9−7 体調管理は抜かりなく(+おまけNo.6)
お気に入りの本を読むのはいいけれど、もう少し魔法の練習に身を入れてほしい。昨日はハーヴェンさんも久しぶりの息抜きのつもりで、僕たちを街に連れ出してくれたのだろうけど。エルの場合は、逆効果だったというか。……前の集中力が続かない状態に戻ってしまっている気がする。
「エル。さ、もう1度やってみて? 向こうでは少し魔力が薄くて感じづらかっただろうけど……こっちではちゃんと魔力を感じられるでしょ? その違いも考えながら、集中してみて」
「うん……さっきから、してはいるんだけど……。やっぱり上手く行かないというか……」
「そういう時は角ではなく、お腹の辺りに意識を向ける。魔力は1度、腹に溜められる。そこまでできれば、後は尻尾に自然と魔力が流れる」
「えっ……?」
とても的確なアドバイスをくれる方を見やれば、アウロラちゃんがこじんまりとそこに立っている。どうやら、今日もこちらに来てくれたらしい。
「アウロラちゃん、お久しぶり。元気だったかな?」
「もちろんです。ギノ様にお会いできるよう、体調管理は抜かりなく」
「そ、そうなんだ……ところで、さっきのお腹に意識を向けるって?」
「……竜族のオスとメス、魔力を吸収するメカニズム違う。ギノ様、オスだから、分からなくて当然。メスにはメスの魔力の流れがある」
「そ、そうだったの⁉︎」
「という事で、エルノア様。お腹に集中!」
「あ、う……うん。やってみる!」
素直にアウロラちゃんのアドバイスに従って、エルが魔力に意識を向け始める。女の子同士でそんな話をしたせいだろうか……さっきよりもきちんと魔力を扱えているように見えた。
「あ、なんだろう! あったかいのを感じるよ? これが魔力の流れ?」
「お見事。エルノア様、魔力を掴む事に成功した。それで今度は、その感覚を自然にできるように繰り返す。……本当は自然と自分で理解できるはずのことだけど、エルノア様まだまだ子供。周りのアドバイスが必要。その時はライバルとして、私が色々と教えてあげても構わない。弱い相手に勝つのは面白くない。やっぱり勝負は正々堂々、強い相手に勝ってこそ、価値がある」
「アウロラちゃん……。アドバイスをしてくれるのは、とてもいいことだと思うけど……後半が物騒だよ……」
「ゔ……私だって、強くなって勝つもん!」
「また、エルもそんな事を言う……。もう、どうして2人で対決する形になるの……?」
とは言え、アウロラちゃんがそうしてアドバイスをくれたから、エルのコントロールが前進したのは事実だ。ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「アウロラちゃん、的確なアドバイスをありがとう。僕ではその辺は分からなかったし……とても助かったよ。それに、エルは魔法の才能もあるみたいだからコツさえ掴めれば、後はすぐにできるようになるんじゃないかな」
「本当⁉︎」
「うん。……ところでアウロラちゃん、今日はどうしたの? 母さまのお見舞い?」
「……違う。ちょっと避難しに、ゲルニカ様のお屋敷に匿ってもらおうと思って……」
「避難?」
「アウロラ、誰かに追いかけられているの?」
さっきまでの頼もしい表情を曇らせて、アウロラちゃんが俯いている。どうしたんだろう?
「……追いかけられてる、半分正しい。この場合、付き纏われているの方がしっくりくる」
「そう、なの? まぁ、少し休憩しようか。父さまの所にいれば、きっと安全だろうし、ハーヴェンさんがおやつも用意してくれていたと思うし。アウロラちゃんも、一緒にどう?」
「もちろん、ご一緒したいです。……ただ、急に来たのにそれ、大丈夫ですか?」
「うん、遠慮しないで。僕のを分けてあげるよ」
「それはあまりに申し訳ない。やはり辞退します」
普段のアウロラちゃんは、遠慮がちな女の子らしい。言葉遣いは堅苦しいけれど、しおらしくモジモジしている。
「ううん、大丈夫だよ。僕、朝ごはん食べたばかりで、あんまりお腹空いてないし……」
「……ギノ様、優しい。アウロラ、感激しすぎて色々と……」
「あ、ど、どうしたの⁉︎ ほら、とにかく中に入ろう? エルもそれでいい?」
「うん! でも……アウロラ大丈夫? 何だか、よっぽど辛いみたいだけど……」
「はい、大丈夫……。内容が内容で、あまりに情けなくて……」
「……?」
どこか曖昧なアウロラちゃんの答えに、エルと2人で顔を見合わせながら、父さまの所に戻る。そうして応接間に戻ると、一生懸命魔法の使い方について議論しているモフモフ3人組の横で……神父様が嬉しそうに輪に加わっているのが見える。神父様が微笑んでいると、とても安心してしまうけど……あれ以来、神父様をお庭の林檎の木に近づけさせたくなくて、こうしてエルと2人だけで庭に出るようになっていた。
「あ、坊ちゃん! そろそろ、休憩ですかい?」
「うん。アウロラちゃんのお陰で、エルがコントロールのコツを掴めたみたいなんだ」
「まぁ、そうだったのですね。よかったですね、お嬢様!」
「うん! 何だか、今日は今までより上手くできたの! それでコンタロー……私、疲れちゃったの。モフモフしていいかな?」
「あい! もちろんでヤンす。ほらほら、お嬢様。お膝のご準備をするでヤンす」
ソファに腰を下ろしたエルの膝にコンタローが尻尾を振りながら飛んでいくと、その上で丸くなる。きっとそれが羨ましかったんだろう、僕が勧めた席に座ると……ジッとダウジャを見つめるアウロラちゃん。そして、彼女の意図をちゃんと読み取って、少しまごついた後、アウロラちゃんの膝上で丸くなるダウジャ。だとすると……。
「ハンナは僕の所に来てくれると、嬉しいな。僕だけ、モフモフがいないんじゃ寂しいよ」
「はい……もちろんです!」
最後にハンナが僕の膝に乗ったところで部屋の中を確認すると、ハーヴェンさんと父さまがいない。あれ、どこ行っちゃったんだろう?
「ところで、母さま。ハーヴェンさんと父さまは?」
「ウフフ、新しいお茶のレシピの練習中よ。美味しいロイヤルミルクティーの淹れ方を教わるとかで……もうすぐお茶も入るから、待っててね」
そんな事を柔らかに言いながら、お腹を摩る母さまに神父様が嬉しそうに声をかける。きっと神父様も子供が生まれてくるのが、楽しみなんだろう。
「それにしても、奥様のお腹は順調にお育ちのようですね。この様子ですと……もう少し、というところでしょうか?」
「えぇ、臨月はもう少し先だとは思いますが……。最近、中で元気よく動いているみたいで。お腹を蹴られることもあるんですよ?」
「え、赤ちゃんってお腹……蹴るんですか?」
「そうよ〜? とっても微かで、か弱い力だけど……確かに生きているんだって一生懸命、教えてくれようと中で頑張っているのよ? フフ、なんて愛おしいことでしょうね」
とても嬉しそうにお腹に手をやりながら、目を細める母さま。少し前にフュードレチア様の事があって落ち込んでいたみたいだったけど、元気になったようで安心する。
「は〜い、お待たせ……って、お。丁度、良かった。ギノ達も帰って来てたか」
「はい。あの……」
「あぁ、アウロラちゃんの分もちゃんとあるよ。だから、みんなでお茶にしようね」
「ウンウン。おやつはマドレーヌだぞ〜。バター味とチョコ味があるから、みんなで仲良く召し上がれ〜」
手元からとってもいい香りをさせながら、ハーヴェンさんと父さまが帰ってくる。そうしてハーヴェンさんがおやつをみんなに配ってくれている一方で、相変わらず母さまにお伺いを立てるようにしてお茶を手渡すと……隣で評価を待つ父さま。
「あぁ、なんて美味しいんでしょう……! 流石ハーヴェン様にご教授頂くと、出来が違いますわね。最近はきちんと、主人にも美味しいお茶を淹れてもらえるようになったし……私、何も言う事はありませんわ」
「……お茶を上手く淹れられただけで、そんな事を言われてしまうと却って情けないが。何れにしても、ハーヴェン殿のお陰でこうしてお籠り中の期間は無事、乗り切れそうだよ。……本当にありがとう」
「大した事ないし、気にすんなよ。それに、エルノアがお姉ちゃんになるとあっては、俺も楽しみだし」
「そうなの! 私、お姉ちゃんになるの! だから、もっと頑張らないと」
「……その意気込み、忘れないで欲しい。……兄妹と言うのは結構、苦労するものだから」
「……?」
アウロラちゃんが少し意味ありげな事を呟くけど、真意を問う間も無く父さまがハーヴェンさんに何かを手渡しているのが目に入る。あれは一体、なんだろう?
「お? ゲルニカ、これ何?」
「あぁ、実は以前から準備していたらしいのだが……。エルノアが人間界でお小遣いをもらったり、街に買い物に連れて行ってもらったりと……お世話になっているようだったから、お礼の品を用意してあったんだ。テュカチアの妊娠と、フュードレチア様の事もあったりして……渡しそびれてしまっていたが……」
「そんな、気にしなくて良かったのに」
「そう言わず、受け取ってくださいまし。因みに、中身は私が責任を持って、吟味に吟味してセレクト致しました! きっとルシエル様も大喜びですわ!」
「……そう言えば、中身は私も聞いていなかったが……。テュカチアは何を選んだんだい?」
「ちょっと珍しいお茶に入浴剤と……それと、もう1つ……ウフフフフフ……! それはもう! ここでは詳しく言えませんが……あなたもこれの魅力は、よくご存じでしてよ? 夜を盛り上げる、アレですわ!」
「……テュカチア。聞いておいて、何だが……すまない。子供達がいる前でそういう話はしないでくれるかな……」
母さまが妙にワクワクして言っている側で……やっぱり怯えた表情の父さまと、不穏な空気を読んだらしいハーヴェンさんと神父様が苦笑いをしている。なんだろう、僕には分からない内容みたいだけど。……大人は分かっているみたいだった。
※コンタローの呟き No.06
あい、お晩です! 今回も元気にモコモコしながら、ちょっとした情報を発信するでヤンす! えぇと、早速お題にいくですよ!
『ゴラニア大陸について』
……お、大きさ? ゴラニア大陸のって、どう説明すればいいんでしょうね……。とりあえず、国家の配置と特徴なんかを説明すればいいでヤンしょか?
ゴラニア大陸は大きく分けて、3つのエリアがありまして……。まず、おいら達が住んでいるローヴェルズは大陸の北側に位置する王国でヤンす。首都グランティアズも大きな都市みたいですが、実際はアーチェッタやカーヴェラの方が大きいみたいですね。
かなり独裁国家っぽいところがあるので、王様の評判はあまり良くないでヤンす。
代表的な地方は王首都・グランティアズやアーチェッタのあるローヴェルズの他、貿易国のルクレスに……城塞都市ミットルテがあったりするでヤンす。肝心の広さは……うーん。山岳地帯を含めれば、クージェ帝国よりもちょっと大きめでしょうか?
それで、そのクージェ帝国はゴラニアの南方に位置する軍事国家でヤンす。首都はクージェリアス、それでもってローヴェルズとは違い統一国家でもあるので、こちらは完璧に独裁国家でヤンすね。
とは言え、クージェの帝王様は技術や研究の成果をみんなのために役立てているとかで、ローヴェルズの王様よりは遥かに評判がいいでヤンす。
主な都市は鍛冶の街コーデンタスに、海の都・ロロアッティ……そして首都でゴラニア最大の都市・クージェリアスでヤンすね。クージェリアスは大昔に魔法学園があった学園都市で、今でもたくさんの学生さんが勉強に励んでいるそうでヤンす!
……それにしても、学生さんですか……。おいらはあまり頭が良くないから、きっと成績はビリっけでしょうね……って、そんな事でブルーになっている場合じゃないでヤンす!
最後は西に位置するヴァンダートでヤンすが……。ここは今は王国と言うには、ちょっと不足があると言うか……。
なんでも、大昔に悪魔の怒りを買って、一晩で滅んだ国として有名なだけで……今は王様もなく残った街の集合体としか言えない場所でヤンすね。
ですから、何気に治安は1番悪いでヤンす。歓楽街のベルラジャや、金融都市ホッカルガがあるみたいですが……。こういう場所はご用事がなければ、あまり行かない方がいいと思うでヤンす。
今回もちょっと長くなりましたが、お付き合いいただけて嬉しかったでヤンす! いつもここまで読んでくれて、ありがとうです!
それでは、またの機会にお会いしましょうでヤンす!




