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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−24 後は耐性次第

 急いでベルゼブブの屋敷に飛ぶと、何やら先客がいるらしい。部屋には見慣れた顔と、初めて会う顔が既に揃っていて……俺が部屋に入るや否や、射抜くような視線を投げてくる。


「探したぞ、マモン! お前……人間界から攫ってきた天使を甚振って、憂さ晴らししているらしいな⁉︎ 真祖ともあろう者が、情けないと思わないのかッ⁉︎」

「ちょ、ちょっとサタン! 今はそれどころじゃねぇんだよ! 話は後で聞くから、待ってろ! とにかく、ベルゼブブ‼︎ 相談したいことがあるんだけど!」

「この期に及んで、俺を無視するとはいい度胸だな……! 今日という今日は……!」

「サタン様、落ち着いて! 今は、マモン様のご要望を優先した方が良いかと思います!」

「うぬ? どうしてだ、ヤーティ!」

「あなた様の目は節穴なのですか? マモン様の腕の中の可憐なお嬢さんが、大声にすっかり怯えているではありませんか」

「な、何だと⁉︎ 可憐な……? あっ……」


 ヤーティと呼ばれた悪魔に言われて、リッテルの存在に気づいたサタンがバツが悪そうに黙り込む。……ったく。お前の目は、本当に節穴なのか?

 そんなサタンを尻目に、俺の様子に緊急事態を察してくれたらしい。ベルゼブブが何も言わずに、リッテルの手を取ってマジマジと観察し始めた。


「あぁ〜あぁ……マモン。どうしてこんなになるまで、リッテルちゃんを放置したの……」

「こんな急激に悪化するなんて、思いもしなくて……。これ、どういう状態なんだ?」

「天使ちゃんは瘴気に弱いって、説明したと思うけど。リッテルちゃんのこれはステージ3に入ってるね。……こうなると、元には戻せない」


 元には戻せない……? それってつまり、この真っ黒は治らないって事か……?


「ステージ3って……この後、どうなるんだ?」

「マモンは“大いなる業”って知ってる?」

「人間界の錬金術のことか? でも、あれは机上の空論というか、タダの妄想だったと思うけど」

「ま、人間の場合はそうだよね。……でも、ね。天使ちゃんが瘴気に取り込まれた場合、その“大いなる業”が別の意味を帯びて発生するんだよ」

「別の意味……?」

「うん。“大いなる業”の中には、人間が神へと昇華する変遷の概念があるんだけど。知っての通り、天使ちゃんは既に神に近い存在だよね。だから、彼女達は瘴気に触れて神性が失われると、変遷が逆向きに起こる」

「逆向き……」

「人間が神様に近づく時は、“腐敗”によって肉体が黒く変じ、“復活”によって白となす。そして“完成”を持って再び血潮の赤を帯びる……それが人間達の言う、神様誕生のステップだったかな。リッテルちゃんの状態はその段階を逆向きにして考えたとき、黒化……腐敗のニグレドまで進んじゃっている。それで……どれどれ?」


 そう言いながら、ベルゼブブが彼女の袖を捲り上げると……彼女の二の腕までしっかり、何かの黒が侵食しているのが見えた。さっきまでは、手だけだったはずなのに……。


「……結構、進みが早いね。しかも……初めに侵された場所も悪かったかな。こうも心臓に近い場所から侵食したんじゃ……数時間、保つかどうか……」

「……‼︎」


 絶望的な宣告を放つベルゼブブの目線がふと、何かに釘付けになる。そうしてリッテルの胸元に手を伸ばして、首に掛かっていたベルをチリンと鳴らした。


「あぁ、ベルはちゃんと見つけてきたんだ。これがあれば、後は耐性次第で現状維持はできるかな……」

「現状維持って言っても……耐性ってやっぱり、アレのことだよな……?」

「そう、アレだよアレ。相談しにきた時に、もう少し強めにオススメしておけば良かったかな? いや、だって……マモンがこんなに奥手だったなんて、思いもしなかったし」

「……ゔ。……いや、今はそんな事を言ってる場合じゃないし……」

「いいの? リッテルちゃんのお洋服のために髪の毛まで切って、ベルまで探してきて。そこまでしたのに……このままだと、リッテルちゃんは化け物になっちゃうよ〜? 本当にいいの〜?」

「う、うるさいな! と、とにかく、それは……」

「……ま、その辺は話し合い次第だとは思うけど。ところで、リッテルちゃんはこのまま魔界にいたい? それとも、神界に帰りたい?」


 俺が答えに窮していると、ベルゼブブが今度はリッテルに話しかけてくる。多分、今までのやり取りでベルゼブブは警戒する相手ではないと判断したのだろう。少しまごついた後、リッテルが苦しそうに彼に答える。


「私は……神界に帰っても、きっと殺されてしまいます……。もちろん、それは私のした事に対する罰なので、仕方のない事なのですが。このまま帰って、笑い者にされて死ぬよりは……誰も知らないところでひっそりと、消えていなくなれればいいなんて、考えていました。でも……」


 リッテルが悲しそうに答えたところで、ベルゼブブがふぅ、と息を吐きつつ……サタンとヤーティに向き直る。


「……だって。リッテルちゃんは神界に帰りたくないってさ。それで、マモンと一緒にいたいみたいだよ? だから……悪いんだけど、ヤーティちゃん」

「心得ました。サタン様の日記には、私からお返事をお出ししておきます」

「うぬ⁉︎ ど、どうしてだ、ヤーティ!」

「文章を綴る脳みそが足りない上に、感情的になりがちなサタン様に任せたのでは、変な誤解と心配を生むでしょう。今回は私の方で、抜かりなく代筆致します。よろしいですね?」

「う、うぐぐ……さ、最終確認はするからな!」

「結構。……という事で、ベルゼブブ様。我々はお暇いたします。急に押しかけた上に、主人が不躾にも大騒ぎ致しまして……誠に申し訳ございませんでした」

「うん、僕としてはオッケーだから。気にしないで。にしても、本当にヤーティちゃんは優秀だよね〜。脳筋のサタンとは大違いだし。サタンはもっと部下の悪魔に感謝した方がいいと思うよ〜」

「ありがとうございます。……それと、マモン様」


 ベルゼブブにけちょんけちょんに言われて、完全に拗ねているらしいサタン。そんな親玉をフォローするように、完璧な対応をしていたトリ頭が俺を睨んでくる。なんだか、怒っているみたいだけど……?


「……あなたがリッテル様に振るった暴力は、とても看過できるものではありません。明らかな理不尽を償う意味でも、この先はリッテル様の事をきちんと最後までお守りするのです。よろしいですね?」

「……自分の配下でもない奴にそんな事、言われたくねーし。……まぁ、いいか。俺ももう……そんな事をする気も起きないだろうから、安心しろよ」

「その言葉、とりあえず信用しましょう。ほらサタン様、何をボサッとしてるのです! 帰りますよ!」

「ウグッ!」


 結局、最後までヤーティに手綱を握られたまま、情けない様子で帰っていくサタン。なるほど。あいつが大っきな城で悠々と暮らしているのには、部下の働きがあってこそなんだな。


「……俺も急に押しかけて、悪かったな。帰って……これからの事を話し合う事にするよ」

「そう? もし良ければ、部屋を貸すよ?」

「いや、それはちょっと……」

「あぁ〜、そうなの〜? 覗いてみたかったし……ちょっと残念……」

「残念、って何がだよ! 覗くなよ、この色ボケが!」

「ま、そういう事なら仕方ないけど。……で、マモン。帰る前に1つ、聞いていい?」

「あ?」

「持ち直した場合、マモンはリッテルちゃんをどうするつもりなの? そのまま、一生縛るつもり?」

「そこまで考えてない。……ただ、さ。なんとなくなんだけど、こいつが覚悟とやらをするまでの間は……面倒見てやってもいいと思ってる」

「そ。ま、今からそんな事を考えても仕方ないか。こういう相談だったら、いつでも乗るから。また2人で遊びにおいでよ」

「……あぁ」


 また2人で遊びにおいで、か。それを叶えるためにも、一刻も早く帰ろう。それで……その先はリッテルの返事次第なんだけど。でも、そんな事をしたら……余計に嫌われそうな気もする。本当に……どうすればいいんだろうな。

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