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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−21 この風景に似た景色

 ハーヴェンさんの新作のチョコレートを堪能した後、父さまの庭で魔力コントロールの練習に励むエル。ここ数日、エルは随分と真剣に僕の話を聞いてくれるようになって、少しずつ、コントロールも上達しているように見える。ただ……妙に理解しきれていない部分があるとういうか。きちんと魔力の「消化」までできていないみたいだから、人間界で安心して暮らすのは難しい気がする。


「うぅ〜……ねぇ、ギノ。鱗に魔力を送るのって、どうすればいいの?」

「そうだね……竜界だと、なかなか感じづらい部分があると思うけど……。魔力を取り込んだ時、角のあたりにちょっと違和感があったりしない?」

「いわかん?」


 エルは「違和感」の意味が分からない様子だ。魔力コントロールを教えるのに苦戦しているのは、エルが「言葉の意味が分からない」のと同時に、僕も「どう言い換えればいいのか分からない」から、伝え方が今ひとつになっている部分が大きいと思う。

 ……父さまやハーヴェンさんだったら、しっかりと分かりやすい言い換えができるんだろうなぁ。


「えっとね……何かが入り込んできた感覚っていうか。ほら、さっきのチョコレートは口に入れた時に“何かが入ってきた”って感覚があったでしょ? それを飲み込んだ後は、お腹の中で溶けていく感じがあったの、覚えてる?」

「うん。それは何となく、分かるの」

「それと一緒だよ。僕達は魔力を角でキャッチして、食べているんだよ。それで魔力はお腹の中じゃなくて、鱗に食べたものを落とし込むんだ。ただ、チョコレートと違って……きちんと鱗に意識を向けられないと、魔力はそっちに流れていかないから、ただ食べるのよりは難しいんだけど……」

「そっか。お腹じゃなくて、鱗にチョコレートを流せばいいのね!」

「あ、チョコレートじゃないけど……まぁ、分かりやすいのなら、それでもいいかな……」


 魔力をチョコレートに置き換えて説明したのは、失敗だったかな。でも、勘違いとは言え、それでエルの方が何となく理解できたのなら……それでもいいのかもしれない。

 そうして真剣な面持ちで意識を集中し始めるエルだったけど、「チョコレート、チョコレート」と呪文が聞こえてくるのを目の当たりにすると……やっぱり何かが違う気がして、不安になる。どうしよう。これは、間違ったことを教えちゃったんだろうか。


「坊っちゃ〜ん。そろそろ、お帰りの時間になるでヤンすよ」

「ギノ、エルノアちゃんの調子はどうだい?」


 しばらくそんな事をしていると、コンタローと神父様が僕達を呼びに来てくれる。あぁ、もうそんな時間なんだ……。


「そっか、夕方かぁ……エル、今日はどうする? もう少し続けるかい?」

「う〜ん……今日は向こうで、今の感覚をちょっと試してみるの」

「そっか。それもそうだよね。ここだと魔力はたくさんあるけど……人間界で、どんな感じかは分からないもんね……。それじゃ、続きは向こうに戻ってから話そうか」

「うん!」


 僕達のやり取りを聞いた後、一緒に帰れると分かって安心したコンタローが、嬉しそうにエルの腕の中に収まる。その感触にきっと、エルも安心するものがあるんだろう。真剣さが途切れてしまうのが、勿体ない気がしたけど……根を詰めたら、エルも疲れちゃうよね。


「神父様? どうしました?」


 コンタローを抱えたエルと一緒に、父さま達の所に帰ろうとすると……さっきまで柔らかな表情を見せていた神父様が、中庭の林檎の木を見上げて難しい顔をしている。どうしたのだろう?


「神父様……どうしたんですか?」

「あ、あぁ……ごめんね、ギノ。この立派な木を見ていると……大事な事が思い出せそうな気がして。……何故だろう。どこかで、この風景に似た景色を見かけた気がして……仕方ないんだよ」

「……ここと似た景色、ですか?」

「あぁ……でも。色はこんな感じじゃなかったかな……。白かったと言うか……ぅぐ……」


 そこまで言って、苦しそうに頭を抑える神父様。表情はどこか険しくて……それでいて、何かに興奮しているようにも見えて、不安を覚える。神父様が林檎の木を見つめていた時の表情は、明らかに「怒った」顔だった。一体、神父様は……どこでそんな景色を見たというのだろう。


「神父様、帰りましょう。……あまり無理に考えてもいけないって、ハーヴェンさんも言ってたし……」

「そ、そうだね……。白い景色は……きっと、ここではないどこかの記憶なのだろう。思い出すのには……何かがまだ足りないようだ」


 そこまで寂しそうに言って、神父様が諦めたように首を振る。それでも、僕が不安そうな顔をしているのを慰めるように優しい顔に戻ると、いつかのように骨ばっているけれど……ちゃんと暖かい掌で、僕の頭を撫でてくれる。


「心配させて、すまないね。でも、大丈夫。必要なことはきっと思い出してみせるよ。……私は前を向かねばならないのだから」

「……はい」


 以前、ハーヴェンさんに悪魔の記憶喪失の話を聞いた事があった。あれは確か……「ハール・ローヴェン」の真実を聞いた、あの日。悪魔は闇堕ちの時に辛い思いをすればするほど、死ぬ前の記憶がたくさん残るのだそうだ。そして量が多いほど、辛い記憶に対する封印も硬くなるんだ、とも言っていた。

 悪魔にとって、「辛い記憶」は「不要なもの」になるらしい。悪魔は欲望を満たすのに、邪魔になるもの……辛い記憶も……を捨てる傾向がある。だから、辛い記憶をわざわざ思い出そうとする悪魔は少ない……ってハーヴェンさんはちょっと悲しそうな顔をしていたっけ。

 そもそも、辛い記憶は思い出すこと自体も大変で。封印の鍵は記憶のいろんな所に散らばっていて、その鍵をたくさん集めて「最期の時」……自分が死んだ時の記憶を思い出す事で、封印が解けるらしい。そして、解放された記憶を「追体験」する事で、全ての記憶と本当の力を取り戻せると聞いたけど。……ただ、試練に耐えきれなくて死んでしまう悪魔も少なからず、いるそうだ。

 ……僕はこれ以上、神父様には辛い思いはさせたくない。きっと悪魔になった時に、僕が想像もできないような苦しい思いをしたんだろう。それを思い出して、もう1度体験するなんて。試練自体は無理にしなくてもいい事らしいのだけど、きっと神父様は受けると言い出すだろう。神父様の記憶……。辛い事に対して、更に辛い思いをして……そこまでして思い出さないといけないんだろうか。


(封印された思い出……。僕達が知らない、神父様の悲しい思い出……)


 僕にはその記憶がどんなものかなんて、見当もつかない。だけど、なんとなくだけど……記憶が戻った時、神父様が神父様ではなくなるような気がして、怖い。

 ……僕は卑怯だ。神父様が今のままでいる事を望んでいないのは知っているのに、僕は自分のために今のままの神父様でいてほしいと願っている。たった2人になってしまったけど、一緒に今までの分をやり直すだけでもいいんじゃないかと、身勝手な事を考えている。他のみんなが犠牲になったのをつい忘れて、「自分のためだけに」そんな事を考えている。いつから僕は……こんなに卑怯になったんだろう。

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