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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−11 恋するラベンダー

 早速、カーヴェラの孤児院の話をしようと、ラミュエル様を探す間もなく……神界に足を踏み入れた途端に、なぜか大勢の天使達に囲まれる。えぇと、今日は何があったのだろう……?


「ルシエル様、大天使への昇進おめでとうございます!」

「それで、魔界探訪はいつからになりそうですか⁉︎」

「え、えっと……?」


 ルシフェル様の「周知」とやらが発令されていたのだろう。話し合いの内容を、彼女達が具に把握しているのを聞く限り……ルシフェル様もいよいよ、大部分の情報を神界内で共有することにしたようだ。しかし……既に魔界へのデータ集めの話が上っているのには、随分と気が早いというか。少なくとも、ここにいる彼女達にはあまり関係ない気がする。


「あ、ありがとうございます……? これからのことはまだ、未定です。大々的に決まりましたら、改めてお知らせしますので、待っていて下さい……」

「あっ、そう言えば! ルシエル様! ミルナエトロラベンダーって、ご存知ですか?」


 話のついでに、どこぞで聞き覚えのある花の名前を尋ねられ……確か魔界の貴重品だったはずと、すぐさま思い至るが。


「ミルナエトロラベンダーは魔界に咲く花だったかと思いますが。……どうして、あなた達がその名を?」

「実はこの小説のクライマックスシーンに、ミルナエトロラベンダーの花畑が登場するんですけど……」

「綺麗な紫色の花なのだとか! あぁ、どんな景色なのかしら……!」

「ルシエル様はどんな花か、ご存知ですか?」

「いいえ……。名前は知っていますが、実際に咲いている姿を見たことはありません……」


 それにしても、小説だって……? 精一杯視線を逸らしていた彼女達の手に、漏れなく握り締められている文庫本サイズの書物も認めて。紫色のカバーに踊る金色の文字を、観念したように改めて読み上げる。


「恋するラベンダー……下巻?」


 下巻という事は。1冊だけでも結構な厚みがあるのに、更に上巻もあるという事か? この分量を手早く書き上げてくるなんて……かの先生のボルテージはハイテンションかつ、レベルマックスだった模様。そんな事に気づいただけで……もうもう、頭が痛い。


「これ、昨日発刊されたばっかりの小説なんですけどッ!」

「もう何度読んでも、感動モノでして!」

「最初の出会いは散々だったけど……それでも、段々と惹かれあっていく2人……」

「そして攫われたり、悪魔さん達に囲まれながらも、一生懸命に魔界で生きる天使の健気さったら、ないです!」

「それにもぅ、途中でちょこちょこ挟まれる大悪魔様の優しさと格好よさは、格別ですしッ!」

「私もラベンダー色の瞳で見つめられてみたい……!」

「でも……最後は結局、離れ離れになってしまって……! なんて可哀想なんでしょう……」


 私が小説に気づいたとあっては、あちこちから興奮冷めやらぬと様々な声が上がる。彼女達の感想の洪水に揉まれて、勢いに圧倒されっぱなしだが……間違いない。これはリッテルの話を元にした、マディエル先生の最新作だろう。

 しっかり悲恋として認識されている感想を聞く限り……リッテルに感情移入させて、彼女達の意識を刑罰自体から逸らす目論見は達成された様子だが。まさかこうも早く新しい愛の物語が生誕し、必要以上に彼女達を魅了している事に……今更ながら、呪いの強度を改めて思い知る。


「ラベンダー色の瞳……。あぁ、マモンの目は紫色でしたっけ……」

「そうなんですよ〜! しかも、ちょっと踏み込んだ内容も書かれていて!」

「あぁ〜! 私も素敵な悪魔さんから耐性を貰ってみたい……」


 ちょっと踏み込んだ内容に、耐性……。なるほど……加えて、今回の小説は随分と大胆な内容になったようだ。マディエルの筆致で、どの程度まで書かれてしまっているのか、非常に気になるが……。私も後で確認した方がいいかもしれない。場合によっては……リッテルを別の意味でフォローすることも考慮しなければ。


「ルシエル、何をそんなところで捕まっている。マナがお待ちかねだ。早うせんか」

「すみません、ルシフェル様が呼んでます……。申し訳ありません、通して下さい……」

「あっ、ルシエル様! 今度、部門変えの相談を……」


 彼女達は小説の影響で、魔界探訪の一団に加わりたいらしい。しかし、そればかりは私の一存では決められない事なのだが。今の段階で相談をされても非常に困るだけで、どう答えてやれば良いのか分からない。


「お前達、いい加減にせんか! 部門替えは大天使個人の権限で決められる事ではない! それでなくても、魔界はそんなに安全な場所でもないぞ! ルシエルの隊に加わりたいのなら、任務に励んで、マナを納得させてからにする事だ!」

「あっ、すみません……」

「そ、そうでした……」


 まごついている私を見かねたルシフェル様のご一喝で、ようやく身柄を解放されて……少々ご立腹気味の彼女について、白亜の宮殿に続く道を行く。流石に本来ならば大天使しか立ち入れないとあって、ようやくやってくる静寂に……神経が休まるのを、ありがたく感じた。

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