8−3 穏やかな時間
相変わらず、屋敷から出たくないあいつとの話が平行線で終わったまま。自分の家に仕方なく戻るが……。ったく、どうしてダンタリオンはあんなに根暗なんだろう。人が真祖の役目をこなせるようにと思って、相談しに行ったのに。……自分は忘れられている存在だし、本さえ読めれば文句はないなんて、吐かしやがった。何でも、リッテル絡みでサタンにドアを壊されかけたとかで、その事も根に持っているらしい。それ、俺は直接関係ないだろーが。
(とは言え、あいつが迷惑がるのも仕方ないか……)
あいつには結構、迷惑をかけている気もしないでもないし、俺と関わるとロクな事がないと思われるのも、仕方ないのだけど。……こうなったら、またベルゼブブに相談しようかな。色々と小馬鹿にされる気がするが、何だかんだで協力的なあいつの方がよっぽど頼りになる。どうしてこう、俺の配下は勝手な奴ばっかりなんだろう……。
「ただいま〜。リッテル、生きてるか〜?」
家に戻ると、奥からリッテルの「お帰り」が聞こえるけど、出迎えてくれる様子はない。……もしかして、また倒れてたりするのか?
そんな事を考えながら、家がどこもかしこも妙に綺麗になっているのに気づく。奥のリビングを覗くと、これまた随分と綺麗になっているソファにリッテルが座っていて……彼女の膝を枕にして、3人のグレムリンが眠っている。
「……これ、どういう状況?」
「お帰りなさい。お出迎えできなくて、ごめんなさい。この子達のおかげで、家中かなり綺麗になったのだけど……一生懸命頑張ってくれたみたいで、疲れているようなの。だから、このまま休ませてあげて」
「それはいいんだけど。……いや、俺が気にしているのは、そこじゃなくて」
「?」
「俺、お前に膝枕してもらった事、ないんだけど。……何で、そいつらが俺よりも先にお前の膝を占領してるんだよ」
憎まれ口を叩きながら、彼女の隣を空けるようにグレムリンの1人を抱き上げて座る。そうして抱き上げたグレムリンを適当に下ろすと、何を勘違いしたのか、今度は俺の膝に登って昼寝の続きを始めやがった。
「……俺の膝を使うなんて、いい度胸だな、この野郎……!」
「寝ぼけてるみたいだから、昼寝の続きくらいは許してあげて。それに、一緒に座れるのが嬉しいというか。何て穏やかな時間なのかしら。今までこんな風にゆっくり過ごすなんてこと、なかったから……」
リッテルが嬉しいんなら、とりあえずは許してやるか。……これまた、妙に納得できないけど。
「フゥン? 天使って、そんなにも働き詰めだったのか? ルシエルちゃんとか、エルダーウコバクと会う時間はどうしてるんだろうな?」
「別に、そこまで働いているわけじゃないわ。1日のお仕事が終われば、後は自由時間ではあるけれど……。ルシエル様は帰る場所や一緒にいてくれる人がいるから、特別なだけで。他の天使達は神界で人の噂話に花を咲かせたり、小説とか、ちょっとした娯楽で息抜きするくらいしか楽しみがないの……。寝室も共同だから、プライベートもないし。だから、お仕事から離れて、神界の事を少しでも忘れられる時間があるのが、嬉しい反面……ちょっと怖い」
「……だったら、好きなだけこっちにいればいいだろ。不安なのは仕方ないと思うけど。すぐに覚悟しろとは、ミシェルって奴も言ってなかったし。……お前がきちんと決められれば、それでいいんじゃないか」
「……うん、そうね。ありがとう」
柔らかに視線を落としながら、寝息を立てているグレムリンを撫でる彼女の横顔をおずおずと盗み見る。
初めて会った時に、意図する所は別にあったとは言え……「ブス」だとか言ってしまった事をかな〜り後悔しながら、素直になれないのがとにかくもどかしい。嫌われたくない一心で、必死に堪えるが……できれば、彼女にもう少しくっつきたい。
「あのさ、リッテル。その……」
「何かしら?」
「え、えっと……」
「マモン?」
「ゔ……やっぱいい。何でもない……」
「?」
この臆病者、意気地なし。
自分の中からそんな声が聞こえた気がして、ますます悲しい気分になる。こんな遠慮をするなんて、昔の俺だったら絶対になかったのに。ここにきて、初めての事ばかりで混乱してしまう。……嫌われないように気をつけるって、本当に難しいんだな……。
(……これを渡せるのは、いつになるんだろう……)
思い出したように上着の右ポケットに手を突っ込んで、ベルゼブブからもらった例のブツを指先で確かめる。きちんと2つある事に安心しつつも、まだ2つ揃っている事に寂しさを覚えた。
ため息をつきながら、そんな事をぼんやりと考えていると、俄に左肩が重くなって……フンワリといい匂いがするので、首をそちらに向けると。リッテルが肩にもたれ掛かっていた。
「……リッテル?」
「私も眠くなっちゃった。……少し肩を貸して欲しいの。それで……」
「それで?」
「この子達が目覚めたら、寝室に運んでくれるかしら。ここはとても寒いもの。きちんと暖かくしてくれると、嬉しいな」
「……それ、もしかして誘ってる?」
「さぁ、どうかしら?」
肯定とも否定とも取れない、曖昧な返事の答えを求めて。俺も彼女の頭に自分の頭を乗せるように、首を傾げると……嫌がる様子もなく、身動きが取れないなりにリッテルが擦り寄ってくる。
暖かく……か。その答えを受け取りながら、彼女の言う「穏やかな時間」とやらを噛みしめる。……もどかしいし、歯痒いけれど。それでも、何となくこんな時間が続けばいいなんて……ガラにもなく思っている自分がいた。




