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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−35 最下落ち

 面倒な奴を追い払った後は、残りの「患者さん」の治療もスムーズに終わらせて。リッテルがようやく伸びを1つして、こちらに向き直る。あぁ、そうだよな。色々と説明しないといけないよな……この場合。


「……ハイハイ。まずは是光がお前に挨拶をしたいんだと。悪いんだけど、ちょっと鑑賞してやってくれる?」

「鑑賞、ですか?」

「あぁ。刀ってのは、手入れの時に刀身を拝見するのが、礼儀なの。で、軸が曲がってたりとかしたら、槌で叩いて調整してやったりするんけど……まぁ、それは置いておいて。是光はその鑑賞を、綺麗なお姉さんにしてほしいらしい」

「……そうなんだ。武器のお手入れ1つとっても、色々とお作法があるのね……」


 ちょっと緊張した面持ちのリッテルに、是光の柄を預けて袱紗を握らせる。1番身軽なはずの是光相手でも、片手だと少し重たいのか……重点が定まらずに少し鋒を泳がせた後、彼女がようやく刀身に目を落とした。


「とっても綺麗……。きっと、この子は切れ味も鋭いのでしょうけど……それ以上に上品さを感じるというか。まるで、1つの美術品みたいだわ……」


 丁寧な感想と満足そうなため息を漏らした後、彼女の手から是光が返却されるが。お前は何、刀身をクネクネさせてんだよ。気持ち悪い。


「うん、こいつも満足だと。……で、もう1つの事だけど」

「え、えぇ……」


 見ればグレムリン3人に不思議そうに囲まれて……中心の最下落ちが心なしか、申し訳なさそうにこちらを見つめている。さて、どうしたもんかな。


「こいつは所謂、最下落ちって言ってな。とある罰を真祖から受けて、堕とされた奴なんだけど……」

「あっ、そう言えば!」

「この間やってきたお兄さん、言ってました!」

「最下落ちっていうのは、名前を取り上げられちゃった上級悪魔だって、聞きましたよぅ」

「お兄さん……?」


 最下落ちの概要自体は知っているらしい3人が、はしゃいで跳ねているが。……そのお兄さんって一体、誰だ?


「この間、ジェイドさんっていうインキュバスさんが来て。確か、誰かを探しているって言っていたけど……あら? 誰を探しに来ていたんでしたっけ……?」


 リッテルはジェイドとやらが探していた相手が誰かを、思い出せないらしい。なるほど、なるほど。そうともなれば……きっと、この最下落ちはその尋ね人だったんだろう。


「……それじゃ、こいつを拵えたのはアスモデウスか……」

「それ……どういう意味かしら?」

「最下落ちはラズが言った通り、罰を受けて放逐された上級悪魔の事を言うんだけど。この状態に堕とされた奴は、以前の“生きていた記憶”を根こそぎ剥奪されるんだよ。要するに、本人も以前の自分を覚えていない上に、周りの奴の記憶からも存在自体が無かった事にされる。もしかしたら、こいつの事を知っていたかもしれないお前達が、そこだけスッポリと思い出せないのは……既に存在自体を抹消されているからだ」

「そ、そんな……!」

「で、こいつの事を把握しているのは、拵えた親の真祖だけになるんだが。……おい、お前。ちょっとベロ出してみ? ほれ、ベェ〜って」


 俺がそう促すと、少しオドオドした後……素直に舌を出す、最下落ち。あぁ、これも予想通りか。


「……赤いベゾアールの紋……。やっぱり、こいつの存在を奪ったのは、アスモデウスみたいだな」

「マモン様。これ、何の意味があるんです?」

「おいらの舌には、こんなのないですよ?」

「真祖にはそれぞれ、自分の根源を示す欲望とセットで紋章があるんだよ」

「紋章ですか?」

「他に、どんなのがあるですか?」


 俺の説明に一様に首を傾げて、興味を唆られたらしい3人がワクワクした様子で待っている。妙な懐かれ具合に殊更、ムズムズするが……リッテルもいる手前、冷たくあしらえないのが、歯痒い。


「ハイハイ。他の奴のも、教えればいいのか? ベルゼブブは紫のコヨーテ、サタンは黒のヒクイドリ。で、ベルフェゴールは茶色のナマケグマに、さっきのリヴァイアタンは青のホライモリ……だったかな」

「マモン様は? マモン様は?」

「僕達は何になるんですか?」


 僕達は何になるんですか……って。紋章はお前らの物じゃないんだけど。


「……お前ら。これを刻まれる意味、分かってるのか? まぁ、いいか。因みに、俺は黄色の虎だ。これで満足か?」

「虎! カッコいいですよぅ!」

「僕もちょっと欲しいです!」

「おいらも!」

「待て待て! 紋を刻まれたら、自由を失うことになるんだぞ? 折角、名前と祝詞をやったのに……そんな事をしたら、自分が自分じゃなくなるだろーが」

「あぅぅ、そうなんですか?」

「それは嫌ですよぅ……」


 そこまで取りなして、ようやく静まるグレムリン達だが。妙な勘違いで突っ走る所は、こいつらも所詮は下級悪魔だな……。


「まぁ、とにかくだ。こいつの舌に刻まれているのは、アスモデウスの紋章だ。それを刻む事で言葉と祝詞、そして名前と存在そのものを掌握しているんだよ、あいつは。……やれやれ。こいつは何をやらかしたんだか……」

「もしかして……アスモデウスさんに頼めば、元に戻してあげられるのかしら?」

「……無理だな。奪われた祝詞は魔力として真祖に吸収される。そうして吸収された祝詞は、消化されて2度と戻ってこない。……同じ状態に戻してやるのは、不可能だ」

「そう、なのね……」


 最下落ちの扱いは、魔界では常識の範囲ではあるんだが。当然ながら、リッテルには通用しない。……でも、さ。魔界の常識がないのは仕方ないにしても、そんなに悲しい顔をしないでくれよ。


「……最下落ちの罰の執行は、真祖にとっても最終手段だ。貴重な上級悪魔を失った上に、配下から最下落ち……最大の罪人を輩出した事実だけは、ずっと残る。それは魔界の主的にも、あまり看過できない事態なんだよ。魔界の主人……ヨルムツリーは何かと自己責任を強要する以上に、連帯責任を取らせる事が大好きでな。落とし前の付け方に拘るあいつだったら、ヘタをすると、最下落ちを拵えただけで怒るかも知れない。そんな……奴の逆鱗に触れかねない罰を与えさせる程に、こいつはアスモデウスを怒らせたんだろう。で、俺がしてやれる事は、“みんなのサンドバック”に成り下がったこいつの紋を上書きして……あぁ。それはやっぱ、ナシだな。……幾ら何でも、阿呆らしい」


 自分で言いかけて、サッサと迷案を却下する。大体……何で、俺がそこまでしてやらないといけないんだ。


「何か、方法があるの?」

「いや、あるにはあるが……。俺としては、そこまでしてやる理由もないのが、正直なところだ」

「……理由?」

「さっきも言ったが、こいつはアスモデウスを本気で怒らせるルール違反をした……余程の大罪人なんだろうと思う。罪人に罰が必要なのは、魔界も例外じゃないんだよ。確かに、こっちじゃ大抵のことは許されるが。それでも、最低限は守らないといけない不文律があるのも事実で。きっと、こいつはその最低限すらも守れなかったんだろうよ。……そんな大罪人を庇ってやる理由は、俺にはない」

「そう……」


 勢い、神界の事を引き合いに出すような言い回しをしてしまって、別の意味でリッテルを落胆させた事に気づく。罪人には罰が必要。以前、それから逃げているだけだと自嘲した彼女には……今の話は厳しかったか。


「とにかく、すぐにどうこうできる訳でもないし。外よりも家にいれば、誰彼構わず痛めつけられることもないだろ。お前らはそんなこと、しなさそうだし」

「当たり前です!」

「弱い者イジメ、良くないですよぅ!」

「おいら、そんなことしないです!」

「……そうか。そういうことなら、俺の家に身を寄せるのは構わないから。後のことは少し考えてやるし、今はそれで我慢しろ」

「……良かったわね。とりあえず、安心できる場所が見つかって……」

「マァ〜……」


 どことなく無理しているリッテルの励ましにも、力無い返事を寄越しつつ。束の間の安寧を得られる事に安心たのか、最下落ちの方は表情がさっきよりは明るくなったように思える。


「……話は以上、っと。病院の受付はこれで終了したんだろ? だったら、サッサとまとめて家に入れ」


 俺が諦めたように、強引に話を切り上げると。今日の戦利品を抱えて崖上に飛び立つ、御一行様。中にはガラクタじゃ済まない物もあるみたいだけど……そんな貴重品混じりの戦利品を家に運び込んだ後も、4人でどこに置こうなんて盛り上がっているのが、何故か辛い。別に悪い事をしている訳じゃないだろうに。どうして、俺はこんなに苦しいんだろう。


(……なんだか、居心地が悪いな……)


 そんな事を1人で考えていると、自然と足が家の外に向いていた。そうだな、お楽しみの時間を邪魔しても悪いし……暫く、頭を冷やしてこよう。

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