8−42 キュンキュンするところではありません
「うぐ……あの暴れん坊に、そんな理知的な部分があるとは思わなんだ。まぁ……是光を寄越す時点で、アレがリッテルを心配しているのは、間違いなかろう」
「そう言えば、どうしてです? この刀……何がそんなに問題なんですか?」
どうも、ルシフェル様は目の前の武器を問題視しているらしい。彼女の悔しがり方が、尋常じゃない気がするけれど……この是光とか言う刀の、何がいけないんだろう?
「……マモンの刀の内、三条の是光御前は光属性の攻撃を全て吸収する効果がある。そして元々は、ヨルムンガルドがマナに一矢報いようと作り出した復讐の刃でもあって……対神具用の特殊な武器なのだよ」
おっと? ややこしい感じの話になりそうかな、これは。
「お前がマモンと戦闘になった時にアンヴィシオンの矢を全て撃ち落としたと言っていたが、それは魔法効果を切り裂く風切り以上に、こいつがその矢さえも吸収して、マモンに力を与えていたに過ぎない。マモンの手に是光がある場合は、神具での攻撃は逆効果だ」
「うわ……だったら、ボクがぼろ負けするの、確定じゃないっすかぁ」
「……刀1本でボロ負け確定、だと? お前、それでも大天使なのか?」
えぇ……! これで、ボクが怒られるの〜? ルシフェル様、ボクには随分と厳しくない⁇
「第一、刀は非常に扱いが難しい武器でな。基本的に片刃である事を鑑みても、簡単に振るえるものでもない。特殊効果も含めて、性能をきちんと発揮できるのは、かなりの腕を持っている前提あってのことだが……」
ほら! やっぱり、ますますボクは不利じゃないですかー! 特殊な武器に、かなりの腕前が揃ったら、勝ち目ないでしょ! と、思いつつ。……これで余計な事を言ったら、また怒られそうだし、本音は黙っとこ。
「そうだったんですね。つまり、それが素人のリッテルに渡されているということは……」
「マモンはこれをリッテルに託すことで、我々を牽制しているんだ。リッテルが万が一死んだ場合は、是光はマモンの手元に帰ろうとするに違いない。是光が1度神界に踏み込んだ状態で、手元に帰ってみろ。その道筋を辿って、あいつは復讐に乗り込んで来るだろう」
確かに、それはあり得るかも。別れ際の様子からしても、アッサリと仇討ちもやらかしそう。
「マモン1人であれば、こちらが負けることはないと思うが……これからの事を考えると、決して賢明とは言えん。我々には悪魔の手助けは必須だ。悔しいが、今の神界は圧倒的に力も人材も不足している。そんな中で、魔界最強のあいつを敵に回すのは、絶対に避けなければならん」
「まぁ、マモン様はそこまで考えて、リッテルに刀を渡したのね……。とっても、キュンキュンしちゃうわ〜。なんて素敵なんでしょう……」
ルシフェル様の説明を別方向のロマンスに捉えて、クネクネし始めたラミュエルをこれまた、ルシエルが鋭くツッコむ。……今日のルシエル、超怖い。
「ラミュエル様、ここはキュンキュンするところではありません。少しは緊張感を保ってください。それはそうと、そういう含みも考慮すると、リッテルが死亡するような罰は避けないといけない……という事でよろしいですか?」
「その通りだ。とにかく、処罰に関しては大天使と私で考える。それとルシエル」
「……心得ております。私も準備を進めますので」
「すまないが、頼むぞ。とにかく、だ。リッテルは処罰が決まるまで、反省房での謹慎とする。それで……オーディエル! うむ? オーディエル⁉︎ 返事がないな……オ、オーディエルはどうした?」
いるはずの大天使がいない事に今更、気づいてルシフェル様の眉間のシワが深くなる。そんなルシフェル様に応えようと、エントランスに居合わせたリヴィエルが声を上げた。
「サタン様からの返事を受け取って、ご自室で落胆されております。なんでも、しばらくお手紙を寄越せそうにないとのお返事が来たとか……」
「……全く、どいつもこいつも……!」
あぁ〜……オーディエル、どうしてここでこの場にいないかなぁ。どう考えても、落ち込んでいる場合じゃないでしょ……。ルシフェル様を余計な事で怒らせないでよ、もう。
「では、リヴィエル」
「はい」
でも、いないものは仕方ないと割り切ったんだろう。ルシフェル様は早々に気分を切り替えて、リヴィエルに代理を頼む事にしたみたい。……ルシフェル様は大天使以外には、優しいのかもしれないなぁ。
「悪いが、リッテルを反省房に連れて行ってくれるか」
「承知しました。反省房でよろしいのですね」
「それでいい。処罰が決まるまでは、反省房で構わん」
「かしこまりました。さ、リッテル。私に付いて来てください」
テキパキとルシフェル様に応じて、リヴィエルがリッテルを促す。そうされて、リッテルも素直に従うけれど……。
「あぁ、そうだ。リッテル、精霊帳以外は手元に戻して構わん。……特に是光は肌身離さず、持っておれ。こいつは他の者が触ろうとすると、すぐさま牙を剥くだろう。以前、私も風切りを奪った時に、右手を丸ごと落とされたことがあってな……。そんな物騒なものを、放置するわけにもいかん」
「はい……」
「それと、精霊帳も精査の上きちんと手元に戻す故、そちらは少し待つように。まぁ、何れにしても……堕天もせずに、自分の足できちんと戻って来たのだ。それに免じてあまり悪いようにはせぬ故、暫くは体を休める意味でも、大人しくしておれ」
「色々とご迷惑をお掛けいたしまして、申し訳ありませんでした……。それでも、こうして迎え入れてくださり……ありがとうございます……」
手元に是光ちゃんが戻ったせいもあるのだろう、ホッとした表情でリッテルがリヴィエルに連れられて懲罰房区域へ向かっていく。そんな彼女の背中を、エントランスに居合わせた全員で見守るけど……えぇと、ちょっと! これ、それどころじゃ済まないでしょ⁉︎
「ルシフェル様」
「なんだ、ミシェル」
「リッテルがマモンをどうやって手懐けたのか、非ッ常〜に気になります!」
「お前の気になる、は別の方向に向かっている気がするが……確かに、リッテルがあのマモンをどうやって籠絡したのかは気になるな。というのも……ほれ、お前達。ここを見てみろ」
「……?」
リッテルが残していった精霊帳の巻末ページを開くと、全員に見える位置に差し出すルシフェル様。精霊帳の最後の方って事は、個人が契約している精霊のデータだと思うけど。……って、えぇ⁉︎ 何、コレ⁉︎
【マモン、魔力レベル13。魔神、風属性。ハイエレメントとして闇属性を持つ。魔界における《強欲》の真祖。攻撃魔法と補助魔法を行使可能】
「……ここに来て、第二のレベル10越えの出現と来たもんだ。このデータを収集してきただけでも、リッテルの功績は大きい。契約によって、情報が筒抜けになる事をマモンが気づかぬとも思えんし……そういう意味でも、魔界の真祖との契約は普通にできる事でもないだろう。プロセスはある程度、リッテル本人に確かめるとして……さて、話は以上だ。この精霊帳はラミュエルに預ける。それで、記憶台に情報を吸い上げさせた後に、リッテルにきちんと返しておけ。分かったな」
「承知しました。あぁ、それにしても……この情報があれば、いつでも素敵なお姿を確認できるという事ですね! まぁ〜、ハーヴェンちゃんといい、マモン様といい……悪魔さん達が素敵すぎて、もう、どうしましょう⁉︎」
「……ラミュエル様。ハーヴェンもマモンも、この場合は既婚者です。あなた様がどうしましょうと、思い悩む余地は1ミリもありませんから」
「まぁ! ルシエルは相変わらず、シビアなんだから! いいじゃない、ちょっとくらい夢を見たって」
「ダメ! 絶対にダメですッ‼︎ そういう縁は、ご自分でお探しくださいっ!」
「そ、そうよねぇ……。あぁ、次は私も魔界に連れて行ってもらおうかしら……」
ハーヴェン様絡みになるとムキになるルシエルに、フワフワ具合が止まらないラミュエル。でも、ラミュエルが言う通り、マモンの情報が公開されれば各員の精霊図鑑にもデータが反映されるわけで。そうなれば、この挿絵……やったら長い真っ赤な鞘を担いで、颯爽としているイケメン……をいつでも拝めるということ……! クゥ〜! リッテルが超羨ましいんだけど! こうなったら何が何でも、ボクも近いうちに魔界に行かないと! 今度、本気でハーヴェン様に相談してみよう。




