9−4 気がかりな事
重要な話をしているというのに、いつもながらに明後日の方向へ走り出す、大天使3名様。安定の迷走具合に、悲しいかな……慣れてしまったが。きっと、呆れているのは私だけではないのだろう。やや呆気にとられた顔をしつつも、さもやり切れないとルシフェル様が首を横に振っている。……なんだか、色々とすみません……。
「……ルシフェル様。リッテルの処罰についてですが……」
「うむ……ここはお前と話を進めた良さそうだな。何か案はあるか?」
でしょうね。この際、大天使様達は放っておきましょう。
「えぇ。現在の空間位置だと、魔界の時間の進みは人間界の約5倍程度……つまり神界での1時間は、向こうでは約1日に相当します。そのため、あまり引き離すと、マモンからの協力を仰ぐのは難しくなると思われますので、リッテルの謹慎期間はこちらの時間で数日程度でいいと思いますが……。それではきっと、他の者の不服を抑えることは難しいでしょう」
「そうだろうな。しかし、お前のことだ。何か……策があるのだろう?」
もちろん、ありますとも。……借り物の作戦ではあるが、この案であれば、ルシフェル様も納得してくれる気がする。
「……私の、というよりはハーヴェンの案、という方が正しいのですが。ここは1つ、マディエルに依頼してリッテルとマモンのやり取りを細かに記した小説を仕立てるのがいいかと。彼女が向こうで体験した内容は、かなり貴重なものでしょうし、何より……彼女がどうやってマモンを手懐けたのかを共有するのは、無駄でもないでしょう」
悪魔がどのような事を喜び、どのような事を嫌うのか。どのように契約を結べばいいのか。
ハーヴェンの口ぶりを聞く限り、天使達が悪魔について知ることを歓迎している様にも感じられたし……私も、彼らに対する知見を深めるのはいい事だと思う。何より、悪魔達にも協力を仰ぎたいとなった時に、こちらの知識不足で不興を買うのはつまらない。
「悪魔達との交流の様子を記した上で、リッテルに感情移入できるようにマディエルに仕立ててもらっては、とのことでした。そうすれば処罰が軽くても、リッテルに対する棘も柔らかくなるだろう……というのが、ハーヴェンの見立てです」
「ほぉ〜! なるほど。それで“ペンは剣よりも強し”という事か。うむ、確かにそれはいい案かもしれん。とは言え……」
「えぇ、それにしても罰が軽すぎますよね。でしたらば、リッテルから永久に昇進権を剥奪するのが妥当かと。翼の数は互いの立場を推し量る上で、最も気になる部分ではありますが。ハーヴェンを見ていても、悪魔は我々の翼の数は重要視しないようです。魔界で過ごす分には、翼の数で彼女が嫌な思いをする事もないでしょうし……何より、リッテルは堕天もせずにきちんと帰ってきたのです。それくらいの温情はあっても良いでしょう。それでも尚、角が立つようでしたら……後は私の方で適宜、フォローします」
「ふむ。昇進が今後一切ないというのは、相当に厳しい罰だろうが……死ぬよりは遥かにマシだろうし、魔界に行く分には不都合もないとあれば、問題なさそうか」
よし。天使長様に納得してもらえれば、まずまず安泰だろう。この調子なら、リッテルの存命も確保できそうだ。
「……で、お前ら。そろそろ、こっちに戻ってこい。今のルシエルの提案、きちんと聞いていたか?」
「もちろんです! こうなったら根掘り葉掘り、地の底までリッテルを調べ上げて……詳細な報告書の提出を望みますッ!」
「私もそれでいいと思います。何より……あぁ、愛のロンギヌスシリーズとは違う物語の刊行なんて、これ以上素敵なことはありません。キャ〜! もう、楽しみすぎてどうしましょう⁉︎」
「……サタン様はお元気だろうか……」
やはり若干1名の思考が別次元にズレているし、他の2名も明らかに不安な様子だが……リッテルの処罰については大凡の話が済んだと見ていいだろうか。あとは……。
「そうそう、ルシフェル様。例の白い部屋のことですが」
「あぁ、そうだな。その辺も共有せねばならんか。なんでも若造によると、例の部屋は2回目の潜入の時は若干狭くなっていたという話があったが」
「えぇ……1度目に入った空間と2度目に入った空間は似てはいるけれど、言われてみれば確かに……色々と不自然な部分があったのも事実です」
地下牢の様子の変わりようといい、狭くなった部屋といい。狭くなった原因がマナもどきの成長と関連しているのは不明だが。もう1度、あの場所に行ってみるのは無駄ではないだろうと、ルシフェル様に説明してみる。
「確かに、再調査が必要であろうな」
「それに……少々、気がかりな事もあります」
「気がかり?」
「コンラッドの事です。ハーヴェンの方で注意深く見てくれてはいるようですが、どうも彼の記憶の欠損部分が不自然というか……意外と生前の事……特に関わりの深かったタルルトのことも具に覚えていたそうでして」
ハーヴェンによれば。本来、悪魔の闇堕ちは程度に差はあれ、辛い記憶は丸ごと封印されるのが普通らしい。それなのに、コンラッドは鮮明にタルルトの事を覚えていた。いくら生きていた時代が近いとは言え、辛い思い出が多い場所に咲いている花の名前まで覚えているのは、本来ならあり得ないそうだ。
悪魔は闇堕ちの時に辛い思いをすればする程、力を手にする反面、記憶の封印も固くなる。固有種でもあるコンラッドが魔界において、どんな扱いなのかは不透明な部分もあるが……条件的には上級悪魔に該当するだろうと、ハーヴェンも言っていた。
「もしかしたら、記憶が中途半端に残っているせいで、コンラッド自身も悪魔としての本領……本来は上級悪魔だった条件を満たしているのに、中級程度の実力しか発揮できない部分があるのかも知れません」
「……ふむ。そういうものなのであれば、若造に任せるしかないだろうが……。して、どうするつもりなのだ?」
「そうですね……。コンラッドに関しては、最期の時を迎えたのもあの場所かとは思いますが……突然、彼を引っ張り出すのは、暴発する可能性も考えると、危険でしょう。ですから、部屋の調査に関しては別途行うとして、コンラッドの方はハーヴェンの管理下で多少泳がせてもいいか、という結論になりました。……要するに彼が“行ってみたい”という場所には極力、連れ出すことにしたようです」
「カイムグラントの記憶が戻るのが、最優先事項であることは間違いないが……無論、無理を強いるようなことはせんでいい。明らかな我々の落ち度がある以上、記憶の強制アウトプット等の荒手を使うわけにもいかん。折角、カイムグラントを預けてくれたサタンにも申し訳が立たぬしな。カイムグラントは当面、それでよかろう。……若造にも苦労をかけるが、よろしく頼むと伝えておいてくれ」
「承知しました」
結局、2人で話を進めてしまい、結論まで出してしまったが。他3名様は相変わらず、別方向に神経が持っていかれているし、もう放っておこう……。
「さて、話は以上だ。それにしても……お前らは今回の会議では有効な提案もせず、座っているだけになったが。……それはともかく、これからが正念場でもあるだろう。……心して、任務に当たるように。特に、オーディエル!」
「は、はいっ⁉︎」
「お前は昨日といい、今日といい……なんだ、その不謹慎な態度は⁉︎ これだけ重要な話をしているのに、終始上の空とは……大天使として、恥かしくないのかッ⁉︎」
「ハ、申し訳ございません……」
「こうなったら、お前にも罰を与える! その交換日記とやらを預かる故、きちんと反省するように!」
「そ、そんな! これを取り上げられたら……!」
「問答無用! サッサとその手帳を、こちらに寄越さんかッ⁉︎」
不運にも怒りの矛先がオーディエル様に向いたらしく、殊更厳しい態度をとるルシフェル様。確かに重要な内容も含む話し合いだったし、上の空はあり得ないことだろうが……。でも、私もハーヴェンが同じ状態だったら、これ以上ないほどに気を揉むだろうし、厳罰に涙目のオーディエル様が可哀想になってきた。
「ルシフェル様、お言葉ですが……転送交換日記をオーディエル様から取り上げるのは、賢明でないと思います」
「……どうしてだ、ルシエル」
「交換日記の相手は魔界の真祖ですよ? いざとなれば、大物悪魔とやり取りできる貴重なツールを取り上げて、返事がないとなれば、向こうで大騒ぎになると思いませんか? それでなくても、魔界の時間の進みは異常に早いのです。こちらで数日でも、あちらでは数ヶ月になりかねません。そんな期間を放置したら、騒ぎになるどころか、場合によっては怒らせてしまうかも。……サタンは憤怒の真祖ですし、沸点が低い事を考えても、返事をすぐに出せない状況に置くのは危険かと」
「……妙にスレスレに論点をかすめる理論を展開しおって……分かった。今はルシエルの判断を立ててやろう。ただし! 次にこんな事があったら即時、私の方で日記を取り上げた上でサタンに文通の中止を申し立てに行くから、そのつもりでな。……ったく、今日もこの私を怒らせおって。本当に嘆かわしいったら、ありゃしない!」
「申し訳ございません……」
「もういい! とにかく、話は以上だ! リッテルへの処罰内容はこれより掲示にて私の方で周知の上、明日に執行する。後は腑抜けではなくリヴィエルに依頼して処理する故、各員持ち場に戻れ!」
とうとう最後は怒り交じりで、まとめて部屋を追い出される羽目になったが。この場合は仕方ないかもしれない。ルシフェル様が怒りん坊なのも、相変わらずのようだ。




