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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−8 「当たり前じゃない」の差

 朝、目覚めて起き上がろうとすると。肩に何かが乗っかっていて、うまく起き上がれないことに気づく。そうして、重たい左肩を見やれば……そこにはリッテルの頭が乗っていた。俺にピッタリとくっついて丸くなっている彼女の唇から、確かな寝息が漏れていることに安心して……起こさないように、細心の注意を払いつつ。左肩から彼女の頭を枕に戻すと、少し遅れて神経が全身に巡り始める。


(ん……?)


 やがて巡った神経が妙に暖かい違和感をキャッチしてきたので、むき出しになっている腹を見下ろすと……今度は俺の上で、グレムリンが丸くなっているのが見えた。だけど、さ。何で、こんなところにグレムリンが? しかも……!


「俺の腹をベッド代わりにするとは、良い度胸だな、この野郎……! ダァッ‼︎ サッサと起きろ! クソッタレがぁっ‼︎」

「あ、マモン様おはようございます〜」

「おはようです〜」


 俺が一喝しても悪びれることもなく、3人揃って寝ぼけ眼で挨拶をしてくる。奴らの落ち着き具合に、こんなもんかと、俺も納得し始めるが……そうじゃない。いや、違うだろう。


「おはよう……って、違げぇし! お前ら、何でこんなところまで上がり込んでるんだよ!」

「えぇ〜、だって外は寒いし……。おいら達も、天使様と一緒にスヤスヤしたいです」

「最中はドアの前で待ってましたから、大丈夫ですよぅ?」

「ウフフ、マモン様って天使様には優しいんですね。僕達、外で見守ってました!」


 明らかに昨晩のを覗き見していたらしい発言に、今度は怒りを通り越した恥ずかしさで、頭が沸騰し始める。ピーピングの趣味があるのは、ベルゼブブだけにしておけよ……。


「あぁ〜! もう! どうして、こうも魔界には落ち着ける場所がないんだよ! 夜のは、見世物じゃねぇし!」

「そうなんですか?」

「だって、今だって……」

「あ?」

「今だって、丸見えですよぅ?」

「……〜〜〜〜〜ッ!」


 勢いで飛び起きて、グレムリン達を怒鳴りつけていたものだから、今の今まで自分が裸だったことすらに気づけないまま……3人に色々と凝視されると。何て言ったらいいのか、分からなくなってくる。そうして、そんな事をやっているうちに、リッテルを起こしてしまったらしい。クスクスと笑い声が聞こえてくるので、振り向けば。彼女はとても嬉しそうに口元を抑えて、笑いを噛み締めているようだった。


「あ、天使様おはようございます〜」

「おはようです!」

「フフフフ、おはよう? 朝からみんなで、仲良く何をしているの?」

「いや、これは……不可抗力というやつで……」

「そうなの?」


 しっかりと掛け布団で胸元を隠しつつ、俺の顔を見つめながら嬉しそうにされると、どう答えて良いのか分からない。そもそも、笑ってもらえるのが初めてだったりするものだから……恥ずかしい反面、少し嬉しい。


「とにかくお前ら、着替えるまで外で待ってろ。……着替えたら、それなりに構ってやるから」

「は〜い!」


 結局、怒ることもできないまま。グレムリン達を部屋の外に追い出すと、放り投げてあった服を拾い上げる。


「ほら、お前も。サッサと着ないと、風邪ひくぞ」

「うん、ありがとう。でも、天使は風邪ひかないのよ? 知ってた?」


 えっ? そうなのか? 天使って、風邪ひかないんだ……?


「悪魔は風邪、ひくの?」

「うん、まぁ。ただ、いわゆる風邪とはちょっと違うかな。原因は寒かったり、疲れていたりとか、色々あるんだけど。魔力のバランスが崩れたりすると、熱が出たりして……怪我はある程度治っても、意外と俺達は病気には弱くてな。1度悪化すると、あっという間に死んじまう奴も少なくない」


 意外と丈夫らしい天使の一方で、悪魔は普通に病気に罹ったりする。まぁ、もしかしたら天使も風邪以外の病気はするのかも知れないが……彼女達には、回復魔法があるからなぁ。悪魔は回復魔法に頼ることができないから、怪我はともかく……病気は薬草なぞを頼るしかない。


「と言っても、真祖の悪魔は自然治癒能力はあっても、再生能力はないもんだから。大怪我すると、そのまんまだったりするんだけど」

「大怪我?」

「あぁ、腕が無くなったりとか、翼をもがれたりとか。上級悪魔までは手足とか翼程度なら再生するんだけど、真祖にはその恩恵は与えられていないんだよ。だから……俺の角は折られたまんまだ」


 しかも、真祖の悪魔は怪我の自然治癒さえない状態だ。考えたら、俺……よくここまで生き延びられたなぁ。


「そう、なんだ。……真祖って結構、大変なのね」

「どうだか。その代わり結構な魔力と権威は与えられているし、そんな大怪我をするような間抜けは真祖を名乗る資格がないってことなんだろ。どっちにしても、魔界じゃ喧嘩で怪我をするような弱い奴が悪いんだよ。……どんなに理不尽な理由だろうと、負けた方が圧倒的に悪い。ここはそういう世界だ。それ以上の理由なんか、ありゃしない」


 結局は諦めた風に言いながら、上着のファスナーを上げると。背中に柔らかな重みが乗っかってくる。無言ながらも、自発的なスキンシップに必要以上にドキドキしてしまうが。しかし、彼女の方はどうも……俺と戯れあいたくて、抱きついてきた訳ではないらしい。


「……リッテル?」

「そんなの、悲しいじゃない。誰だって、生きているのは一緒なのに。どうして、そんなに簡単に切り捨てられるの?」

「どうして、って……」

「だって……とっくに切り捨てられるはずだった私を助けてくれたじゃない。……どうして、同じように他の子も助けてあげられないの?」


 ヴっ……。そんなにウルウルと見つめないでくれよ。それ、悪魔にとってはかなりの難題なんですけど。


「……お前らと違って、悪魔には博愛なんてのはないもんでね。弱っている奴を心配するどころか、一緒になって痛めつけるのが普通だったりする。俺がお前を生かしたのは、お前が俺にとって特別だったからだ。悪魔の優しさは無償じゃねぇんだよ」


 助けることによって、旨味はあるか?

 相手が助ける価値があるかどうか?

 悪魔の優しさには必ず、損得勘定が存在する。ベルゼブブみたいに世話好きな奴も、いるにはいるが。あいつは完全にレアケースだ。


「お前はお人好しのところがあるみたいだから、忠告しておくけど。魔界で過ごすつもりなら、多少の警戒心と猜疑心は持っておけ。お前に近づいてくる奴は大抵、無害じゃない事を理解しろ。頼むから、これ以上目立つことはしないでくれよ。悪魔は回復魔法を一切使えない。お前の存在は回復魔法を使えるというだけでも、かなりの価値がある。その力があったせいで、何かに巻き込まれてからじゃ……遅いんだよ」

「だけど……」

「……そういう部分もきっと、悪魔と天使は相容れないんだろうな。納得しろ、なんては言わない。ただ、お前が思っている以上に魔界にはイヤな奴が多いんだよ。俺も含めて、な。それだけは……間違いないんだから」

「そう、ね……。分かったわ。あなたの言うことは、きちんと聞くわ。それで……私は今日もあの子達と掃除していて、良いかしら。……出かける時は声をかけて」

「あ、うん……」


 そうして、少し俺の背中を押し戻すように身を離すリッテルだったが。俺が振り向いても、目線を合わせることもなく、悲しそうに目を伏せて部屋を出て行ってしまう。彼女には殊の外、厳しい内容だったのか……或いは俺の事を薄情者だと思ったのか。何れにしても、明らかに落胆している様子の背中を見つめながら、ため息をつく。


 彼女に嫌われたくない。

 でも、それ以上に彼女を失いたくないし、誰かに取られたくない。

 このまま彼女が誰にでも優しくし続けて、他の悪魔の目に留まって……彼女もそいつが良いってなったら。どうやら薄情者らしい俺から離れて、誰かの元に行ってしまうかもしれない。それだけは……何が何でも避けたい。でも、それを正直に言ったところで、彼女はなんて答えるだろう。


(……やっぱり嫌われた、のかな。今のは……)


 距離を縮めたくても、うまく縮められなくて。心底心配しているのを伝えようとしたら、却って嫌われて。どうしたら良いんだろう。どうしたら……。


(いつになったらこれ、渡せるんだろうな……)


 無造作に放り投げてあった上着のポケットに、きちんと入ったままの指輪を確かめて肩を落とす。

 また彼女の笑顔が見たい。次はできれば……その笑顔を独り占めしたい。笑顔だけじゃない。彼女の何もかもを、独り占めにしたい。

 でも、俺にはどうすれば良いのか分からない。嫌われ方はいくらでも知っているけれど、好かれ方は何1つ知らない。どうして、今までそんな事も知らずに生きてきたんだろう。どうして、誰もそんなに大事な事を教えてくれなかったんだろう。

 悪魔として生まれた時から当たり前だと思ってきたことが、彼女にとっての当たり前じゃなかった。その「当たり前じゃない」の差を埋めるには……どうすればいいんだ?

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