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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−6 誰かさんを苦しめる権利

 自分でも信じられないくらいに、ぼうっとしてて……変な所に迷い込んじゃったみたいなんだけど。えぇと、さっきまでエントランスから懲罰房方面を歩いてて……面会にかこつけて、リッテルにちょっと意地悪をしようと思って……。それから……?


(ここ、どこだろう)


 真っ白なのは変わらないけど、妙にひりつく空気を帯びた空虚な場所。そうして、向こうから誰かがやって来るのに安心して、声を掛けようとするけれど……。


「あ、すみません! ここ、どこでしょうか? ちょっと迷っちゃ……⁉︎」


 話しかけた相手に見覚えはあっても、明らかに異形を成しているのに気づく頃には……向こうも、こちらに気づいたらしい。淀んでいるクセに、妙に私を見据える鋭い瞳。そして、口はギザギザに縫合されていて……喋れないみたい?


「え……ここどこ? というか、もしかしてアヴィエル様?」

「おや? 翼が白い天使が迷い込んで来るなんて……違うな。お前、堕天しかかっているな?」

「……⁉︎」


 怯えるのも忘れて、目の前のバケモノに話しかけると……バケモノではなく、彼女の影に隠れていた青い髪をした人が代わりに答える。


「ハミュエル様? けど……違う? 堕天しかかってるって、どういう事?」

「あぁ、ここに来た理由にも気づけんのか。やはり今の天使共は間抜け揃いらしいな」

「……えぇと。それ、馬鹿にされてるのかな、もしかして……?」


 間抜け呼ばわりされて、ハミュエル様にちょっと雰囲気は似ているけど……中身が別物の女の人に腹が立って仕方ない。多分、この人……メチャクチャ性格悪いと思う。


「まぁ、よかろう。無知な者に知識を与えるのも、我が役目ぞ。私が簡単に、お前の状況を説明してやろう。お前はマナの束縛を振り切って、翼を黒くしかけているのだ。先程まで、相当に良からぬことを考えていたのではないか?」

「別にそこまでのことは……ちょっと、意地悪しようとしただけだし」

「ちょっと意地悪、か。果たしてそれは……本当かな?」

「……本当だもん」

「では、その意地悪とは?」


 問い詰められるような質問に、私は気付いたら感情を曝け出していた。不満に、嫉妬に、不遇に……その他、諸々。次から次へと感情が溢れては、止まらない。


「えっ? だって、ズルくないですか⁉︎ あんなミスをやらかしたのに、大した罰も受けずに、のうのうと生き延びられるなんて! しかも、魔界で格好いい旦那さんまで見つけて来て! 師匠の邪魔ばっかりしてたクセに……!」


 だから、ちょっとくらい罰を与えてやってもいいと思った。ちょっとくらい、嫌な思いをさせたって、いいじゃないかって思った。罪人に罰を与えるのが、天使の仕事じゃない。


「ほぅ? それで、お前は憂さ晴らしをしようとしたのか? 自分より弱い相手に唾吐くことで、自分の不満を埋めようとしたのか。……フフ。だとしたら……よければ、その望み叶えてやらんでもないぞ?」


 望み? 私の望み……?


「お前は、その誰かに罰を与えることを望んでいる。罰の正当性を主張して、当然の処置をしようとしているだけなのに……周りはそんな事を考えもしない。だから、お前は周りに辟易し……その意思を作り出しているマナに、たった1人で反抗しているのだ。私には、それがとても崇高で高潔に思えるが。今の神界の天使達に、お前の清廉さは理解できぬだろうな」


 そうだ。私はあいつに罰を与えて、たくさん苦しめて。大罪人に相応しい死に様を見届けてやろうと思っていた。だけど、みんな魔界から帰って来たってだけで、チヤホヤして。それが許せなくて……!


「さぞ、悔しかったろう。どうだ? 私ならお前の意思を尊重し、お前に新しい力を授け……誰かさんを苦しめる権利を与えてやれるぞ? 翼が白いままでは、その権利は永久にお前の手には渡らぬ。さぁ、私の手を取るがいい。そして、一緒に愚か者共に制裁を加えてやろうではないか?」

「私に権利を与えてくれるのですか?」


 あぁ、与えてやれるとも。だから、迷わずこちら側においで。

 彼女の言葉に酔いしれては、心がフワフワと浮かんでくる。何て、甘くて心地のいい響きだろう。確かに、この人の言う通り……このままじゃ、私はずっと最下級のままだ。だったら……。


「……そうだ、折角だ。手始めに、お前の手下としてこのアヴィエルをやろう。力を求めすぎた結果にこのような姿になったが……既に理性もほとんどなく、使い物にならん。手始めに、こいつ相手に制裁のシミュレーションをしてみるのも、いいかもしれんぞ?」

「痛めつけても……いいんですか?」

「あぁ、構わん。どうせ暴れることしかできぬ身だ。痛めつけた後に回復してやれば、文句の1つも言わぬだろう」


 痛めつけてもいい。

 その言葉が、明らかにいけない事なのは分かっているのに。一方で、どこか待ち望んでいた欲望を吐き出せる興奮を抑える事も出来なくて。気がつけば、強か柔らかな肉塊を嬲る自分を……どこか他人事のように感じながら、経験した事のない充足感を味わう。


 ……そうだ。自分はするべき事を正しいと、主張しただけなんだ。自分は何1つ、悪くない。悪いのは、罰を受けずに済んで生き延びたあいつと、それを許容している全てと……!


 そんな事を考えながら、無我夢中で体を動かしていると。肉を抉る生暖かい感触が、どんどん手に馴染む。目の前で苦しそうにしているバケモノの血で、手が真っ黒に染まる頃……自分の翼が同じ色に染まっていることにも、気づく。でも……それが却って、開放感に満ち溢れて気分がいい。


 きっと、師匠には怒られるだろうけど。それでも、後から私の正しさを認めてくれるに違いない。そうだ、師匠のことだから……最初は怒っても、最終的には私を褒めてくれるだろう。だって、私は……何も間違った事をしてはいないのだから。

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