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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−36 魔法の簡略化

 エルはどうも、物事を難しく考えるのが苦手らしい。僕が父さまに言われた事を順番に説明しても、「分からない」の一点張りでちゃんと覚えようとしてくれない。そうして、僕がちょっとイライラしているのも、気づいているんだろう。エルはエルの方で困ったように涙目になりながら、俯いている。


「……エル。もう1度、よく聞いて。竜界と人間界で魔力の濃さが違うのは、分かるでしょ?」

「う、うん……。それは何となく、分かるけど……」

「それで、もう少し魔力に気持ちを向けてみて。魔法を使わなくても、魔力を呼吸するように一緒に吸い込むイメージで……」

「ウゥ……それがよく分からないの……。私達は角が勝手に魔力を取り込んでくれるんじゃなかったの?」

「それはそうなんだけど……魔力だって、取り込んだ後にも感じ取れないとコントロールできないよ? まずはちゃんと意識的に取り込むコツを掴んで、それで魔力を具体的にイメージしてみて。僕達に刻まれた祝詞と同じように、自分の中にある魔力にも意識を向けて……それで、魔力をちゃんと捕まえるんだ」

「……やっぱり、分からないよぅ……」

「う〜ん、困ったな……。どの辺が分からないのかな?」

「それも分からない……」


 エルは頭で考えるよりも、体で覚える方が性に合っているんだと思う。多分、何となくの感覚で魔法を使っていたんだろうけど……でも、魔法はちゃんと魔力を集められないと、発動できないはず……? だとしたら……エルは今まで、どうやって魔法を使っていたんだろう?


「それじゃ今まで、エルは魔法を使う時はどうしていたの?」

「何もしてないよ? 呪文をちゃんと唱えれば、魔法は発動するじゃない」

「あ、エル的にはそんな認識なんだ……」


 詠唱は空間にある魔力に働きかけて、手元に集める作業になるはずなんだけど……。だとすると、もしかして……。


「エルって、魔法を使う時は……自分の魔力しか使ったことなかったりする?」

「え? う〜ん、多分そう」

「いつもそんな風にしていたら、あっという間に魔力を使い切って死んじゃうよ! どうして、そんな大事な事を今まで気付かなかったの⁉︎」

「そ、そんな事、言われても! だって、使えるものは使えるもん! それでいいじゃない!」

「良くない! いいかい、空間中の魔力をちゃんと利用することも考えないと、いざという時に困っちゃうでしょ? 魔力は無限に溜められる訳じゃないんだよ。ちゃんと魔力を意識して補給できなかったら、大変じゃないか」


 どうしよう。エルは魔力を扱うということが、全然理解できていないみたいだ。どんな風にお話しすれば、分かってもらえるんだろう……。


「坊ちゃん、ちょっと休憩したらどうです? お嬢様も一気に分からない事を詰め込まれたら、疲れてしまうでヤンすよ」

「あ、そうだね……。確かに、休むのも大事だよね。エル、少し休憩しよう?」

「う、うん……」


 コンタローに言われて、僕自身も状況を整理したい事に気づく。コンタローには僕が捲し立てて、エルを責めているように見えてしまったのかもしれない。余計な心配をさせちゃったかな。


「ところで、坊ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですかい?」

「うん? なぁに、ダウジャ」

「魔法の簡略化って、どうすればいいんです? 俺、中級魔法は発動自体はできるようにはなったんですけど……まだスマートにできないというか。……コツを知っていたら、教えて欲しいんですけど」

「あ、なるほど……。えっとね、魔法には詠唱のための呪文があるけど、その呪文を全部使わなくても問題ないのは知ってる?」

「そ、そうなんですかい⁉︎」

「うん。必要な部分だけ詠唱すれば、魔力は集められるからね。だから魔法を簡略化しようとする場合は、魔法の概念をしっかり理解した上で、呪文の中から削ぎ落としても大丈夫そうなポイントを見つけるんだよ」

「ふんふん」


 僕がそんな事を説明すると、ダウジャだけじゃなくて、コンタローとハンナも食い入るように聞いてくれている。この熱心さが、エルにもあればなぁ……。


「例えば、僕は地属性の竜族だから防御魔法が得意なんだけど……防御魔法は攻撃を防ぐための魔法だから、強度を削ぎ落とすのはダメだよね」

「そうですね。攻撃を防ぐための魔法の強度が脆いのでは、意味はないですよね……」

「それでそれで? 坊ちゃん、具体的にどうするんですかい?」

「あい?」


 休憩がてらの説明なのだけど。キラキラした瞳で見つめられると、ちょっと照れてしまう。……それにしても、こうしてモフモフが3人も並ぶと、本当に可愛いなぁ……。


「だから……この場合は、硬さや材質はそのままキープしつつ、形状へのこだわりを捨ててみる」

「ほぉ?」

「相手の攻撃さえ防げれば、防御壁の形は丸かろうが、四角だろうが構わないでしょ? それに、防御魔法は種類によって形状が決まっている事も多いし……だから、詠唱の時に形状へのイメージはバッサリ捨てて錬成するんだ。魔法は考えないといけない概念が減ると、それだけ早く、確実に発動できる。そうして捨てても良さそうなポイントを見つけながら、魔法を練習すれば……きっと更に上手く発動できると思うよ」

「おぉ〜! さっすが坊ちゃん! バシッと分かりやすい説明ですね!」

「あい! おいらもその辺を考えながら、魔法を練習してみるでヤンす!」

「私も今のお話を参考に、自分が使える魔法を精査してみますっ!」


 僕の拙い説明にも関わらず、3人が嬉しそうにピョコピョコ興奮した様子で跳ねている。彼らは既に魔力コントロールを身につけているから、そんな反応が返ってくるんだろうけど……。エルにもこの辺を教えられる日がくるといいなぁ……って、アレ?


「……そう言えば、エルは?」

「あい? さっきまでそこにいたと思っていたでヤンすけど……旦那様達の所に戻ったんでヤンしょか?」


 近くにいると思っていたエルの姿が、忽然と消えている。もしかして、父さま達の所に戻ったのかな?


「そうかもしれないね。エルは先に戻っちゃったのかな……もう、しょうがないなぁ……。1度、僕達も父さま達の所に戻ろうか?」

「それにしても……お嬢様、随分としょげていたみたいですし……大丈夫でしょうか?」

「姫様、それは仕方ないと思いますぜ? 魔力コントロールは精霊として生きていく上で、基本中の基本です。その基本を坊ちゃんがあれだけ丁寧に説明しても、全部分からないで片付けたんだから……」

「それはそうだけど……」


 全部分からないって言われたら、僕もどうすれば良いのか分からない。誰かに物事を教えるのが、こんなに難しいなんて思いもしなかった。……どの辺が分からないかが分からないまま説明しても、無駄だよね……。エルが人間界でちゃんと生活できるようになるのは、まだまだ先になりそうだなぁ……。

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