7−30 誰かと一緒にいるというのは、妥協の連続
ハーヴェンの記憶に居残る「迷惑なお姫様達」。ハーヴェンをしてまで、そこまで言わせるとなると……彼も相当に嫌な思いさせられたのだろうが。だが、気になるのはそこではなくて。そのうちの1人がもしかたら、知り合いかも知れないということで……。
「ハーヴェン。お姫様達の特徴とか、名前って覚えてる?」
「え? あぁ……そうだな〜。みんな母親譲りとかで、桃色の髪の毛とグリーンの瞳だったけど……。長女がマリエッテ、次女がサフィーヤ? とか言ったな。で……末娘がリットリーゼ、だったな」
特徴と名前からしても、三女がリッテルと見て間違いないだろう。しかし、それでは彼女の言っていた「あの日」って何のことだろう?
「実はね、リッテルは生前カンバラのお姫様だったって聞いて。どうやら、ハーヴェンに特別な思いがあったみたいなんけど……“あの日”って、何の事か覚えてる?」
「あぁ、そう……やっぱりな。何となく、雰囲気と特徴からそうじゃないかって思ってたけど……」
うん……? この反応となると……ハーヴェンはリッテルの生前について、気づいていたのか……?
「知ってたの? だって、ハーヴェンはリッテルが詰め寄っても人違いだとか言って、取り合わなかったじゃない」
「まぁ、確証もなかったし。それに、あの場でそんな事を言ったら、色々面倒だろうと思って……黙ってた」
「……ある意味、修羅場だったものな、あの時は……」
ハーヴェンが敢えて指摘しなかったのは、コトを大きくしないためだったらしい。……流石、私の旦那。こういう所も本当に、気が利く。
「それじゃ、あの日の事って?」
「うん……そんな事があってから、程なくして革命が起こって。王族は全員、断頭台行きになったんだけど……。彼女は聖痕持ちとかで断頭台ではなく、生贄枠で火あぶりになったんだ。他の王族が懺悔を許されない中、彼女だけにはそれが許されて。リットリーゼ様のご指名もあり、最後の懺悔の相手を俺がする事になった」
「あの日って……まさか、その日のことなのか?」
「多分な。お祈りの最中に喉が渇いたと言う彼女に、当時の俺も止せば良いのに……魔法を使って水をやったりしたもんだから、勘違いさせたみたいでな。俺と出会えたことは奇跡だったと泣きながら、生まれ変わったら必ず会いに行くとか言われて……俺も可哀想になって、つい返事しちまった。まさか、本当に会いに来るなんて思っていなかったから、忘れたフリして……人違いだと言い張ってたんだ」
要するに……リッテルの一方通行な恋愛は、ハーヴェンの何気ない返事で継続中だったんだな。そして、何の因果かそれぞれ悪魔と天使に転生してしまったために、彼女の恋路も再スタートしてしまった、と……。
「そう、だったんだ……。それ、このまま内緒にしておいた方が良いかもな……」
「だろう? そんな事を言ったら、プライドが高いままのリッテルがどんなに傷つくか。それにそれが原因で、お前と更に揉めても迷惑だろうし。だけど……今日のルシエルは随分とリッテルの事を気にしているみたいだな。どうした? また彼女と……何かあったのか?」
「いや、今日は私自身が直接どうの、ってわけじゃないんだけど……。実はリッテル……今、マモンの所にいるらしいんだ」
「は?」
驚きのあまり、間抜けな声をあげるハーヴェンに、経緯とミシェル様の報告内容を伝える。
リッテルが腹いせにシステムをダウンさせた事、その間にマモンが彼女を攫った事。だけど、どういう風の吹き回しか……マモンはリッテルを意外と大事にしているかもしれない事。そして、彼女はギリギリの状態で魔界にいるらしいため、状況を確認しに行かなければいけない事。そのためには……。
「ルシフェル様は魔界行きのポータルを構築できないとかで、ハーヴェンの力を借りたいらしいんだ。協力をお願いできる?」
「いや、それは構わないけど……。それにしてもまた、リッテルも随分と面倒な相手に捕まったな。ミシェルの話だと、そこまで酷くないって事らしいけど……本当に大丈夫なのか? すぐにでも探しに行った方が良いんじゃないか、それ」
「それはそうなのだろうけど……。でも、リッテルはこのまま帰ってきても、かなりの罰を受けなければいけない。事の大きさから考えても、相当の罰になるだろうと思う。だから、リッテルが無事帰ってきても、誰も救われないというか。リッテル自身も、彼女を意図せずともそこまで追い込んでしまったラミュエル様も。場合によっては、誰も望まない結果を決行しなければいけなくなる。私には……果たして、それが正しい事なのか、分からない」
「……」
神界側の内情を吐露すると同時に、彼から沈痛な沈黙が落ちる。おそらく、ハーヴェンもすぐに理解したのだろう。……リッテルの帰還が、今のままでは処刑へ直行してしまうことが。
「なぁ、こういう場合どうすれば良いんだろう。リッテルに対する懲罰は私も望んでいない。でも、規律を守るためには彼女を罰しないと示しがつかない。それに、以前からハーヴェンへの直談判というルール違反もあったせいで、リッテルはかなり嫌な思いをしていたみたいなんだ。それなのに……落ち延びてきましたなんてなったら、ますます惨めな思いをすることになると思う」
もし、処刑を回避できたとしても。……リッテルの肩身は相当に狭くなるだろう。情けないことに、天使は基本的に陰湿なのだ。ターゲットを見つけたとなったら、大多数の天使が嫌がらせをするに違いない。
「神界の一員として、彼女を探さなければいけないのは分かっているのだけど。彼女に対する仕打ちを考えたら、このままで良いんじゃないかと……妥協している自分も確かにいるんだ。どうしたら、みんなが納得できる結末を描けるんだろう。どうしたら、本当の意味でリッテルを助けてあげられるのだろう?」
「そんなの、誰にも分からないよ。だけど、そういう事なら……俺もリッテルを無理やり探す必要はないのかな、って思うな。お前達の世界において、なんの発言権も影響力もない俺が何を言ったところで、効果はないんだろうけど……。見せしめを作らなければ維持できないような規律なんて、なくなっちまえばいいんじゃないかな、って思うんだ。確かに、秩序を守るためには罰が必要な時もあるだろう。だけど、規律のせいで本来は守られなければいけない相手を傷つけるのなら、意味がないというか。だから、この場合のキモは……彼女に重い罰を与えるのを回避させた上で、他の連中をどう納得させるか、だろうな……」
「どういうこと?」
そんなこと……できるのか?
「お前の口ぶりを聞いていても、ラミュエルさんは厳しい罰を与えるのを、望んでいない気がするんだよな。でも、彼女の意向でリッテルの罰を軽くしたら、他の奴らが黙っていないだろう? リッテルだけずるいってなると思うし、自分もルール違反をしてもいいんだなんて、勘違いする奴も出てくる。だから、ある程度の罰は必要にしても、フォローを考える必要があるっていうか。リッテルを助けつつ、周りにも有無を言わせない妥協点を探し出すことがベストかな、と。……既にかなりの部分で暗礁に乗り上げている気がするけど、1人の命がかかってるんだ。そのくらいの妥協は許されても、いいんじゃないかな」
突き詰めることなく、妥協点を探す。だが、それはそれで中途半端になりそうな気がするが。
「妥協点を探す、か。……でも、全員が納得する結果を出すのは難しい気がする……。ほら、ハーヴェンも前に言っていたでしょ? 自分の納得できる結末を迎えたい……って。でも自分の望みと相手の望みが一致しない時はどうしたら? どうしようもないと……割り切ることができない時は、どうすればいいのだろう?」
「そんなの、互いに妥協するしかないだろ。みんながみんな、自分の方が正しいと主張したり、言い分を相手に押し付けたりしていたら、何にも先に進まないじゃないか。自分が嫌なことを全部我慢する必要もないし、相手の言い分を受け入れることで、自分を殺す必要もないんだけど。誰かと仲良くしていこうと思うのなら、ある程度の我慢は必要だろう? 誰かと一緒にいるというのは、妥協の連続でもあるんだよ。自分が納得できるラインで、互いに妥協するのはアリだと、俺は思うな。誰だって、良いところも悪いところもあるだろう? 誰だって、ただ生きているだけでも、数え切れないほどの間違いをするだろう? それはみんな一緒なんだから。だったら、正しくないなら正しくないなりに、お互いに色々と言い合いながら……寄り添っていかないと」
ハーヴェンの言う自分の納得できる結末とは、「妥協」も含めて納得する、ということなのかもしれない。それはある意味、情けない結論だろうとは思うけれど……それでも。その情けなさで助かる相手がいるのであれば、虚栄だけの正論は必要ないだろう。
「そう、だよね……そうか、そうだな。みんなが納得しないにしても……みんながある程度、妥協できるところを目指せばいいんだな。……本当の意味で、納得と妥協は違うのだろうけど。それでも、誰かを必要以上に傷つけるのよりは、遥かにいい」
「俺もそう思うよ。……ルシエル的にも、ちょっとは納得できた感じか?」
「うん、ちょっとはね。……話を聞いてもらえて、大分楽になった。……ありがとう」
「そう? そりゃ良かったよ。俺でよければ、いつでも話し相手になるから。遠慮はいらないぞ」
いつもの調子でカラリと言われながら、温もりに身を預けて瞼を閉じる。話を聞いてもらって、少し気楽になったせいか……慌てて早足でやってきた眠気が、私を包み込むのにそう時間はかからなかった。




