7−26 情熱的な手紙
「ラミュエル! サタン様から返事が届いたぞ!」
「まぁ、本当⁉︎ それで、リッテルは無事⁉︎」
ルシエルが疲れた顔で帰って行った後。ラミュエルの部屋で今後の事を話し合っていると、オーディエルが慌てた様子で入ってくる。手には、あの黒革の手帳。どうやら、オーディエルの文通相手はきちんと返事を寄越したらしい。しかも、彼女の表情を見るに、お知らせはちょっといいものだったのだろう。
「え、どれどれ⁉︎ サタン様からなんて、返ってきたの?」
「えぇと……サタン様ではなく、ヤーティ様が代筆なさったとかで、向こうで確認してくださったことが詳しく書かれていてな。肝心のリッテルの体調はあまり良くないようだが、マモンがリッテルの世話を焼いているとかで……。これ以上は酷いことにはならないだろう、ということだった」
「ふぅ〜ん。やっぱりあのマモンって、割といい奴じゃん」
「それに関しては、ヤーティ様も意外だったと記しているが……。それで、リッテルは自分の意思で残っているらしくてな。……えぇと」
「あぁ、もう! まどろっこしいなぁ! とにかく、手帳をお姉様にプリーズ!」
「え⁉︎ あっ、ちょっと待て!」
妙に隠し事をしているっぽいオーディエルから手帳を奪うと、ラミュエルにも見える位置で開いて、中身を目で追う。なになに……?
“レディ・オーディエル様
いつも大変お世話になっております。
サタン配下のヤーティでございます。
レディ・オーディエル様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
この度は主人の文通にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
また、先日のあなた様のお手紙を失礼ながら私も拝見し、微力ながらお力添えできればと、色々と配慮に欠ける主人の代わりに、文を書かせていただいております。
本来であれば、主人自らの手で記すべきところではありますが、何卒ご容赦ください。
さて、ご相談内容にございましたレディ・リッテル様の件についてです。
お察しの通り、我々の世界の住人であるマモン様の元に御身がある事を確認いたしました。
……こちらに記すのも心苦しいばかりですが、マモン様は憂さ晴らしのためにレディ・リッテル様にかなりの暴力を振るっていたようです。
しかし、現在はご自身の回復魔法で身体的な傷は完治しております。
一方で魔界は瘴気に満ちた世界であり、神聖なるレディ・リッテル様が健やかに暮らすには厳しい環境でもあるため、ご容態はあまり芳しくありません。
このままですと、近いうちに魔物と化してしまうとの事でしたが、現状維持は可能らしく、マモン様のご尽力により小康状態にて命を繋ぎ止めております。
無論、楽観視して良い状況ではございませんが、あれ程のことがあったにも関わらず、レディ・リッテル様は寛大な御心でマモン様をお赦しになり、あの方の元で静かに過ごす事をお選びになったようです。
本来ならば直ぐにでも神界にお送りしなければいけないことは重々承知ですが、マモン様のためにもしばらくレディ・リッテル様を預けて下さいますよう、誠に勝手ながら、お願いしたい所存でございます。
私が申し上げるのも甚だ失礼ではありますが、マモン様は若干横暴な方でもあったため、レディ・リッテル様のためにご自身の御髪を差し出して衣服をご用意したり、魔除けのベルを探し出して持ち帰ってきたりと、奔走しているのが意外でなりません。
そしてご様子を拝見する限り、おそらくマモン様はレディ・リッテル様を愛されているのではないかと思います。
マモン様を受け入れられるかはレディ・リッテル様の御心次第ですが、今は互いに必要としている以上、このまま見守る事を方策として採択するのも、悪くないのではないかと思う次第です。
胸中さぞお苦しいかとは存じますが、私も含め、サタンの方でもマモン様の動向には目を配ります故、しばらくのご猶予をいただければ幸いでございます。
ヤーティ”
どこかの誰かさんの間抜けな手紙を見たばかりだったものだから、ここまで綺麗な字で丁寧な手紙を配下が書いてくるとなると……あの手紙の下手さは、悪魔だからじゃないって事が分かった気がする。
「そう。リッテルは生きているのね……! 魔界で苦労してでも、一緒に過ごしたい人を見つけて……。とにかく、良かったわ……! 安心するには、まだ早いのでしょうけど、本当に良かった……!」
手紙を最後まで読み終えたラミュエルの顔に、ようやく笑顔が戻る。この内容だと、確かにギリギリではあるけれど、ある意味でリッテルは救われているというか。元気ではないにしろ、面倒を見てくれる相手がいるのだから……そこまで状況は悪くないように思う。
「……そっか。マモンはやっぱり、リッテルを本気で心配してたんだね……。でもさ、ちょっとこれ……ズルくない⁉︎ 苦しいのはきっと、苦しいんだろうけど。リッテルには自分のために、そこまでしてくれる相手がちゃっかり見つかってるんだよ⁉︎ しかも、マモンもイケメンだったし‼︎ あぁ〜‼︎ ボクも悪魔に攫われてみたいぃぃ‼︎」
「お、落ち着け、ミシェル。とにかく一安心、なのだろう? サタン様もお心を砕いてくれると言っているし、リッテルが自分の意思でこちらに戻るまでは、このままで良いのではないか?」
「まぁ、そうなんだけど……って、あ。次のページに続きがあるみたい……どれどれ?」
「いや! それ以上は、必要ないだろう⁉︎」
「……そんなに慌てるなんて、何か隠してるな? ラミュエルも当然、この続き……気になるよね?」
「えぇ、もっちろん。気になるわ〜」
「あぁ〜! 2人とも、手帳を返してくれ!」
「「ヤダ」」
多数決で続きのお披露目が決まったところで、次の手紙に目を落とす。……なるほど。不器用にも程がある文字が、乱雑に並んでいるところを見るに……ヤーティとは別の誰かさんが書いた手紙らしい。
“大好きなオーディエル
マモンはどうやら、あの天使が好きらしい。
きっとこれから、耐性とやらを理由に彼女を抱くのだろうと思う。
正直、かなり羨ましい。
俺もお前のために一生懸命になり、身を預けてもらえるようになりたい。
もちろん、いきなり押し倒すようなことはしないから、そこは安心してくれて構わない。
次はもっと話ができればいいなと思っている。
また会える日を楽しみにしている。
サタン”
「……直球勝負でくるよね、サタン様とやらは。これはこれで、羨ましいというか。凄いよね、本当……」
「まぁ、なんて情熱的なのかしら……!」
ボクとラミュエルが別方向の感想を漏らしたところで、オーディエルが耳まで真っ赤にしながら手帳を回収して鍵をかける。ちょっと頬を膨らませているけれど、満更でもないらしい。
「オーディエルは情熱的な手紙に、どんな返事を書くの?」
「ひ、秘密だ! 秘密!」
「ふ〜ん……。私もあなたの胸に身を預けたい、なんて書いちゃったりするの?」
「ヒアッ⁉︎」
ボクが茶化すと、ポフンと頭から爆発音を出しながら、変な声を出すオーディエル。えぇと、まさか図星? いや、いくら何でも……それじゃ、ガードが甘過ぎない⁉︎
「べ、別によいだろう? 私はすぐに魔界に行けないのだし……。返事くらいは、ロマンティックに盛り上げても……」
「あぁ、そう……」
……全く。幸せそうで何よりですこと。あぁ、ボク……本当に、悔しいったらないよ。
***
「……やはり、お前も急いだ方がいいと思うか」
白亜の宮殿の主人に天使長がため息をつきながら、話しかけている。そうして天使長にのみ許される「マナツリーとの対話」の果てに……ルシフェルは1つの決定を確認したようだった。
「しかしだな、今は他に彼の地の監視を任せられる者もおらなんだ。彼女をそこに据えようにも、後釜がいない」
側から見れば、ただの独り言にしか見えないが。自分の問いに対し静かな騒めきを聞き届け、ルシフェルは神の意志を確かに受け取る。
「あぁ、なるほど。確かにそれであれば、彼女を救う手立てもあるか……? しかしだな、なぜお前がそこまで肩入れするのだ? 新しい任務を無理に作ってまで、なぜ?」
(……、…………、……)
「よかろう。そこまで言うのであれば、私も従うまでだ。確かに、それは私の咎でもあろう。この惨状を知りながら、1000年もの間、逃げてきたのだから。お前はそれを赦すことで、私をも赦そうと言うのか。彼女達はともかく、因果を作った私をも赦すと? だが、我が救済はいらぬ。その代わり……お前の庇護を必要とする者があらば、懐に迎え入れてやってくれ。それが叶えられるのであれば、この背に翼の楔を打ち込むことを、甘んじて受けようぞ。お前の鎖に繋がれることに、喜んで尾を振ろう。永劫にお前の元を離れぬと、改めて誓う。だから……だから、私の愛しい妹達をどうか赦しておくれ……!」
最後は消え入るような天使長の祈りを、白亜の霊樹がさざめきで包み込む。その返事は静かに、しかし確実に……風となって届けられた。




