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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−24 魔界平和の為にもそこは我慢してください

「……お帰り。君にしては、結構かかったね?」

「そうか? 俺自身は腕が鈍ってるし、こんなもんだろ」

「フゥン? そんなものかな。まぁ、それはともかく……話はまとまったみたいだよ」

「あぁ、そう」


 既に本から栞を抜きながら、ダンタリオンがそんな事を言ってくるが……こいつはこいつで、何だかんだで俺のことを分かっている気がする。要件だけサッサと伝えて、また自分の世界に逆戻りしながらも、その距離感が俺は丁度良かったりする。


「マモン様の十六夜丸は無敵ですな。あぁ、なんと羨ましいことでしょう……」

「どうだろうな? 十六夜も含めて、こいつらはワガママだぞ? 俺も振り回されてるし、手放しで羨ましがるもんじゃないと思うけどな」


 何故か自前のナンバー2ではなく、羨望のナンバー2・ダイダロスが話を振ってくるが。俺の方は手入れの順番に頭を悩ませてるのに、呑気なもんだ。


「で? 結局、どうなったんだ?」

「うんとね。一応、玉座の持ち主はリヴァイアタンに決まったよ〜。まぁ、確かにヨルムツリーは彼の領内にあるし、周りからかなりの不服の声が上がったけど、いいんでない?」

「ベルゼブブ! 余計な事は言わなくて、いいんだじょ! とにかく、僕ちんが玉座の持ち主なんだじょ! 魔界で1番、偉いんだじょ!」

「良かったですね、リヴァイアタン様。誰にも認められていないとは言え、玉座を得ることができて」

「ザ、ザーハもうるさいんだじょ! 誰がなんと言おうと、僕ちんが魔界のトップだじょ〜♪」


 擦った揉んだの末に譲られた玉座でさえも、自信満々に言い放つリヴァイアタンに……かけてやれる言葉が見つからない。ご本人様は随分とご満悦な様子だが、第1位だと誰にも認められていないのに玉座に座っても、無意味な気がする。


「さて、と。ほら、アスモデウス〜。もうそろそろ、泣き止みなよ〜。お話は終わったよ?」


 そんな中で……右隣のアスモデウスが未だに泣き止まないのを、慰めにかかるベルゼブブ。だけど、さ。アスモデウスもいつまで泣いてんだよ、こんな場所で……。


「グスッ……オ、オスカー。……私、これから……どうすればいいのかしら……」

「心配ありませんよ、アスモデウス様。あなた様の美しさは今も昔も、魔界一ですもの。ハンスはたまたま、天使様に心が傾いただけなのです。大丈夫。ジェイドも僕も、これから先もずっとあなた様をお支え致します。……全てを失ったわけではないのですから、少しやり直すだけでいいと思いますよ?」

「ほ、本当?」

「えぇ、本当です。ですから、最後くらいは相応しい威厳と美貌を振りまかれるのが、よろしいかと」

「そ、そうよね! 何よ! ハンスなんかよりもいい男はいっぱいいるもの! ウフフ、これから花探しをするのもいいわよね!」


 絶妙な感じでメガネに励まされて、ようやく泣くのをやめたアスモデウスだけど。……花探しって一体、何をするんだろう。


「……まぁ、いいか。とにかく、俺は帰る。ダンタリオン、行くぞ」

「うん、ようやく終わったみたいだね。本さえあれば、私はどこでも退屈しないけど」

「あぁ、そう……」


 そう言いながら、ダンタリオンは俺が翼を広げるのも待たずに、サッサと自分だけ飛び去って行く。……本当、色々とマイペースだよな、あいつは……。


「マモン、ちょっと待って。ほら、アスモデウスにも教えてあげないと〜」

「あ?」

「リッテルちゃんをめでたく、お嫁さんにできたんでしょ〜?」

「……それ、ここで話す事?」


 俺が帰ろうとしたところで、迷惑にもベルゼブブが例の話を蒸し返し始めた。その言葉に、アスモデウスはもちろん、ベルフェゴールの背後に立っている色女も、穴が開くんじゃないかと思うくらいに俺を見つめてくるが。……女はこういう話題には妙に敏感だから、困る。


「……あの、さ。別に大した事じゃないだろうよ……。大体、お前ん所のエルダーウコバクだって同じ身の上だろうし」

「あっ! そこで俺を巻き込むの?」


 俺が咄嗟に被害を分散させようと水を向けると、エルダーウコバクから抗議の声が上がる。ベルゼブブが変な事を言い出したのも、元はと言えば、こいつがプロポーズとやらをしたのが原因だろうし。こうなったら……とことん、巻き添え食ってもらうぞ。


「だってお前も指輪、してんだろ? 俺だけ槍玉に挙げられるのは、不公平だろうよ?」

「不公平って。まぁ、立場的には俺も同じようなもんだけど……」

「しかも、お前は随分とルシエルちゃんの尻に敷かれてるみたいじゃん。それって、どうなの?」

「いや〜、それも心地いいというか。ルシエルの小っちゃいお尻に敷かれるのも、悪くない。しかも2人きりの時はべったり甘えてくるのが、最高に可愛いし……」

「そう、なんだ……?」


 何かを思い出したらしく、妙に嬉しそうに耳をパタパタし始めるエルダーウコバク。どうもこいつはルシエルちゃん絡みになると、キャラが変わるらしい。こんなに浮ついたエルダーウコバクは初めて見た。


「そういうマモンはどうなんだよ。リッテルに手懐けられて随分、大人しくなった気がするけど」

「別に、そういう訳じゃねーし。俺はリッテルの尻に敷かれてなんかないぞ」

「ふ〜ん……」

「な、何だよ……」

「ベルゼブブ、これ……どういう反応?」


 しどろもどろに答えたのが、良くなかったのか……俺を嘘発見器に掛けるつもりらしい。エルダーウコバクが親玉の好奇心を煽るように俺を指差して、意地悪く呟く。


「あ、うんとね……ふふふふ〜、マモンもお尻に敷かれてるっぽいかも〜? なんだかんだで、リッテルちゃんのお願いは叶えてあげてるでしょ?」

「ゔ……。そんな事ないぞ……多分。だって、リッテルはそんなワガママ言わない……し」


 結局、2対1で暴食の悪魔に詰め寄られて……何て答えていいのか分からなくなる。そして、俺のピンチがこの上なく面白いらしい。アスモデウスが涙も忘れましたと言わんばかりに、さも愉快そうに大笑いし始めた。


「アッハハハハ! 結局、マモンも天使の尻に敷かれてるの⁉︎ まぁ、あのマモンがねぇ〜。ウッフフフフ、オスカー! 今日は噂に尾ひれを付けて、ばら撒きながら帰るわよ!」

「はい、アスモデウス様。折角、こちらに来たのです。収穫したものは、公平に分け与えないといけませんね」

「そういう事〜。あぁ、最後の最後で面白い話を聞けたわ〜」


 ……待てよ、色欲の悪魔共。そんな噂を流されたら、こっちは大変だろうが。少しは、人の迷惑を考えろよ……?


「おい、ヤギメガネ! 収穫したものを公平に分けるって、これは収穫って言わねーし! 完全に搾取だし!」

「おや、流石にマモン様は返しもお上手ですね? ですが、生憎と僕達としては、女帝様のご機嫌が最大限に良ければ何事も問題ありません。魔界平和の為にもそこは我慢してください」

「我慢してください……って、平和になるのは、お前らだけだろうが! 俺の平和はどうなるんだよ⁉︎」

「知らな〜い」

「知らな〜い、じゃねぇよ! このクッソババア‼︎」

「ウブなマモン坊やは、お口も生意気なんだからぁ〜。まぁ、いいわ〜。ほら、オスカー帰るわよ。今頃、ジェイドも戻ってるでしょ。……今日は最大イベントもあるし、おめかししないと」

「……承知いたしました」


 最後に意味ありげな言葉を吐きながら、一方的に帰ろうとするアスモデウスの背後で、妙に苦しそうな顔で一礼するオスカー。……何れにしても、次に会った時は覚えてろよ……!


「おで、およめさんもらう、うらやまじい。おで、ごーでりあ、ひどりじめしたい」

「……私は甲斐性なしはごめんだぞ」

「そうなの〜? おで、かいしょうなし?」

「それにしても、嫁かぁ……そうだな。私は強い男に嫁ぐのが、希望かな?」

「ゔ〜……おで、そんなにづよくない。……おで、ごーでりあ、ひどりじめできない……?」


 こっちはこっちで妙に噛み合わない話をしながら、真祖の方が涙目になり始めるが。そうして、親玉の様子に慌てて色女がベルフェゴールを慰めにかかる。


「ほ、ほら! こんな所で情けなく泣くでない! お前は良くやったのだから、帰ったら褒美をくれてやるぞ。だから、顔を上げい」

「う、うん……おで、ごほうびほしい……」


 ご褒美って……確か、アレだよな? 最後の最後まで……怠惰ペアには色々と見せつけられた気がして、ちょっと悔しい。


「……俺もいい加減、帰る。リッテルと約束している事もあるし……もういいだろ」

「フゥン、そうなの〜? ……ま、アスモデウスも帰ったし、これ以上はいいか〜。それじゃ、僕達も帰ろうか。ハーヴェン。悪いんだけど、一応、締めといて〜」

「そうだな。……既に何人か帰っちまったけど……。今日はこの辺でお開きにします。ご参加、ありがとうございました。また何かございましたらお声掛けを致しますので、その際はよしなに願います。以上、お疲れ様でした」


 最後の雑談が会合に含まれるのはちょっと疑問だけど、サタンは既にそれどころじゃないみたいだし、偉そうな態度だけが加速したリヴァイアタンを抱えて、ザーハとやらも帰る準備を始めている。

 恋愛の話題はこいつらには、関係ないみたいだが。俺としては、アスモデウスの様子が1番気がかりだ。噂を振りまかれるのも迷惑だが、最後のセリフが妙に引っかかる。最大イベントって……他に何があるんだ?

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