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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−34 名前ばかりの大悪魔

 名前ばかりの大悪魔を鎮めた後、ようやく雷鳴の手入れを済ませて、最後の三条を呼ぶ。1番主張も控えめなもんだから、いつも三条が最後になっちまう。そんな事情に申し訳ない気分になりながら、是光の身を抜くと……白銀の刃が殊の外、輝いて見える。それは隣のリッテルも同じらしく、是光の姿にウットリとため息をついた。


「……綺麗……」

「だろう? 是光は守り刀だから、若干短いんだけど……唯一、光属性への耐性があるもんだから、昔から重宝しててな。他の奴らに比べて威力は地味だが、その分、装飾も1番細かくて……まぁ、俺もこいつは綺麗だと思うな」


 リッテルに褒められたせいか、手元で既に身を歪めて歓喜に震え始める是光。手入れする前から大喜びみたいで、何よりだが。……肝心の手入れがやりにくいだろーが。


「粉を打つ前から、震えてんじゃねーし……ほら、大人しくしろ! 分かった、分かった! 後でちゃんと、紹介してやるから!」

「どうしたの?」

「あ、あぁ。刀も好みが色々あって……要するに、是光はお前が気に入ったんだと。綺麗なお姉さんは好きですか? ……ってとこだな……」

「まぁ、そうなの?」


 是光の反応に嬉しそうにしながら、リッテルは手際よく治療を続けているが。そんな事をしている間に、ラズとゴジが帰ってきて……あぁ、無事に最下落ちの順番が回ってきたみたいだな。


「なんて、酷い怪我なんでしょう……。すぐに治療しますから、もう大丈夫ですよ」

「マァ……」

「え?」

「マァ〜……」

「……」


 苦しそうに、返事とも言葉とも取れない妙な声を上げるだけの最下落ちに、さも痛ましい表情で澄んだ声で呪文を唱え始めるリッテル。きちんと傷を塞いでやるが、それでも尚、悲しそうな表情を変えないままの悪魔を前に、リッテルも辛そうだ。


「……あなた、この子……」

「説明は後でしてやる。……とにかく、今は残りを片付けることに専念しろ」

「え、えぇ……」

「……で? 今度は大人しく待っていられたみたいだな?」

「う、うるさいじょ! お前は黙っているんだじょ!」


 妙にムカつく口調で、威勢だけはいいリヴァイアタン。しかも、奴の左右には一目散に逃げ出していたはずのベールゼフォーが、ちゃっかり戻ってきている。そうしてお子ちゃまと一緒に、偉そうに胸を張っているが。さっきはあんなに情けなく逃げ出したのに……どうして、何事もなかったように偉そうにしていられるんだか……。


「ふ〜ん……まぁ、いいか。よしよし、2人ともご苦労だったな」

「もちろんです! おいら達、ちゃんと見張ってました!」

「僕達、睨み効かせましたですよぅ!」

「おぉ〜、そうかそうか。お前ら、偉いぞ〜」


 ちょっと投げやりに、ラズとゴジの頭を撫でてやると……何故か、周りからどよめきが聞こえてくる。いや、その程度で驚かれましても。却って、切ないんですけど。


「ふ、ふん! とにかく、次は僕ちんの番だじょ! ほれ、天使! 僕ちんの翼と尻尾を、回復するんだじょ!」

「尻尾と……翼、ですか?」

「尻尾はさっき、このマモンにやられたじょ! 僕ちんの立派な尻尾がこんな風に……全く、どうしてくれるんだい⁉︎」

「まぁ、そうだったのですね……。主人が大変、失礼を致しまして……」

「しゅ、主人⁉︎ お前、マモンのことを……主人と呼んでいるのかい?」

「え? えぇ、そうですけど……あ、いえ、違いますね。私は普段、主人のことは……あなたと呼んでいます」

「……⁉︎」


 リッテルはきっと悪気も含みもなく、ストレートに答えたんだろうけど。彼女の答えは周りを1発で黙らせるのに十分すぎる効果を残した後、羨望の真祖を刺激するのにも、絶大な威力を発揮したらしい。リヴァイアタンが今度は歯噛みして、地団駄を踏み始める。


「う〜、ずるい! ずるいじょ〜‼︎ 僕ちんも天使の奴隷が欲しい〜! 僕ちんも天使のご主人様になりたい〜!」

「リッテルは奴隷じゃねーし。嫁だし。そこ、間違えんじゃねーよ。……ったく、いちいちムカつく奴だな……」


 とか言いつつ、俺も同じような事をエルダーウコバクに言って、怒らせたことがあったっけ。

 まさか、自分が逆の立場になるなんて思いもしなかったけど。……なるほど。確かに、こんな風に言われたら、腹の1つや2つは立つかもな。


「と、とにかく! 尻尾と翼を治してくれじょ!」

「は、はい……。尻尾はともかく……翼はどちらですか? 治療しますので、そちらも広げていただけませんか?」

「広げたくても、できないんだよ。……リヴァイアタンの翼は随分前に落とされてる。だから、今のこいつには広げられる翼はないぞ」

「そうだったの……」


 俺が仕方なく横から補足すると、相手がリヴァイアタンだろうと……慈悲深い院長の顔がみるみる内に、困った表情になる。こいつ相手にそんな顔をする必要は、一切ないと思うんだけど。


「でしたら……すみません。再生魔法は約24時間前の傷しか治療できないんです。なので、その日の内に見せて頂かないと……」

「そ、そうなのかい? 僕ちん……今度こそ、自分の翼で飛べるようになると思ってたのに……ウゥ……」

「ご、ごめんなさい……とにかく、尻尾は回復しますね。えぇと……。汝の痛み、苦しみ、全てを食み開放せん……魂に再び生を宿せ、グランヒーリング!」


 魔力の感じからして、最上級に近いであろう回復魔法を使ってもらっても、妙にしょげた様子を見せつけてくるリヴァイアタン。誰かが入れ知恵したのかは知らないが、リッテルが「お涙頂戴」に弱い事だけは熟知しているらしい。その様子がとにかく白々しくて、もう何も言う気にもなれない。


「尻尾だけじゃ、意味ないじょ……。翼が欲しいじょ……」

「そればっかりは……すみません。私の力が及ばないばっかりに……」

「本当だじょ! どうしてくれるんだじょ! こうなったら、詫びに僕ちんの所で一生働くんだじょ‼︎」

「あ、あの……それとこれとは……」


 そうして、2段仕込みの根拠と結果の論点が繋がらない八つ当たりを真に受けて、更に困惑し始めたリッテルだけど……。いや、待て待て。どうして怒らないんだよ、お前は……。


「……お前の翼がないのは、リッテルのせいじゃないだろうよ。お前が弱かったからだろ? 言いがかりでリッテルを搦め捕ろうったって、そうはいかないからな」

「うるさいじょ! 魔界第1位の僕ちんに、天使を寄越すんだじょ!」

「魔界第1位、ねぇ……それじゃ、俺とサシで勝負するか? 万が一俺に勝てたら、リッテルの返事次第ではそれでもいいぞ。ほれ、とにかく他の患者さんの迷惑ですから。魔界第1位のお子ちゃまはこちらにどうぞ?」


 魔界第1位だって言い張るんなら、俺よりも当然、強いんだよな? ほれほれ、勝負はいくらでも受けて立つぞ?


「暴力はよくないよ、暴力は……。だけど、僕ちんはヨルムの玉座の持ち主だじょ。魔界で1番偉いって事だじょ? それ、分かっているのかい?」

「それとこれとは、別だろーが。大体、その玉座だってベルゼブブとサタンが棄権したから、仕方なくお前に譲られたものだろうよ。いい加減、立場くらい弁えろよな」

「うぐぐ……あぁ〜! 悔しい! 悔しいじょ! 大体、お前みたいなロクデナシの側に、なんで可愛い天使がいるんだじょ! 信じられないじょ!」

「……ま、それは俺も同感。……リッテルが俺には勿体ないのは、分かってる」


 諦め半分に呟くと、リッテルが何かを言いかけたが、彼女の視線を無視して是光の身を磨き続ける。

 こいつは多少よそ見をしても、手さえ休めなければ大人しくしてくれているから、そういう意味でも聞き分けが良くて助かる。そうして、何かも汚れと一緒に振り払うよう拭き清めて、最後に魔界の火種油を塗ってやると……刀刃に薄っすらと浮かぶ青海波の文様が殊の外、白銀を帯びて誇らしげに見えるから、不思議だ。


「用が済んだら、トットと帰れよ。これ以上、居座るつもりなら……冗談抜きで叩っ斬るぞ」

「ふ、ふん! ま、今日はただの視察だじょ。今日はこのくらいにしてやるから……次はちゃんと、天使を差し出す準備をしておくんだじょ!」

「何度来ても、答えは変わらねーよ。……欲しいものがあるなら、力尽くで奪ってみろ。それが、魔界の流儀ってモンだろうが」

「も……もういいじょ! スケダラさん、カクマルさん! 引き上げるじょ!」


 やっと帰ったか、チンチクリンが。ったく、タダでさえ色々とイライラしてるのに……リヴァイアタンは人の神経を掻き乱す実力だけは魔界第1位だから、困ったもんだ。

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