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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−22 無効票のはずの3択目

「あの〜……俺の説明、聞いてました?」


 何やら、進捗がよろしくないらしい。エルダーウコバクが多数決を取り始めてから、だいぶ経っているが……さっきから、ちょいちょい困惑した声を上げては、手を止めているのにイライラする。たった2択だっつーのに、何をそんなに手間取っているんだよ。


「おい、どうしたんだよ? さっきから何を、まごついてんだ?」

「いや……俺としては、サタンかリヴァイアタンのどちらかのつもりで、皆さんに声をかけたんだけど……」

「だけど?」

「簡単に言うと……現在、妙に3択になりつつあって……」

「は?」


 俺が不服そうな声を上げたのに、理由を示すつもりなのか……エルダーウコバクが更に困った様子で、彼を見上げている小悪魔にもう1度、尋ねてみせる。


「え〜と、君はインプだよな? 改めて、もう1度、聞くけど。……どっちがいいの?」

「マモンしゃま!」

「あ、いや、だから……サタンかリヴァイアタンか、どちらかでお願いします……」

「イヤ」


 自分の意見を頑なに曲げない小悪魔にも、妙に丁寧な態度で応じる上級悪魔。そこはもうちょい、強気に出てもいいだろうに。エルダーウコバクはエルダーウコバクで、変に真面目だから、要領が悪い。


(それにしても……3択ってそういう事か)


 まさか、色欲の悪魔にまでご指名を頂けるとは、思いもしなかったが。2択の必要性を下級悪魔に理解させるのは、難しいんだろう。


「だったらさ、それ以外の選択肢は無効票扱いにすればいいんじゃない? 俺とベルゼブブは棄権してるんだし、無理に強要する必要もないだろうよ」

「あ……一応、言い訳するとだな。俺もそのつもりで、最初は集計していたんだぞ?」

「う〜ん、どれどれ? どんな感じなの?」


 余程、気になることがあるらしい。妙に煮え切らない部下のメモをベルゼブブが見やる。そうして、さも面白そうに口元を抑えると……気色悪い顔でニヤニヤし始めた。


「ふふふ〜ん? これは確かに……無視できる数字じゃないかもねぇ〜」

「……そうなんだよ……。ここまで3つ目を指定されると、無効票にするのも忍びない気がして……」


 情けない声を出しているエルダーウコバクの元に、今度はサタンの所のトリ頭もカツカツと歩み寄って、奴の手元を見やる。そして、ベルゼブブとは違った意味でさも面白そうに、サタンを焚きつけ始めた。


「あぁ、なるほど……。無効票のはずの3択目が、幅を利かせているのですね。サタン様、どうします? このまま行くと、マモン様に惨敗しますよ? これはこれは……参りましたね?」

「な、何ッ?」


 トリ頭が意地悪そうに呟くもんだから、真に受けて慌て始めるサタン。そうして、いよいよ釈明しなければと思ったんだろう。不意に名前が挙がった俺を他所に……エルダーウコバクが円卓の方に向き直ると、ため息混じりで事情を説明し始めた。


「あぁ……途中経過を発表すると、ですね。現在……サタンへの票は28票、リヴァイアタンへの票は6票なんですけど……」

「そうかそうか! やはり、皆も俺の方が玉座に相応しいと思っているのだな!」

「いや! まだ、決まったわけじゃないじょ⁉︎ 僕ちんがこれから、追い上げるんだじょ!」


 悦に入るサタンと、ギリギリと悔しがるリヴァイアタンだけど……ちょっと待て。集計してからだいぶ経っているのに、2人の合計数が34票っておかしくない? 喧嘩する前に、まずはそこに気づけよ。


「あ、あぁ……で、問題は3人目の獲得票なんだけど。……どう頑張っても、圧倒的でして。現在、マモンが79票でトップだったりするんだけど……」


 何、その数? しかも、俺を共通の敵認識したらしいサタンとリヴァイアタンに理不尽に睨まれて、バツが悪い。と言うか……俺は何も悪くないだろ。


「言っとくけど、俺は玉座、いらねーからな」

「うん、分かってます……。ただ、こうも偏るとなると、多数決も微妙な気がして……どうしようかな、と」

「いや、待てよ。俺を選ぶ奴は何が良くて、そんな事をするんだか……」

「あぁ〜、理由も簡単に聞いてはいるんだけど……」

「ふ〜ん? 理由はどんなのが、あんの?」

「うん。細かい理由は色々あるみたいだけど、大部分で考えると……皆さん的には、強い奴がいいんだって。だから、大勢で3択目を捻じ込んだみたいだな」


 強い奴……か。俺、かなり落ちぶれてると思ってたけど……意外とそうでもないってことか? それはそれで、結構なことだけど。今となっては、どうでもいい。


「強い奴がいいんだったら、やっぱりサタンでいいんじゃないの? トリ頭が言ってた通り、サタン本人以外の勢力も含めると、俺単体では敵わないし」

「あぁ〜、おでもそれでいいとおもう〜。まもんとべるぜぶぶ、ぎょくざにすわらない。だったら、つぎにつよいさたんでいいどおもゔ〜」


 ナイス、ベルフェゴール。言葉のテンポは微妙だが、何だかんだで感覚的なものはマトモだから、助かる。


「トリ頭ではありません! 私はヤーティですっ! ……まぁ、いいでしょう。サタン様、マモン様とベルフェゴール様のご推薦ですよ? ここは1つ、ビシッとアピールしなさいな」

「つまり……この場合は、俺がマモンよりも相応しいと思わせる理由があればいいんだよな?」

「そうなりますね」

「うぐ……ちょっと待ってろ!」


 俺がトリ頭と呼んだのにちょっと怒りながらも、結局は矛先を主人に向けるヤーティとやら。妙な調子で口を挟んだベルフェゴールの援護にちょっと感謝しつつ、サタンの言葉を待つ。


「うぐぐ……だったら、マモン! 俺と勝負だ!」

「あ?」


 待て待て待て、サタンよ。何で……そうなる?


「ここでどっちが強いか決めるぞ! それで、俺がお前より強いとなれば皆、文句もなかろうッ⁉︎ ……あ、魔法は抜きで頼む」

「魔法は抜きって……。真祖が魔法抜きの勝負を仕掛けて、どうすんだよ……」

「え、だって……俺、魔法あんまり使えないし……」


 さっきまでの勢いが急に萎んだように、情けない事を言い出す赤の脳筋。そこで弱気になって、どうするよ。


「一応、確認だけど。俺達は大怪我すると、再生できないのは分かってるよな? その上で勝負するって言ってんのか? しかも魔法抜きだったら、ガッツリ斬り合いになるだろうが。……こんな事で痛い思いをするの、俺はごめんだぞ」

「に、逃げるのかッ⁉︎」

「そういうことでもいいけど? ほらほら、俺に不戦勝したんだから、玉座はお前の物でいいんじゃない?」

「ふ、ふん! そういうことなら、それでよかろう! どうだ、ヤーティ! マモンに勝ったぞ⁉︎」


 ……どことなしに得意げなサタンだが。一方でトリ頭は流石に、勝利がハリボテである事は見抜いているらしい。こっちはこっちで、憤怒の悪魔の本性を見せ始めたっぽいぞ?


「それ、勝利のうちに入るんですか? サタン様は……こんな情けない状況を、易々と受け入れるとでも⁉︎」

「えっ、ヤーティ……何を怒っているのだ?」

「大体、あなたはいつも頭脳も機転も足りないのです! いいですか⁉︎ ここは弁論で、相手よりも自分が相応しい理由を述べなければいけない所でしょう⁉︎ それを何ですか! マモン様相手に妙な勝負を吹っかけた挙句に、態度でも答弁でも、完全に負けているではないですか⁉︎ こうなれば、もう結構! あなた様はその資格に相応しくないと、私は判断しますッ!」

「ちょ、ちょっと待て! 今の……何か、いけなかった?」

「ほほぉ〜……サタン様はここまで言われても、理由をご存じないと……?」

「あっ、ヤーティ! お説教は……」

「大丈夫ですよ? そちらは後で、た〜っぷりと致します故。あなた様がすべき事は……それに対する、覚悟だけですから……!」


 ……お説教の中身が相当、怖いらしい。真っ赤だったサタンの顔が心なしか、青ざめて見える。えぇと、しかし……これって結局、どうなるんだ?


「ハーヴェン。この状況、どうする? どうする〜?」

「そうだな……。えっと、ヤーティ。サタンサイドは玉座の所有を棄権でいい……のかな、この場合」

「えぇ、結構。今の醜態で、主人を教育し直す必要性を改めて実感致しましたので。こうなれば、徹底的に君主がなんたるかを……帝王学も含めて、みっちり再教育いたしますッ‼︎」

「さ、再教育⁉︎ ヤーティ、それはちょっと……エェッ、本当にするの⁉︎」

「当然ですッ! 帰ったらお説教も含めて……この先、最低でも1ヶ月間はシゴきにシゴきますから、そのおつもりで!」

「そ、そんなにッ⁉︎」


 なんだろう……。ここまでサタンが情けないと、トリ頭の方が憤怒の大悪魔な気がしてきた。


「それじゃ、自動的に玉座の持ち主は……」


 エルダーウコバクが言いかけたところで、何やら野次馬どもが騒ぎ出す。リヴァイアタンの玉座所有に対するブーイングかとも思ったが、違うらしい。あぁ、なるほど。騒ぎを聞きつけて、アレがお出ましになったか。全く、こんな時に……。そもそも、こんな場所を指定したベルゼブブが悪い気がする。これで帰りが更に遅くなったら、どうしてくれるんだよ。

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