男が、俺の姿を認めてアッサリとそんな返事をしてくるが。やっぱり……まさか、こいつが……?


「えっと……。お前、あのエルダーウコバク……なのか?」

「あ、そうか。魔界じゃ、ほぼあっちの姿だからな。マモンが驚くのも無理ないか。と、いう事で……はーい、お久しぶり。エルダーウコバクのハーヴェンです、っと。……さ、とにかく座れよ。そろそろ、お茶の時間だから」

「やった〜! あ、そうだ。エルノアちゃんはお元気?」

「あぁ、元気だよ。温室にどんな花を植えようか、みんなで相談しているみたいでな。今、呼んでくるから、ちょっと待ってて」

「うん! ヨロシコ〜」


 ベルゼブブの要望にも慣れたように応じると、部屋から出て行くエルダーウコバクだけど……温室に花を植えるだって? そんな事が許される平和な場所で……俺、場違いじゃないだろうか。


「おやおや〜? マモン、何を緊張してるの? ここはルシエルちゃんとハーヴェンのお屋敷だから、誰もお前を見咎めたりしないって」

「えぇ、と……そういうもんか?」

「うん、大丈夫。だから、ちゃんとハーヴェンにリッテルちゃんの事、聞くといいよ。それにしても……マモンがこんなに縮み上がってるの、初めて見たかも。借りてきた虎って、こういうこと言うのかな?」

「……それ、借りてきた猫、だろーが……」


 ベルゼブブの言葉をギリギリ訂正するのがやっとで、とにかく落ち着かない。そうして落ち着かない臆病な俺の神経を騒つかせるように、今度は入り口の向こうから、ヤケに元気な足音が聞こえてくる。


「悪魔のおじちゃん! 来てたの⁉︎」

「ヤッホー、エルノアちゃん。元気だった?」

「うん、元気よ?」


 悪趣味の塊でしかないベルゼブブに対してでさえも、嬉しそうに尻尾を振って喜ぶ女の子。あぁ。この子が、ワガママで食い意地が張ってるって言う……。


「……ムゥ〜? ところで、そっちのお兄ちゃんは誰? 私のこと、ワガママって思ったりした?」

「あ? ……えっと?」


 俺が考えていた事を、機敏に感じ取って……こちらに膨れっ面を向けてくる、エルノアちゃんとやらだけど。待て待て。何で、そんなこと分かるんだよ?


「いや、ごめん。別にそこまでは……って、まだ何も言ってないけど……」

「あぁ。エルノアは竜族の中でも、特殊能力持ちだからな〜。この子には、相手の感情を読み取る能力があるんだよ。……さ、みんな、座って座って。今日は魔界から、特別ゲストが来てくれたぞ〜。すぐにお茶とおやつを用意するから、ちょっと待っててな〜」


 他の住人らしい奴らを引き連れて、エルダーウコバクも戻ってくる。そうして、機嫌良さげに部屋の奥に引っ込んで行くけど……今、何て? 感情を読み取る? ……この子が、か?


「ふふ、ビックリした? ……エルノアちゃんは竜女帝様の孫とかで、相手が思っている事を結構、細かく読んでくるんだよ。だから、僕以上に厄介だと思うよ〜?」

「……それ、先に言えよ……」


 妙に嵌められた気がする。その特殊能力持ちとやらの、警戒している表情を見る限り……間違いなく、嫌われたっぽい。


「あっ、ベルゼブブ様。お久しぶりです」

「うん。ギノ君も元気そうで、何より〜。今日はみんな揃ってるんだね」


 ワラワラと集まってくる奴らとも、しっかりと顔見知りらしい。ベルゼブブが気楽に挨拶をしているが。完全にアウェイな空気が、更に居た堪れない。……こんな事なら、やっぱり来なければよかったかな……。しかも、何気に混ざっているウコバクらしい小悪魔も、俺を警戒しているみたいだし……。


「あ、ところで……悪魔の大旦那、こっちの兄ちゃんは誰ですかい?」

「ダ、ダウジャ。このお方相手に、それは失礼でヤンす!」

「コンタローはこちらの方を知っているのですか? だとすると……悪魔さん、でしょうか?」


 ケット・シーだと思われる黒猫が俺を指差しながら、兄ちゃん呼ばわりしたのを、ウコバクが慌てて諌める。その横で、銀猫が俺のを不思議そうに見つめているが。……幾ら何でも、兄ちゃんはないだろ、兄ちゃんは。


「あい……。こちらの方は多分、マモン様でヤンす。……魔界で1番強い悪魔でヤンすよ……」

「えッ……」


 コンタローとか呼ばれた、情けない風貌をしたウコバクの指摘に、言葉を失う黒猫。どうやら、一応は大物らしい俺に、結構な無礼をかました事を気づいたらしい。まぁ、その程度は許してやってもいいけど……ベルゼブブが大旦那なのに、何で俺は兄ちゃん呼ばわりされないといけないんだか……。


「……別にいいし。ただ、初対面の奴に兄ちゃんはないだろうよ……」

「ひゃっ! す、すみませんでしたッ! え、えっと……」


 俺が取りなしてみても、緊張した様子で硬直する黒猫。俺も怒ってないし、そこまで怯えなくてもいいんだけどな。……こうも互いに緊張していると、妙にやりづらい。


「アッハッハ! マモンは見た目だけは若いからねぇ。マモンが兄ちゃんか〜。いやー、それはそれでいいかもね〜」

「悪かったな、見た目だけは若くて……。生まれた年代は大して変わんないのに、どうしてこうも、見た目に差があるんだろうな……?」

「そこは仕方ないでしょ。マモンは末っ子なんだから」

「末っ子? ね、悪魔のおじちゃん。それ、なぁに?」


 ちゃっかりベルゼブブの隣に腰掛けて、そんな質問を投げてくるエルノアちゃんとやら。表情は無邪気以外の何物でもないが……俺としては、あまり末っ子とか言われたくないんだけど。


「あのね、エル。末っ子って言うのは、兄弟の中で1番年下の子の事なんだよ」

「そうなの? お兄ちゃん、1番年下なの?」

「あ、えぇと……まぁ、そうなるのか。この場合」


 同じ竜族と思われる男の子の説明に、エルノアちゃんが俺の顔をマジマジと見つめてくるけど。……俺、この状況にどう対応すればいいんだ?


「フゥ〜ん。お兄ちゃん、おじちゃんの弟なの?」

「どうだろうな? 具体的な血縁関係はないし。普通の兄弟の一般概念には、合致しないというか……」

「ゔ……説明が難しくて、よく分かんないよ……。それ、どういう意味?」


 子供相手に話をするなんて事もないものだから、つい普段の言葉で説明した内容が、彼女には理解できなかったらしい。仕方ない、もう少し具体的に説明するか。


「まぁ、簡単に説明すると。真祖の悪魔は、ヨルムツリーって霊樹が色々やらかした挙句に作り出した悪魔なんだ。生み出された順番で長男だの末っ子だのって、関係性はあるけれど。父親はともかく、母親がいる訳でもないし。そういう意味では、普通の兄弟とは……ちょっと意味合いが違うだろうな」


 少し噛み砕いて説明してやると、エルノアちゃんが面白いように目を丸くしている。どの辺が驚くポイントになったのかは、分からないが。この様子だと、警戒心も少しは払拭できたと考えていいだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ