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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−31 出歩くのも悪くない

 プランシーの様子が、妙におかしい。感情が不安定というわけではなさそうだが、思い詰めた顔をしているというか。彼の顔に、安定の朗らかな表情が見えないのに……不安を感じる。何かあったんだろうか?


「プランシー、どうした? 気になる事でもあるのか?」

「え、えぇ……。実は少しお願いがありまして……」

「うん?」

「よければ、今日……町に出てみたいのです」

「お?」


 町に出たい? 何か、確認したい事でもあるのか?


「行き先はタルルトか? それとも……」

「タルルト……懐かしいですね。ですが、別にタルルトでなくてもいいのです。少し人の交流に触れたいというか。よく分からないのですが、賑やかな空気を感じたいと言うか……」

「そか……う〜ん。よっし、それじゃみんな揃ってるし……久々にカーヴェラにでも行くか!」

「カーヴェラ……?」

「うん。ルクレスの首都でな。この近辺では、1番の大都市だろう。もうそろそろ、冬支度もしないといけないし、子供達にもコート類を用意しようと思っていたし。丁度いいかもな」

「……冬ですか。今のこの世界は……厳しい寒さがやって来る時期に差し掛かっているのですね……」


 2人でそんなことを話していると、ギノよりも先にコンタローとハンナ達がリビングにやって来る。いつもはギノの方が早いんだが……どうしたのだろう。


「コンタロー、ギノは? もしかして、まだ寝てるのか?」

「いいえ、そうじゃないでヤンす。坊ちゃんはお嬢様を起こしてくれているでヤンす」

「あ、そういうこと……。それじゃ、まずはお前達に朝飯を用意してやろうな」


 俺が着席を促すと、素直に返事をしてそれぞれ自分の席に着く。その様子を、いつもの穏やかな表情に戻ったプランシーがお茶を啜りながら、見守っているが。……この様子であれば、カーヴェラに出かけても問題ないだろうか。


「はい、まずは3人ともお手伝いご苦労様。今日のお駄賃と朝飯だぞ〜」

「あい! いただきますでヤンす」

「……いつも、すみません。いただきます」

「あぁ〜。それにしても、悪魔の旦那のスープはホッコリしますねぇ……」


 モフモフ3人が食事を始めた頃、今度は少し寝ぼけているエルノアを引き連れて、ギノもやって来る。お、今日はプリンセスもちゃんと起きられたか。


「おはようございます」

「あぅぅ〜……おはよう……」

「おぅ、おはよう。ほれ、お前達も席に着けよ。朝飯できてるから、温かいうちに食べてくれ」

「は〜い……」


 目を擦りつつ……危うい足取りのエルノアを支えながら、ようやくギノも自分の席に着く。コッソリと食事と一緒に彼の分のお駄賃を渡してやると、エルノアに気づかれないように軽くお辞儀をして、ポケットにしまい込んだ。


「さて。今日は冬物を買いに、カーヴェラに出かけようと思います! 朝飯が済んだら準備をして、ここに戻ってきてください」

「カーヴェラ⁉︎ お買い物に行くの⁉︎」


 俺の発表にさっきまで半分寝ていたっぽいエルノアが眠気が吹き飛んだとばかりに、いち早く反応する。瞳を期待に輝かせながら、ウキウキしている様子を見ると、最近は魔力コントロールも頑張っているみたいだし、今日くらいは甘やかしてもいいかな……なんて、つい思ってしまう。


「カーヴェラ……ですかい? 悪魔の旦那」

「あぁ、そっか。なんだかんだで2人は初めてだよな、買い物。ここから列車でちょっと行ったところに、カーヴェラっていう大きな街があるんだ。でな。みんなの冬支度も兼ねて、上着を買いに行こうと思うんだけど……いつも行っている店だったら子供服もあったと思うし、ダウジャ達が着られるものもあるんじゃないかな。それに、お前達にも小遣いをやっているんだし……好きな物を買ってみるのも、いいと思うぞ」

「お買い物……! なんだか素敵な響きです……!」


 ダウジャの質問に答えると、ハンナがうっとりした様子で手を合わせている。まぁ、ハンナは元々好奇心が旺盛みたいだから、お出かけは彼女にとっても楽しいに違いない。


「ハーヴェンさん、あの」

「どうした、ギノ」

「はい……僕、マルディーンさんの本屋さんに行きたいんですけど……」

「もちろん、構わないぞ。探し物か?」

「お花の図鑑が欲しいんです。温室にお花を植える時に、育て方とかが載っている本が欲しくて……」

「あぁ、なるほど。確かに、あの店だったらあるかもなぁ。よし、ついでに本屋も寄ろうな」

「はい!」

「それで、ケーキも食べるの!」

「お嬢様……朝ごはん食べたばかりなのに、まだ食べるんでヤンすか?」

「えぇ〜! だってカーヴェラに行ったら、ケーキ食べないとお出かけした気分にならないもん!」


 なぜか本屋の流れでケーキに辿り着くエルノアと、慣れた様子で当然のツッコミを入れるコンタロー。もちろん、カフェに寄るのもオーケイなんだが……エルノアは目的如何に関わらず、甘い物に目がないみたいだな。


「ギノはどんなお花を育てるんだい?」

「まだ決めていないんですけど……以前、孤児院の庭に咲いていた青い花が何なのか知りたくて。……で、もし同じお花の苗があったら育てたいな、なんて思っているんです。僕、あのお花の香りがとても好きだったから……」

「はて。青いお花……?」


 ギノが育てたいと言っている花に思いを巡らせて、プランシーが少し難しい顔をしている。そうして頭痛と少し格闘した後に、きちんと思い出したらしい。「あぁ」と小さく声を漏らすと、ギノに笑顔で向き直る。


「あのお花は確か、オトメキンモクセイ……だったかな。夏の終わりから秋にかけて、いい香りのする花が咲いて……とてもいい香りだった。あぁ、いい香りだったね……」

「そうか、神父様はあのお花の名前を知っていたんですね。……それじゃぁ、図鑑はいらないかなぁ」

「いや、図鑑もあっていいだろう。他にどんな花を植えたいかの参考にするのも悪くないと思うし、何より花を植えるのは冬を越してからだろうから……冬ごもりしている間の暇つぶしに、眺めるのもいいと思うぞ」

「そうですよね! 図鑑にはきっと、たくさんのお花が載っているだろうし……。他にどんなお花があるのかな……」


 そんな事を言いながら、ギノが珍しく浮かれた顔をしている。今まで必要以上にしっかりしていた分、こうして彼がはしゃぐ姿に妙に安心してしまう。今日はちょっと大人数になりそうだが……たまには、みんなで揃って出歩くのも悪くないか。

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