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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−7 何事も程よく諦めが肝心

 ルシファーを見送って、他のメンバーが各自引き上げていった後。俺に用事があるらしいベルゼブブが、リビングに居座っている。きっと、何か相談があるだろう。ベルゼブブの方から話があるなんて、珍しいこともあるもんだ。

 そんな事を考えつつ……片付けをしながら、追加のお茶とブルーベリースコーンを運ぶと。これまた遠慮なく齧り付くベルゼブブ。さっきあれだけ食べたのに、まだ食うか。本当に、こいつの食欲は底なしだよなぁ。


「ね、ね。ところでルシエルちゃんはその後、どう? ハーヴェンとイチャイチャしてる?」

「え、あ……程々には……」

「程々って、どのくらい?」

「……ったく、嫁さんに下世話な話を振るなよ。ルシエルが大胆になるのは、俺の前だけなの。お前相手にぶっちゃけたりしないし」


 俺が何気なく言うと、不服な部分があるらしい。ルシエルがちょっと怖い顔をしながら、低く呟く。


「……ハーヴェン。私がいつ、大胆になったと言うんだ?」

「あ、否定しちゃうの? もぅ〜、いい加減もうちょい素直になれよ〜。お風呂に入った後は、いつも俺にべったりじゃないか」

「……だって、その位しか一緒にいられる時間もないし……って、何を言わせるんだ! この悪魔!」

「フゴッ⁉︎」


 久しぶりに右頬に嫁さんの左ストレートが炸裂して、思わずよろける。しっかし……相変わらず強烈だな、コレは。


「アッハハハ! そう、仲良くやってるの。ルシエルちゃんは凶暴みたいだけど、それも愛なのかもね〜」

「こ、これはそう言うものではないですっ! と、とにかく何かお話があるのでしょう?」


 言い訳しながら、ベルゼブブに取り繕う様に向き直って、顔を真っ赤に染めるルシエル。俺の方は、頬がジリジリと痛むけど。赤面も理不尽さもルシエルの魅力だから、仕方ないか。


「あぁ、そうそう。ハーヴェンって、えぇと……こっちの時間で明後日とか、暇だったりする?」

「明後日? 特に用事はないけど?」


 うん? あのいい加減なベルゼブブが……日付を気にしてくるなんて。なんだ? 待ち合わせか?


「それじゃ、ちょっとお願いがあるんだけど。ほら、ルシファーが神界に帰ったから、ヨルムの玉座が空っぽでしょ? 誰が所有するかを、決めないといけなくて……。マモンはどうも、戻る気もないみたいだし、こればっかりはみんなで話し合わないと。そこで、2000年ぶりに大悪魔同士で会合を開く事にしたんだよ。で、他のメンバーはともかく……ベルフェゴールが起きている日で設定しないといけなくて。最悪の場合、コーデリアに連れてきて貰えればいいんだけど……ベルフェゴールが起きていないと、苦労するだろうし」

「それは分かったけど、俺の都合が何か関係があるのか?」


 今ひとつ、話の内容が見えない。大悪魔の会合で日取りを気にしないといけないのは、分かったが……俺の都合を気にする必要、あるのか?


「もぅ、ハーヴェンは僕のナンバー2でしょ〜? 大悪魔の会合は、お供を1人同伴させるのがデフォルトなの。2000年前は仕方なく、ウェアウルフを連れていったりしたんだけど……話も点で伝わらないし、居た堪れなくて。僕も恥かきたくないし、ハーヴェンに付いてきて欲しいんだけど」

「あぁ、そういう事……と言うか、俺でいいのか? 俺は悪魔としては、ヒヨッ子だと思うけど」

「別に大丈夫。と言うか、僕の配下で上級悪魔はハーヴェンしかいないし。お前以外にまともに頭使って会話できる子、いないもん」

「……それはそれで微妙だな、オイ」


 暴食の悪魔は本能が色濃く出るせいか、あまり聡くない傾向があるのは知っていたが……。ここまでだったとは。

 まぁ、確かに……ウェアウルフも短い単語を連発する程度の会話しかできないし。かと言って、最下級悪魔のウコバクをお供にしても、メンツが立たないのだろう。しかも、頼りのクロヒメもいないし……。


「……悪魔の世界も色々と大変なんですね」

「そうなんだよ〜。本当は6人で力を合わせないといけないらしいんだけど、そんなの考えたこともないし。みんな自分勝手だから、そんな頭、ハナからないし。そういうことで……今回は原因を僕の配下が作ったりしたもんだから、幹事をやってるだけなんだけど。ヨルムツリーはヘソを曲げると、意地悪で面倒臭いから、彼の意向は最低限守らないといけなくてね。だから明後日、ハーヴェンにはこっちに帰ってきて欲しいんだけど。大丈夫かな?」

「分かった。明後日は予定を空けておくよ。……というか、この間のことで結局、面倒かけているわけね。却って、悪かったな……」

「ベルゼブブ様にご迷惑をおかけしているとは、知りませんでした……。本当に申し訳ございません」


 俺が頭を掻きながら言っている隣で、必要以上に恐縮してベルゼブブに謝辞を述べる嫁さん。そこまで真剣に捉える必要もないと思うのだが、彼女は自分達が巻き込んだと思っているのだろう。


「あ、別にそれはいいよ〜。どっちにしても、ルシファーもそろそろ潮時だったと思うし。あいつはあいつで、体の良いキッカケができて良かったんじゃないかな」

「それ、どういうこと?」

「ルシファーは闇堕ちした……つまり1度死んでいるとは言え、翼は白いままだったでしょ? ……マナの束縛で苦しんでいたのは何も、リッテルちゃんだけじゃないんだよ」


 あっ、確かに。ルシファーの翼、魔界でも白いままだったな。


「あいつは魔界にいる間、罪悪感と自己肯定の間で戻る、戻らないをいつも悩んでたみたいでね〜。そういう意味ではマモンから奪ったヨルムアイは、彼女にとっても助けにはなったんだろうけど。まぁ、そんな中で君達がわざわざ訪ねてきて、まだ神界に必要とされていることが分かって。ようやく決心が着いた、ってとこなんじゃないかな。だから、ルシエルちゃんが申し訳なく思う必要はないよ〜」

「ですが……」

「魔界ではそういうの、ウジウジ悩むのは格好悪いの。欲望に忠実になるには、悩みなんか吹っ飛ばさないとね。……天使ちゃん達には、難しいとは思うけど。思い切って悩まないっていういのも結構、大事だよ。何事も程よく諦めが肝心だから。だから、そんなに悩んだり、申し訳がったりしなくて良いよ。そんな風にされると、僕、却って困っちゃう」


 緑の鱗に覆われた人差し指を立てて、チッチッチ、と楽しそうにしながら嫁さんを励ますベルゼブブ。相変わらず、口調はちゃらんぽらんだが。これでも魔界の重鎮であることは、間違いない。理由はどうあれ……根はお節介なベルゼブブが仕方なく、他の真祖をまとめているに過ぎない気がするが……。こいつの社交性はそういう意味でも、貴重だと思う。


「そういうことであれば、会合とやらの茶菓子にチョコレートでも持っていくかな。ルシエル、悪いんだけど」

「うん、分かってる。必要な材料は用意するから、リストをちょうだい。……あ。だったら……」

「あ、こっちも分かってる。アプリコットのボンボンショコラはルシエル用に多めに作るから」

「うん!」


 ちょっとしょんぼりしていたルシエルの顔がパァッと明るくなったかと思うと、幸せそうに満面の笑みを見せる。この笑顔を貰えるんなら、いくらでも彼女の好物を作ってやりたい気分になるが……一方で、指を咥えて羨ましそうにしているベルゼブブの様子が気になり始める。でも、口元が思いっきり面白そうに歪んでいるし、悪戯っぽい表情に……面前でイチャつき過ぎたかなと後悔する。


「あぁ〜。妬けるね、妬けるね〜。僕も多めにチョコが欲しいかも〜」

「安心しろ。ちゃんと多めに作るから。特に、お前は1人前で足りた試しがないし」

「ハーヴェンはさっすが、分かってるぅ! それじゃ、明後日ヨロシコ。チョコ、楽しみにしてるから」

「おぅ、任せとけ」

「うん。それじゃ、話も済んだし、これから先は2人の時間だよね〜。僕としては見学したい気もするけど、それはちょっと野暮かな」


 用件も済んだと、帰りのポータルを構築すると……陽気に手を振って帰っていくベルゼブブ。そんなベルゼブブを手を振りながら、見送る嫁さん。今日の夕食は何だかんだで、随分と騒がしくなったが……まぁ。食卓が賑やかなのは、実に良い事だ。

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