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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−25 向こうに帰るまでが任務

 確かに、少し多めに作って欲しいとは言った。新作の試食に付き合ったエルノアやモフモフズのお墨付きとかで、今回のチョコレートは自信作だというのも分かるし、それはそれで楽しみだ。

 だけど! だけど、だけど!


(神界の皆さんの分まで作って欲しいなんて、言ってないんだけど! ハーヴェンのバカ! 悪魔! 変なところで、サービス精神が旺盛なんだから……!)


 スマートにこなれた文字が走る化粧箱を渡されても、どうすればいいのか、分からない。大体、こんな物を渡したら、また色々と大騒ぎになるではないか。どうしてこうも、ハーヴェンは私が神界でうまくやっているのかを気にかけるのだろう。


(……仕方ない。こっちのちっちゃい箱は私用みたいだし……。この大きい箱をラミュエル様の所に置いて、早めに帰ろう……)


 昨日は少し魔力の動きがあったように見えて確認してみたら、「ウチのモフモフ達」の魔法練習の形跡だったことに気づいて、安心したものの。……相変わらず、ローヴェルズには大きな動きはない。向こうが警戒しているにしても、あまりに不気味な静けさに不安が残る。それに、キュリエルからの報告に不穏な内容があったのも、気がかりだ。

 クージェは戦争に向けて相当の蓄えをしているらしく、その気になればローヴェルズが1ヶ月と保たずに陥落するであろうレベルの兵力を準備しているということだった。それが本当なら、どうしてクージェはローヴェルズに攻め込まない? その不自然さも含めて、人間界の様子は目が離せない状況なのだが……。そんな時にこんな甘いお菓子を差し入れたら、折角の緊張感が抜ける気がして頭が痛い。ルシフェル様ではないが、どうも大天使様達は妙に楽観的な部分があるというか。どうして彼女達の緩さについて、私が頭を痛めないといけないのだろう。


「……ラミュエル様、いらっしゃいますか?」

「あら、ルシエル。どうしたの? あなたから訪ねてくれるなんて、何かあったのかしら?」

「いいえ、特に大した用事ではないのですが。ハーヴェンからまた手土産を持たされましたので、皆様でお召し上がりいただければと思いまして」

「まぁ、そうなの? いつも悪いわ〜。でも、そんな事を言いながら、毎回とっても楽しみだったりして。今日はどんなお菓子を下さったのかしら」


 自分で妙なツッコミを入れながら、私から大きめの化粧箱を受け取ると……表面に書かれている文字に目を走らせた後、嬉しそうな顔を見せるラミュエル様。

 リッテルの一件があってから、少し落ち込み気味だった彼女がこうして微笑んでくれると、少し安心するものの。相変わらずハーヴェンのメッセージが愛情に溢れすぎていて、私としては恥ずかしい気分の方が先に来る。


「いつもお世話になってます……嫁さんは頑張り屋さんなところがあるので、あまり無理させないでください……ね。まぁ、ルシエルはハーヴェンちゃんに愛されてるのね〜。羨ましいわ〜。で……中身は何かしら?」


 ある意味で予想通りのお言葉に、変に体が火照るのを堪えながら彼女の次の言葉を待つ。予想通りの言葉が飛び出すだろうが、それさえ済めば、後は自由なはずだ。テーブルの上でパカっとはしゃぎながら箱を開けると同時に、歓声とため息を漏らすラミュエル様。きっと……今回のボンボンショコラも「美しい出来」なのだろう。


「ね、ね、ルシエル! これ、なんてお菓子なのかしら?」

「ボンボンショコラ、らしいですよ。私も中身は確認していませんが、形が数種類ある場合は、それぞれ味が違うと思います。……その大きさだと、かなりの数が入っていると思いますし、皆さんで楽しんでください」

「えぇ、そうするわ! ハーヴェンちゃんにも、本当にありがとうと伝えてくれる? それにしても、何て綺麗なのかしら……! まるで、宝石箱みたいだわ!」


 そうでしょう、そうでしょう。ハーヴェンは彼の親玉と異なり、お菓子のデザインセンスも抜群だ。そんな彼のチョコレートが、美しくないはずはない。是非に、そのまま見惚れていて下さい。


「……私からの用件は他にございませんが、下がらせていただいてよろしいでしょうか?」

「えぇ、大丈夫よ。明日もよろしくね」

「かしこまりました。それでは、失礼致します」


 ラミュエル様がチョコレートに気を取られているうちに、サッサと帰ろう。ハーヴェンは魔界に出かけており、子供達とは別行動を取っている。だとすれば……タイミングがよければ、2人きりでゆっくり話ができるかもしれない。


(人間界の時間で午後3時か……ハーヴェンが帰っていたらお茶を淹れてもらって、このチョコを食べよう……)


 楽しいことを思い描きながら、ポーチに大切に隠していた両手の平大の小箱を取り出す。綺麗に青いリボンがかけられたそれは……中身も特別仕様のはずだ。きっと、リクエスト通りにアプリコットのチョコを詰めてくれたに違いない。そんな事を考えると、自然と気分が緩んでしまうが……いけない、いけない。向こうに帰るまでが任務ですもの。最後の最後まで、油断はしないに越したことはない。とにかく帰ろう……。


「ルシエル、ちょっといいか?」

「……」


 しかし、私の素敵な計画を邪魔するかのように、かなり聞き覚えのある声が響いてくる。無視……できないよな、これは。無視ができたら……本当にそれができたら、どんなにかいいだろう……。

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