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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−38 こっちも修羅場、あっちも修羅場

「……ゲルニカに奥さん。ご懐妊祝いで、お客さんがお見えだぞ〜」


 来てしまったものは、仕方がない。俺は半ば、諦め半分でお客様を応接間へと連れ帰るが……。


「あ、あぁ。すまない、ハーヴェン殿。それで……おや? あなた様はカミーユ様と……アウロラちゃん?」


 ……ゲルニカはエルノアを抱っこしたままの状態で、困惑気味な表情を浮かべている。流石の竜神様もすぐさま対応を切り替えられないと見えて、今度は可哀想なほどに慌て始めた。


「お久しぶりです、ゲルニカ様。ご懐妊お祝いの品をお持ちいたしました。どうぞ、お納め……ってアラ?」

「え、あぁ……すみません。ちょっと……エルノアが少し、あぁ……」

「申し訳ございません。あいにくと主人は手が離せませんで……どうぞ、空いているお席にお座りくださいまし。お品物はありがたく頂戴したいと思いますので、不躾で恐縮ですが、テーブルに置いていただけますでしょうか」

「かしこまりました。では、失礼いたしまして……ほら、アウロラ。お前もお座りなさいな」

「はい、カカ様。……それでは、失礼いたします」


 折角の贈り物を受け取りたくても、受け取れないでまごついているゲルニカの代わりに、ピリッとした空気で対応し始める奥さんと、負けじと妙に慇懃に応じるカミーユ様とやら。そして、母親の隣に腰を下ろしてエルノアを射抜くように見据えるアウロラちゃんに、アウロラちゃんを睨み返すエルノア。

 ……どうしよう。俺、この場から超逃げたい。それにギノを隠さないと、この状況は絶対にヤバい。


「あ、お茶のお代わりを淹れてくるな。ちょっと待っててください」

「ハ、ハーヴェン殿もお客様なのだから、そんな事はしなくても……」

「いや、いいよ。俺に対して遠慮は必要ないし。お前はこの屋敷の主人なんだから、別の意味でしっかりお客様をもてなさないと〜」

「え、あっ! ハーヴェン殿っ……!」


 切迫したゲルニカの視線を振り切りつつ、その空気に堪らず廊下に飛び出す。勢い、プランシーを置き去りにしてしまったが……あいつは上手くあしらってくれると信じての、敵前逃亡。多分、大丈夫なはず。

 と、そんな事を思いながら廊下の先を見やれば……台風の目がこちらに向かってくるのが見えた。


(ギ、ギノ! ちょい待ち!)

「ハーヴェンさん、どうしたんですか?」

(シーッ! 声がデカい! いいか、よ〜く聞け。今、アウロラちゃんがお母さんと一緒に来ているんだけど)

(⁉︎)

(名目は奥さんのお祝いみたいだが、親娘で来ているのを見る限り、お前に会いに来たんだろう。……悪い事は言わない。しばらく、応接間に戻るのは諦めるんだ)

(わ、分かりました! ごめん、みんな……)

(分かってやすぜ。俺達はもう少し、中庭で魔法の練習をしましょう)

(あぁい!)

(そ、そうですね! 修羅場はごめんですっ!)

(嵐が過ぎたら、迎えに行くから。みんなでいい子にしててくれな? 頼むぞ!)


 俺が小声で囁くと、しっかりと状況を飲み込んで頷きあう4名様。とりあえず、緊急事態は回避できた……か?


(とにかく俺はお茶を淹れて、戻って……あぁ、何だろう。ないはずの胃がキリキリする……)


 エルノアを抱っこしたままでのご対面は、かなり体裁が悪いように思うのだが。あいつはあいつで、繕う事をしないと言うか……。とにかく、今は茶を淹れてサッサと戻ろう。


「は〜い、お待たせ……って、あぁ……」


 しっかりお茶を淹れて、戻って来てみれば。まさに修羅場という光景に、思わず目を背けたくなる。

 ようやくエルノアから解放されたものの、どうしていいか分からず突っ立ったままのゲルニカに……余計な口を挟む必要もないと決め込んで、苦笑いを浮かべて状況を静観しているプランシー。そして、満面の笑みだけれども明らかに火花を散らしている母親2人に……早速、睨み合っている女の子達。どういう状況なんだ……は、愚問だろう。


「えっと、とりあえずお茶をどうぞ……ほれ、ゲルニカも座れよ」

「あ。す、すまない、ハーヴェン殿。えっと……」

「説明はいらない。見りゃ分かる」

「だろうね……」


 ヒソヒソと俺たちがやりとりしているのも耳に入らないくらいに、静かに、それでいて超高熱の争いが繰り広げられているのを横目に……お茶を配るが。きっと、それどころじゃないんだろう。返事もそこそこに、ついに応酬の火蓋が切って落とされる。


「……それにしても、テュカチア様。エルノア様は将来の竜界を担う女王候補でいらっしゃいますよね? それをこのように甘やかしては、いけないと存じますよ」

「そうでしょうか? エルノアはまだ子供ですわ。いずれ甘えられない立場になるのですから、今のうちにうんと甘えさせるのも、よろしいのではなくて?」

「まぁ、そうですの?」

「えぇ、そうですの」


 そうしてオホホホ、なんて笑いあっているけど。……それ、作り笑いだよな? 絶対、面白くて笑ってるやつじゃないだろ! 2人の笑顔、超怖い! ルシエルの敬語並みに怖いんだけど‼︎


「……この歳になっても、トト様に抱っこ。あり得ない。大人になれないエルノア様、ギノ様のお嫁さんになる資格ない」

「そ、そんな事ないもん! さっきのは……父さまがエルノアを抱っこしたい、って言ったから、させてあげただけだもん! ね、父さま⁉︎」

「え、あ……そ、そうだね。抱っこすれば、どれだけエルノアが成長したか分かるし……」

「ほらッ‼︎」


 これまた娘にトコトン甘いゲルニカが流れ弾をきっちり受け止め、絶妙に切り返す。まぁ、波風を立てないに越した事ないよな……。


(ゲルニカ、この状況どうするんだよ?)

(ど、どうすると言われても……。プランシー殿はどう思いますか?)

(ふむ……互いに頭に血が上っている状態では、収束は難しいと思います。冷や水を浴びせられるような、一喝をできれば良いのですが……)

(でも、俺達にはそんな魔法のフレーズも立場も与えられてないぞ?)

(ですよね……。奥方もエルノアちゃん達も、私達が何を言っても、聞く耳を持たない気がします)

(あぁ、どうしてこう……テュカチアもエルノアも、ギノ君絡みになると熱くなるのだろう……)


 部屋の隅で男3人で顔を突き合わせてみても、妙案が浮かぶでもなし。結局、状況を見守るしかないわけだが。


「大体、なんでアウロラがいるのよ! 母さまのお祝いだけなら、付いてくる必要ないじゃない!」

「ギノ様に会いに来た。……ギノ様はゲルニカ様のお屋敷にいると聞いて、カカ様にお願いして連れて来てもらった。……ギノ様はいずこ?」

「いないもん! ギノは普段、人間界で暮らしてるの! ハーヴェンと一緒に、父さまの所に会いに来ただけだもん!」

「ハーヴェン様……あぁ、先ほどご案内くださった。……ギノ様は人間界で暮らしている、本当ですか?」


 エルノアが勢い、そんな事を答えたもんだから、アウロラちゃんが俺に尋ねてくる。まぁ、それはそれで合っているんだけど……正直に答えたところで、面倒ごとが待ち構えていそうで恐ろしい。……この場は契約部分は伏せて答えることにしよう。


「あぁ、まぁ。……ギノは色々あって、デミエレメントから竜族になった変わり種でな。そんな訳で、プランシーと俺とでギノの保護者をやってはいるんだけど。竜族としての父親がゲルニカだったりするもんだから、ちょくちょく会いに来ているんだよ」

「なるほど! ギノ様、珍しい種類だったのは、それが原因。それにしても……人間界で暮らすのは、並大抵の事ではないはず。ギノ様は普段、どうされているのでしょうか?」

「ギノは魔力消費を抑える術に非常に長けているのですよ。ですから、人間界でも暮らしていけるのです」


 俺の意図をしっかり読み取ったプランシーが、上手い補足を付け加える。目配せをしてこちらにさりげなく確認をしてくるプランシーに、頷く俺。契約関連を伏せる判断は……間違いじゃなさそうだ。


「あ、そうだ! そろそろ私、戻る! コントロールの練習しないと!」

「戻る? どこに?」

「アウロラには関係ないもん」

「怪しい。一緒に確かめに行く」

「付いてこないでよ!」


 しかし……なぜかこのタイミングで戻ると言い張るエルノアと、食らいつくアウロラちゃん。俺の中の警報がワンワンと鳴り出したので、アウロラちゃんの方に声をかける。この状況で3人を会わせたら、絶対にギノが苦労する。それだけは避けないと。


「あ、アウロラちゃんはここに残ったら? ほら、良ければギノの事を教えてやるから」

「ハーヴェン様、お気遣いありがとうございます。でも、私はエルノア様の行く先が気になります。ですので、御免くださいまし」

「あ、ちょっと!」


 警報まで鳴らして、緊急事態を回避しようと試みたが。見事に隔離作戦を躱されて、ギノに非常に申し訳ない気分になる。こっちも修羅場、あっちも修羅場。竜族のお婿さん争奪戦は、冗談抜きで熾烈なものなのだと……俺は改めて戦慄していた。

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