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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−32 みんな仲良くがルール

 出かける用事もないし、久しぶりに武器の手入れをしようと思っていたのが……何故か、草地の一枚岩に腰を下ろして、外で刀を磨く羽目になっている。リッテルが今日も病院ゴッコをすると言うから、どんな感じかと見に来ただけのつもりだったけど。……あまりの盛況ぶりについ、心配になったというか。手放しで安心できないもんだから、強引に彼女の隣に居座り、4本の刀を一斉に呼び出す。


「……まずは十六夜から。ったく、ウルセェよ! ちゃんと全員手入れしてやるから、順番程度でガタガタ吐かすな!」

「あなた……それ、お喋りできるの?」

「あぁ。こいつらは結構、ワガママでな。色々と好き勝手なことを言ってくるんだよ。お前には聞こえないんだろうけど……って、そいつを吐き出すのは、よせ。……粉が打てねーだろうが……」


 俺がリッテルに答えている側から、よそ見をするなと……十六夜が文句と呪いを吹き出し始めるのを、仕方なく諌めながら、十六夜の黒い刃にこびり付いている油を浮かせるために、打ち粉を軽く叩く。じっとりと粉と一緒に浮いてきた油を綺麗に拭いつつ、刃の状態を確認するが。十六夜の刃は妙に長いから、確認するだけでも大変なんだよな……あぁ、面倒クセェ……。


「曲がっている部分はなし……と。ハイハイ、ちゃんと新しい油を塗ってやるから、言うこと聞け。いちいち文句を垂らすな」


 独り言にしか見えないだろう憎まれ口を叩きつつ、新しい刀剣油を満遍なく塗ってやると……ようやく満足そうに大人しくなる十六夜丸。そんな駄々っ子を一威の鞘に戻しながら、次の奴を呼ぶ。


「……ほれ、次は風切り。さっさとしろ」


 俺の横でリッテルはこちらを気にしながらも、手際よく並んでいる悪魔の手当を続けている。その合間に、お礼の品を遠慮がちに色々と受け取っているが……最近、家の中に見慣れない物が増えていたのはこのせいだったのかと、ようやく気づかされる。


「これ、魔界水晶の置物です……。良ければ、お礼に……」

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、こんなに貴重な物を頂いても、いいのでしょうか……」

「も、もちろんです! 天使様のために作ってきたんです!」

「まぁ、あなたがお作りになったの?」

「そ、そうなんですよ! 是非、受け取って欲しいんですけど……」

「ありがとうございます。なんて、綺麗な彫刻なのでしょう……!」


 手先の器用さを存分にアピールし、熱意が無事に伝わって満足げなフィボルグだが。俺の目の前で、何を無駄にモジモジしてるんだよ。

 そう言や、昨日はベルフェゴールも来ていたから丁度、奴らも冬眠から目が覚めている時期なんだろうけど。そんな僅かな間に器用に怪我したのか? 上級悪魔があり得ないだろうが。どうでもいいけど、とにかく用事が済んだらサッサと帰れよな……とか思いながら、妙に落ち着かない気分を紛らわせようと、リッテルのお側付き役らしいクランに話しかける。


「……おい、クラン。もしかして、いつもこんな調子なのか?」

「うん、そうですよ? だって、リッテル様は美人ですもの。リッテル様の気を引きたくて、お土産を用意する人がいてもおかしくないです」

「あぁ、そう……」

「大丈夫よ。心配しなくても……」

「別に? お前が受け取りたければ、受け取ればいいだろ。……俺がとやかく言う必要もねーだろうし」

「そ、そうよね。ごめんなさい……」


 ここは素直に心配しているとでも、言えば良かったんだろうか? 何だか彼女を思いの外、悲しませたっぽい事に後悔するが。一方で俺の不安を見透かしてか、集中力が途切れたと、手元で文句を言い始める風切り。割合大人し目のこいつにまで、追い討ちをかけるように散々文句を言われると、妙に居た堪れないんだけど。


「分かってる、分かってる。お前はレイジンツバキの油が好みだったな。ちゃんと用意してあるから、口答えすんな」

「マモン様、刀さんは油の好み違うのです?」


 俺が別の包みを広げ、さっきの油とは違うものを取り出したのに、目敏く気付いたクランが首を傾げて質問してくる。グレムリン相手に答えてやる必要もない気がするけど。ここで冷たくすると、一緒にリッテルにも嫌われそうだし……仕方ない、簡単に説明しとくか……。


「まぁな。こいつらには油の種類から粉の細かさまで、それぞれに好みがあってな。で、この風切りはヨルムンガルドの髪の毛を元にしているらしくて……髪油が好きなんだよ」

「ヘェ〜……何だか、不思議ですね……」

「そうか? 俺にしちゃ、不思議というよりは……面倒なだけなんだけど」


 無事に新しい油を纏った風切りを鞘に戻したところで、二陣を呼ぶ。そうして鞘から身を抜くと、いきなり雷を落とし始めるたもんだから……リッテルとクランを必要以上に驚かせてしまって、慌てて注意する。


「キャァ⁉︎」

「いきなりぶっ放すなって、何度言ったら分かるんだ、このナマクラが! いい加減にしねーと、手入れをお預けにするぞ⁉︎」

「……ビ、ビックリした……」

「悪い、驚かせたみたいで。こいつは自己顕示欲が強くてな。強い相手に向かう時は妙に張り切るから、頼りになるんだが……何かと主張するタイプでさ。……ったく。次にこんな事をしたら、手入れ抜き以上に……枝を落としてやるから、覚悟しとけよ……!」


 俺が怒り混じりで威圧すると、お手入れ抜きが余程堪えるのか……イヤに静かになる雷鳴。だったら、最初からそうしとけよ。……それでなくても、お前は枝の形状が複雑なんだから、タダでさえ面倒なのに……。


「あぅぅ、順番は守ってくださいよぅ!」

「そうです、他の悪魔さんと仲良くできない人はお断りです!」

「あ?」


 雷鳴に粉を打とうとしたところで、今度は行列の先からラズとゴジの声が聞こえてくる。何やら揉めているみたいだが、揉め事自体が初めてなのか……リッテルも妙に不安げな表情を浮かべている。しかし、さぁ。揉め事もなく、平穏に病院ゴッコができていた方がおかしいんだよな。今更、そんな事に気がつく自分の間抜けさが殊更、ムカつく。


「大丈夫かしら……? 何か、あったみたいだけど……」

「ハイハイ。俺が様子見てくるから、心配すんな。……お前は病院ゴッコを続けてろよ」

「え、えぇ……」


 仕舞い損ねた雷鳴を片手に、渦中の2人の元に歩み寄る。どうやら、順番待ちで一悶着あったみたいだ。


「お前ら、どうした〜? 何を揉めてんだ?」

「あ、マモン様! あの、そのぅ……」

「あぅぅ……この人が順番を守ってくれなくて、困っているんです」

「ん?」


 そう言われて、2人の示す先を見やれば。そこには、妙に太々しい様子のベールゼフォー2人と……。


「リヴァイアタン……。どうして、一応真祖のお前がこんな所で油売ってんだよ」

「マ、マモン! いや、僕ちんもお前のところの天使に興味があるというか……大体、一応ってなんだじょ! 失礼だと思わないのかい⁉︎」

「ハイハイ……で? 一応真祖のお前が順番を守らないで、こいつらを困らせてんのか?」

「だから、そうじゃないじょ! 魔界で1番偉い僕ちんがなんで、並ばなきゃいけないんだじょ! しかも、最下落ちと仲良く待ってろだって? あり得ないじょ!」

「最下落ち……?」


 本人曰く、1番偉いらしいリヴァイアタンの指差す方を見れば。確かに、そこには見慣れない小さな黒い悪魔が並んでいる。俺もこの状態の奴は初めて見るが……誰がこんな事をしたんだろう。


「マモン様、最下落ちは並んじゃダメなんですか?」

「それは可哀想ですよぅ。リッテル様、悲しむです」


 最下落ちがどんなものかをよく分かっていないのか、縋るように俺を見上げてくるラズとゴジ。

 最下落ちは魔界でも最も救いようがなく、卑しいとか言われる相手ではあるけれど……ま、それは悪魔の認識であって、院長の天使様には関係ないだろう。


「いや、そんなことはないと思うけど。リッテル病院では、みんな仲良くがルールなんだろ? だったら、それを守れない方が悪いな」

「な、どういう事だじょ⁉︎ お前、僕ちんよりも最下落ちの肩を持つのかい⁉︎」

「あ? お前さ……俺らの話、聞いてなかったの? 治療を受けたいんだったら、ルールは守れ。それにな、ここは俺の所轄地内だ。一応真祖のお前が、ワガママを言える場所じゃねーんだよ」

「うぐ……! さっきから、お前の方こそ偉そうに何なんだい⁉︎ 僕ちんは玉座の持ち主なんだじょ⁉︎ お前の所轄地でも、1番偉いんだじょ! そもそも、回復魔法を使える天使を囲んでいるとか、羨ましすぎるだろ! 僕ちんがちゃんと受け取ってやるから、天使を有り難く差し出すんだじょ!」

「ほぉ〜……要するに、お前さんはこの場で俺に消し炭にされたい、と。そういう事で合ってる?」

「え? い、いや……暴力は良くないよ、暴力は……」

「……雷鳴、ぶっ放していいぞ」


 俺の掛け声と同時に、張り切って的確に雷を落とし始める雷鳴と……見事に尻尾を丸焼きにされて、感電するリヴァイアタン。そして、さっきまで一緒にいたベールゼフォー2人の姿が忽然と消えている。デカい図体の割には、意外と素早いんだな、あいつら。


「ビ、ビリビリする……ぼ、僕ちんの尻尾が……尻尾が……」

「……そのまま大人しく並んどけ。その程度であれば、リッテルに治してもらえるだろ。ラズとゴジはこいつを見張るように。また騒ぎ出すようだったら、呼びに来い」

「は〜い!」

「マモン様、さすがですよぅ!」

「いや、この程度の相手に流石とか言われても……ちっとも嬉しくないんだけど」


 それにしても……この最下落ちを拵えたのは、誰だろうな。余程のことがない限り、ここまでする必要もないと思ってたけど。俺自身は暴力を振るったり、一思いにスッパリ行くことはあっても、「この類の罰」を配下に与えたことは1度もない。それは他の奴も一緒だと思っていたが……どうやら、その限りでもないらしい。


(こういうことしそうなのは……それこそリヴァイアタン……? いや、アスモデウスか?)


 そんな事を考えながら、リヴァイアタンの前で蹲るように体を縮めている最下落ちを見やる。殴られた跡を小さな体全身に残した様子に、いつか俺が彼女にしてしまった事が思い出されるようで……妙に辛い。とにかく、今はリッテルの所に戻ろう。それで……彼女にこいつの傷を治してもらえれば、少しは気分が晴れるかも。

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