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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−4 僕も混ざって構わない?

 今日は間に合ったと少し安心しながら家に帰ると、モフモフ3人組が出迎えてくれる。特にコンタローは私に会うのが久しぶりのせいか、真っ先に飛びついてきては、腕の中に収まってきた。


「姐さん、お帰りでヤンす! アゥゥ、会いたかったでヤンすよぅ……!」

「ただいま。コンタローも苦労したみたいだね。ごめんね、大変な思いをさせて」

「大丈夫でヤンす。おいら、あっちでも可愛がってもらえてたし……」

「でも、随分と疲れた顔をしてたけど? ……ったく、コンタローは妙に働き者なんだから。そんなんだから、巻き込まれるんだろうが」


 大丈夫と言う割には、疲れ顔のコンタローをダウジャが囃す。その横でクスクスと笑うハンナも含めて、一緒にリビングに戻ろうと促すと、3人とも素直に返事をしてくれるのが、とても嬉しい。


「マスター、お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でございました」

「お、お帰り〜。今日は間に合ったな?」

「うん、ただいま。今日はちゃんと帰ってこれた……って、あれ? エルノアとギノは?」


 リビングに到着すると、そこには普段いるはずの子供達がいない。自分の部屋にでもいるんだろうか?


「あぁ、エルノアがようやく本気を出すつもりになったと言うか。あっちで魔力コントロールをもっと練習するって言い出したから、ギノも一緒に残ることになったんだ。……ほれ、今はゲルニカも手が離せないだろ? だから、指南役と補助役をギノがすることになったんだよ」

「そうだったの? まぁ、エルノアだけ残したのでは、ゲルニカも苦労するだろうし……それはそれで、仕方ないか……」

「ま、そういうこと。ということで、夕食にするぞ〜。さぁ、全員、座った座った」

「今日はどんなお料理をいただけるのでしょうね。こうしてお食事をいただけるのは、とてもありがたいことです」


 コンラッドがしみじみと呟く横には、言葉はなくても、明らかに食事を楽しみにしているダウジャとハンナがワクワクした様子で腰を下ろす。


「で、コンタローはここだよね」

「あい!」


 定位置の椅子にコンタローを下ろすと、とても嬉しそうに尻尾を振る様子が、相変わらずあざとい。それでも妙に懐かしくて、幸せな気分にさせられる。


「は〜い、お待たせ。今宵のメニューはローストビーフのパイ包み焼きとクラムチャウダー、白身魚のパテ入りサラダです。パンはくるみのカンパーニュとバゲットを用意しています。好きな方をスープにつけて食べるのが、オススメだぞ」

「待ってました! いただきま〜す!」

「いただきます」


 全員に食事が行き渡って、カトラリーの音がカチャカチャと鳴りはじめた頃。ハーヴェンとコンタローが何かに気づいたらしくて……一様に同じ方向に振り向く。彼らの様子が妙だったので、私も思わず視線の先に向き直ると。……そこにはいつかに見たことがある紺色の魔法陣が浮かんでおり、向こう側からこれまた、見たことがあるニヤケ顔が現れた。


「ヤッホ〜、おっ久〜。ベルちゃん、遊びにきちゃった〜……あ、もしかして食事中? 食事中? いいなぁ〜。僕も混ぜて欲しいかも〜」

「絶妙なタイミングでやって来たな、お前は。……ほれ、さっさと座れよ。メンバーが2人も減ってるし、一緒に食べてくれると助かる」

「本当? やー、ハーヴェンは相変わらず優しいよね〜。それじゃ、遠慮なっく〜。ルシエルちゃんも、いい? いい? 僕も混ざって構わない?」

「えぇ、もちろんです。是非、ご一緒にどうぞ」

「ウフフッフ〜! さっすがハーヴェンのお嫁さん〜。ベルちゃん、超感激〜」


 相変わらずのおちゃらけた様子に、緊張感が抜ける気がするが……これで魔界屈指の実力者だというから、恐ろしい。ルシフェル様からもベルゼブブには嘘を見抜く能力があると言われたばかりだし……変に取り繕わない方がいいのかも知れない。


「ベルゼブブ様、お久しぶりです。……あの、いつぞやはとてもお世話になりました」

「悪魔の大旦那が作ってくれた長靴のおかげで、こっちは元気にやってますぜ。ありがとうございました」

「ウンウン、君達も元気そうで何より〜。長靴も問題ないみたいだね」

「あい! ベルゼブブ様の長靴でダウジャ、魔法の練習をたくさんできるようになったでヤンす。おいらとダウジャで魔法の競争をしているでヤンすよ? おいらの方がちょっと遅れてますけど……みんな元気でやってるでヤンす」

「そっか〜。コンタローも元気そうだし、僕、安心したよ」


 楽しそうに空気に馴染み始めたベルゼブブにも丁寧に同じメニューと説明をやりながら、ハーヴェンが食事を促している。そうして抜かりなく、彼がパン籠に中身を追加しているところを見るに……ベルゼブブの食欲が並ではない事を思い知らされる気がした。


「ところで、ベルゼブブ。今日は何の用だよ? お前のことだから、食事をタカりに来ただけじゃないんだろ?」

「ふょうは……ひゃーてぃ、ひゃんから……ふらんひーひゃんの……」

「誰も口に物を入れながら答えろとは言ってない。答えは飲み込んでからにしろ」

「ごっくん。……もぅ〜、ハーヴェンのイケズ〜。最初からそう言ってよ〜」

「それは常識の範疇だ。そんな事をいちいち注意させるなよ……」

「えぇ〜、そうなの? そうなの〜? ま、いいや。えっとね。ヤーティちゃんから頼まれていたものを届けに来たんだよ」

「ヤーティ……ってサタンの所の?」

「うん、そう。で、プランシーちゃんはその後、どう? 落ち着いた?」


 どうやら、届け物はコンラッド絡みのものらしい。ベルゼブブが話を向けると、コンラッドが朗らかに答える。


「えぇ、問題ありません。こちらでの生活は、怒るようなこともないくらいに穏やかですので……」

「そう? それは何より。でも、君はまだ記憶も不安定みたいだから、ヤーティちゃんがもんの凄く心配しててね〜。それで、ちょっとした魔法道具の錬成を頼まれてたんだけど。3つあるから、後で渡すね〜」

「3つも、ですか?」

「うん。まぁ、2つは補助の道具なんだけど。メインはヤーティちゃんがサタンに秘蔵の品を出させて依頼して来たものだったから。僕、張り切っちゃった〜」


 嬉しそうにそんな事を言いながら、ぶ厚めに切り分けたローストビーフを口一杯に放り込んだ後、カンパーニュを丸ごと頬張るベルゼブブ。頬をパンパンに膨らませながら、手は更に追加のバゲットに伸びている。


「……あ、とにかくみんな、食事の続きをどうぞ。ベルゼブブの食事作法がはっちゃけてるのは、今に始まった事じゃないから。……気にしないでくれるか」

「は、はい……」


 テーブルの向かい側で幸せそうに頬を膨らませている親玉に……呆れた解説を加えて、食事を促すハーヴェン。そんな風に食事を再開したところで、今度は玄関の方からまたもや、聞き覚えのある声が響いてくる。


「若造! 食事しに来てやったぞ! さっさと出迎えんか!」

「……選りに選って、ルシファーまで来たか……」

「あ、私が出迎え……」

「いいよ、ルシエルは食事を続けてて。ご指名みたいだし、俺が行ってくる。……は〜い、ただいま〜」


 私が腰を浮かせたのを制止して、ハーヴェンが返事をしながらルシフェル様を出迎えに向かう。彼の背中を見つめながら、今度はきちんと口の中の物を飲み込むと、ベルゼブブが面白そうにニヤニヤし始めた。


「ふ〜ん。ルシファーもハーヴェンの料理に夢中なの? ね、ね、どうなの、ルシエルちゃん?」

「……えぇ、そのようです。この間、こちらに来た時にハーヴェンの料理が殊の外気に入ったようですので、また来ると宣言していたのですが……」


 私達が他愛のない話をしているところで、カツカツと靴を鳴らすルシフェル様がリビングに顔を出す。そうして、食卓にベルゼブブの背中があるのに気づいて……急激に不機嫌そうな顔をし始めた。


「……何で、お前がこんな所にいるんだ?」

「えぇ〜? だって、ハーヴェンは僕の配下の悪魔だよ? たまには食事くらい、しに来るよ〜」

「これはどう見ても、私が主賓だろう。さっさと席と食事を譲らんか」

「ヤダ〜。絶対に譲らな〜い」


 身勝手な事を言い出すルシフェル様に、天使長相手でも断固譲らないベルゼブブ。そんな2人を、まるで子供をあやす様に諌めながら……ルシフェル様の食事を運んで来るハーヴェン。ベルゼブブはともかく、ルシフェル様に関しては非常に申し訳ない気分になってしまう。


「ったく、みっともなく喧嘩しないの。心配しなくても、ルシファーの分もあるから。サッサと座れよ」

「うむ! そういう事なら、デザートまでしっかり食べてやるぞ」

「へいへい……あぁ、そうだ。デザートと言えば。今日はリコッタとアーモンドミルクのチーズケーキ、マスカット乗せです。ちゃんと全員分しっかりあるから、心配無用だぞ〜」


 偉そうなルシフェル様を呆れついでにハーヴェンがデザートの予告をしたものだから、嬉しそうな歓声が上がる。かく言う私も……デザートが殊の外、楽しみだ。

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