7−22 褒めてくださいよ、そこは……
神界に戻ると、早速ルシフェル様からお呼びがかかる。また怒られそうな気がして、ちょっと怖いけれど。勇気を出して、彼女の部屋に赴けば。お邪魔した天使長の部屋には、既にオーディエルとラミュエル、それと……人間界に帰るところをルシフェル様に捕まったらしいルシエルが、これまた不機嫌そうな顔をして座っていた。
「よく戻ったな。それで……首尾はどうだった?」
「えっと……いい知らせと悪い知らせ、どっちから行きます?」
「……全く、お前はいい知らせだけを持ち帰ることは出来んのか?」
「う、すみません……」
相変わらず超厳しい指摘をビシビシ受けながら、とりあえず自分の席に座る。
「まぁ、いい。では、まずは悪い知らせから聞こうか」
「……えっと。人間界上空でリッテルを知っているらしいマモンと戦闘になり……ボロ負けしました」
「なるほど? と言うことは……やはり、リッテルの失踪はマモンが絡んでいたと見て、間違いなさそうだな」
「はい……リッテルはマモンの所にいるみたいです……」
その結末だけは避けたかったんだろう、ラミュエルが堪え切れずに大粒の涙を流し始める。そんな彼女を心配そうに見つめた後、女の子が持っているにしては大きめの青いハンカチを取り出して、彼女に手渡すルシエルだけど。……そのハンカチ、絶対ハーヴェン様のでしょ。
「……そうか。で、お前はマモンにボロ負けした……と」
「いや、だって、あいつの強さは反則級ですよ⁉︎ ラディウス砲の攻撃を全部、なんか超ほっそい武器で切り裂いてくるし! 距離が離れてるのに、ティデルの腕をスパッと切り落としてくるし! オマケにアンヴィシオンの攻撃を防ぎきった挙句に、本体にヒビまで入れてくるし! あのままだったら、全滅でしたよ⁉︎ なんなんですか、アレ⁉︎」
「……お前、遊ばれてるな、それ」
「ハァッ⁉︎ アレで遊ばれてる、ですか? 嘘でしょう⁉︎」
「マモンはあれで、魔界でも剣の達人で通ってる奴でな。4本の刀と言われる、オリエント系の武器を愛用している。で、あいつは刀を何本出した?」
「そうそう、そうですよッ! 1本でもヤバいのに、二刀流できたんですよ! モゥ、反則でしょうが!」
「何だ、2本しか引き出せなかったのか。全く、大天使ともあろう者が情けない」
「ゔ……2本でも褒めてくださいよ、そこは……」
マモンとコトを構えたことがあるルシフェル様が眉間に深いシワを刻んで、ため息をつく。怒ってはいないみたいだけど、ものすごく落胆させてしまったっぽい。
「武器の特徴からしても、マモンが使ったのは……四ノ宮と三条の刀だろうな」
「シノミヤと……サンジョウ?」
「さっき、マモンは4本の刀を愛用していると言ったが。四ノ宮の風切りと三条の是光御前は、低級に該当する刀だ」
「はい?」
「あいつの手持ちには、その上に二陣と一威の上級が存在する。そしてマモンが本気を出す場合は、4本の刀が勢揃いするのだが。大天使のお前は、低級の2振しか引き出せなかった、と……」
「いや、確かにそうなんですけど……でも、ちょっと待って。アレで低級って何かの間違いじゃ……」
「間違いでもなんでもないが。因みに二陣の雷鳴七支刀はその名の通り、刀身に7つの枝がある。常に雷を帯びていて、振るうだけで相手を感電死させることができるそうだ。それで、一威の十六夜丸は刃から常に呪詛を吐き出していてな。その刃に切れぬものはなし、その刃に触れられるものもなし……とまで言われる、曰く付きの代物だ」
「……すみません。聞いてるだけで恐ろしいです、それ」
「実際、私も十六夜丸には手こずった。武器の攻撃はマナの戦旗でも防げん。あの時はアポカリプスの連発で押し切ったが、アポカリプスも是光御前にかなり防がれた記憶がある。まぁ、それでも私が勝ったのだが?」
そう言って胸を張るルシフェル様のご様子に、もはや何も言えない。ハイハイ、あなたは凄いですよ。えぇ。
「まぁ、与太話はいいとして。とにかく、リッテルはマモンの手に落ちている、と。……こうなったら、魔界に出向いて探しに行くしかないか。……ルシエル」
「かしこまりました。ハーヴェンに渡りを付ければよろしいのですね?」
「流石、お前は話が早いな。すまぬが、若造を借りるぞ。……実を言うと、私はマナゲートの転移魔法は使えても、ヨルムゲートの転移魔法は使えん。若造であれば道案内も含めて、お伴にも最適だろう」
「私も同行しますので。よろしいですね?」
「うむ? 別に構わんが……あぁ、心配するな。確かに、若造を独り占めさせるのは少々惜しいが……私は横恋慕などという無粋な真似はせん。安心しろ」
「……」
そう言われつつ、かなり心配しているのだろう。ルシエルが更に険しい顔で黙り込む。モテる旦那さんを持つお嫁さんは、こういう気苦労はしなきゃいけないんだな。覚えとこ。
「あ、でも……多分、その必要はないと思います……」
「ふむ? どうしてだ、ミシェル」
さっきまで黙って話を聞いていたオーディエルが、不思議そうな声を上げる。
「あの様子だと、マモンはリッテルに酷いことはしないんじゃないかな、と思いまして」
「……あの下衆の手に落ちて、酷い目に逢わぬはずがなかろう? 何をもって、そんな事を言うのだ?」
「あぁ、もう。オーディエル、最後まで話を聞いてよ。こっちはボクのいい知らせの方なんだから。ちょっと黙ってて」
「う、うむ……そういうことなら、まずはお前の話を聞くとしよう」
「マモンは人間界にリッテルのサンクチュアリベルを探しに来ていたそうで。リッテルに帰りたくないと泣きつかれて、面倒を見てくれているみたいです。実際、彼も最初から襲いかかって来たわけでもなく、ボク達にリッテルの落としたベルがあれば渡してほしい、って頼んできたくらいですし……」
「……あのマモンがいきなり斬りかかってこなかった、だと?」
ルシフェル様の表情を見る限り、マモンを皮肉っているというわけではなく、正直に驚いているご様子。ということは……マモンは話を聞いてくれる相手じゃなかったってことなんだろう。もしかして、ボク達ラッキーだった?
「詳しい事情は、ボクも分かりませんけど。あの時はちょっと、ティデルが余計な口を挟んで……リッテルを小馬鹿にするような事を言ったものだから、マモンを怒らせちゃいまして。それで、戦闘になってボロ負けしたんですけど……」
「だが、お前達は殺されずに済んだ、と。……まぁ、アレは弱い相手は小馬鹿にして、本気を出さないからな。かなり気まぐれな所もあるし……今回は奴の気まぐれに助けられたか」
「あ、それも違うと思います……。よく分からないけど、多分、マモンはリッテルを本気で心配していたというか。ボクが自分のベルをあげると言ったら……結構、すんなり引き下がってくれました」
「……嘘だろう? あのマモンが、人の心配をする? だと? 正直、私には俄に信じがたい」
「まぁ、今までの彼の話とか評判を聞く限りだと、当然だと思いますけど……彼、こんな事を言ってましたよ。“神界の規律を守るために、1人を寄ってたかって傷つけてもいいのか”、って。リッテルがどんな風に彼に泣きついたのかは、知りませんけど。少なくとも……マモンはリッテルのためにベルを探しに来てたみたいですし、彼女の容体があまり良くないとかで焦っていました。それで……一刻も早く帰らないといけないからなのか、ベルを差し出したら、最後はボク達を殺すのも面倒だと、アッサリ引き上げたんです」
「……という事は、リッテルは具合が悪いのかしら……」
マモンがそこまで悪い奴じゃなさそうだって事は理解したみたいだけど、別の意味でリッテルを心配しだしたラミュエルがソワソワしながら呟く。彼女を少し痛ましい表情で見つめた後……ルシフェル様がまたもため息をつきながら、話を続ける。
「……魔界は魔力も濃い一方で、瘴気も充満している場所だ。1日であればなんとかなるだろうが、人間界の時間で考えても2日目……しかも、ベルなしの状態で……を迎えている時点で、かなり厳しいだろう。と、いう事は……リッテルは瘴気の耐性もまだないということか。ふむ……では、マモンはリッテルにまだ手を出していないのか? それはそれで、奇妙な事だが……何れにしても、確認は必要だろう。近いうちに私とルシエル、それと若造で様子を確認してこよう」
「えぇ、お願いいたします……」
ルシフェル様の決定に縋るように、ラミュエルが小さく答える。あ、でも待って。ボクもちょっと、魔界に行ってみたいんですけど……。この空気でそんな事を言ったら、怒られるかな。でも、気になることもあるし。ここはユーモア的な意味で……意外とそういう話には食いつくルシフェル様に、聞いてみるのもいいかもしれない。




