7−19 悪魔と言われる類の奴
リッテルの痕跡を探しに、カーヴェラの時計塔までやって来たけれど。彼女が最後にいたと思われる場所には、何かのはずみで落としたんだろう……落下の衝撃で、無残に砕けたガラスの破片が散らばっている。
「リッテルはガラスタイプのベルを使ってたんだ……。こんなに木っ端微塵じゃ、魔力の痕跡を鑑定するのはちょっと厳しいかな……」
「ミシェル様! ベルの中芯を見つけましたけど、これでも難しいでしょうか?」
「あぁ〜、芯は無傷なんだね……。でも、サンクチュアリベルは本体の方が特殊素材だから……芯が残っていても仕方ないんだよなぁ……」
「そう、ですか……」
きっと、一生懸命探していてくれたんだろう。リヴィエルの顔が悲しそうに曇る。
結構な時間を費やして、2人で痕跡を探しているけれど……彼女の足取りを辿るには、あまりに手がかりが少ない。仕方ない、ここは一度神界に帰って改めて策を練るしかないかな……。
ボクがそんな事を考えていると、慌てた様子の天使がこちらに飛んでくるのが見えた。えっと、彼女は確か……?
「ティデル、だっけ? どしたの、そんなに慌てて」
「ミ、ミシェル様、大変です! あの、ルクレスの塔が異常な魔力を検知しまして! それで……!」
「異常な魔力の検知……?」
と、いう事は。人間界に侵入者……彼女の様子からしても、相当レベルの精霊か悪魔がやって来たということか。全く、こんな忙しい時に……。
「それ、救済部門でどうにかならない? ボク達は今、リッテルの足取りを追うのに忙しいんだけど……」
「あ、ですから! 異常検知した魔力の主が今、カーヴェラにいるんですよぅ‼︎」
「なんで、それを先に言わないの! で、ポイントはどこ? この近く?」
「えっと、それが……ミシェル様。多分、後ろ……」
「へっ?」
言われて、後ろを振り向けば。黄色い衣装に身を包んだ若い男が、上空からこちらを睨んでいる。黒い翼に、紫の瞳。間違いない……こいつは悪魔と言われる類の奴だろう。
「ミシェル様、ティデル、下がってください! 侵入者を排除します!」
「あ、リヴィエル‼︎ ちょ、ちょっと待って!」
いち早く彼に気づいたリヴィエルが、ボクの制止を待たずにラディウス砲を発射する。というか……こんな場所でそんなモノを使ったら、流れ弾で人間界の建物に傷がつくでしょーが! ちょっと待ってよ!
(人間界の建物を修復するの、結構骨が折れるんだけど……)
だけど、そんな事を考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいに、悪魔の方は手元に呼び出したらしい細身の武器でラディウス砲の光を容易く切り裂いて見せる。その太刀筋は鞘から抜かれて戻されるのさえ、目で追えないくらいに素早く……何よりも正確なものだった。
「ラディウス砲が……効かない?」
「いきなり、何だってんだよ。まだ、何もしてないだろーが」
「あなた、誰? 一体……何の目的で、こんな所にいるの?」
リヴィエルがラディウス砲を構えながら、目の前の悪魔に尋ねる一方で……さも気にくわないというように、彼が鼻を鳴らしながら答える。
「……ったく、派手にブチかましといて偉そうに……。人に名前を尋ねる時は自分から、ってママに習わなかったのか? ……ま、いいや。お前らの名前を聞いたところで、別に関係ねぇし。俺はちょっと探し物をしに来たんだけど。なんでも、魔除けのベルを落としたとかで困っている奴がいるんだわ。お前ら……何か知らない?」
魔除けのベル? それを落として困っている? これは、ひょっとすると……?
「そのベルの主……もしかして、リッテルだったりする?」
「あ? お前ら、リッテルのお友達? だったら、話が早いな。なぁ、あいつ……ベルがなくて、ものすごく困ってるんだけど。もし見つけてたり、知ってたりしたら、それをこっちにくれないかな」
ボクがリッテルの名前を出すと、アッサリそんな返事を寄越す悪魔。少なくとも、リッテルはまだ生きてはいるようだ。
「……そう。君はリッテルを知ってるんだ。実はちょっと前から行方不明になっていて、ボク達は彼女のことを探していたんだけど。彼女……今、魔界にいるの?」
「ま、そんなとこだな。俺としてはリッテルを甚振るのも飽きたから、神界に帰ってもいいって言ったんだけど。何だか知らないけど、あいつ、神界には帰りたくないって泣いてたりしたもんだから……追い出すのも、忍びなくてな。それで、面倒見てるんだけど……魔界は瘴気も濃いもんで。そんで、天使ちゃん達は瘴気に耐えるために魔除けのベルを持っているって聞いて、探しに来たんだけど」
「ふ〜ん。先輩はあれだけのことをしておいて、帰りたくないって泣いてるんですか〜」
彼の話を聞いて、リッテルを小馬鹿にしたような口を挟むティデル。うーん……今はそんなことを言う必要は、ないんじゃないかなぁ。
「あれだけのこと? あぁ……そう言や、リッテルは仕事に失敗したって言ってたな。もしかして、その事?」
「仕事に失敗しただけじゃないですよ。他のみんなの足を引っ張ろうと、神界のシステムをダウンまでさせたんですから。そんな事をやっといて、何が神界に帰りたくない、ですか。全く」
「ティデル、そんな事を言っている場合じゃないでしょ? とにかく、彼女の無事を確認することが先だと思う。少なくとも、あの人はリッテルの事を知っているみたいだし、彼女の事を教えてもらった方がいいと思うけど」
「リヴィエル様も甘いですよ。大体、先輩を探したところで……どうするんですか? システムを一時的にとは言え、ダウンさせたんですよ? そんな大失態をやらかしといて、お仕置きがないはずないじゃないですか。リッテル先輩は二翼ですから、お仕置きで翼を取り上げられたら……死んじゃいますよね〜。だから、帰りたくないんでしょ?」
「まだ、そうと決まった訳じゃありません。罰の内容は天使長様や大天使様の協議の上で決まるものなのだから、私達が口を挟む必要はないでしょう?」
「だけど〜」
リヴィエルがそこまで言っても、聞き分けずにゴネるティデル。ティデルはリッテルに対して、あまりいい感情を抱いていないみたい、かな? それに「死んじゃう」の部分で声色が高揚した気がするし、妙にお仕置きに乗り気な感じがするのは……流石に考えすぎ? だよねぇ……?
「……あのさぁ。お前達の事情は、どうでもいいんだけど。今の魔界は時間の進みが早いんだよ。サッサとベルを持って帰らないと、リッテルの容体が悪くなるだろーが」
「自業自得ですよ。そんなの、放っておけばいいじゃないですか」
「ティデル! いい加減に……」
止まらないティデルのお喋りを静止しようと、リヴィエルが声をかけたところで、彼女達の間に強い風が吹き抜ける。その風がティデルの右腕を柔らかに煽ったかと思うと……彼女の肩からまるで分解されるかのように、ポトリと落ちた。そして、腕が少し下の屋根の上に転がったところで……吹き出した血の色に、ようやく我に帰る。
「……っうわぁぁぁぁぁ‼︎」
「さっきから、ガタガタウルセェんだよ、チビブスが‼︎ お前みたいなのがいるから、リッテルは帰りたがらないんだろうが! ……ったく。人が話に付き合ってやれば、いい気になりやがって! お前らを殺したら、色々面倒だろうと我慢してたけど……もういいや。全員ここで叩き斬って、お前らのベルを持ち帰るとするか!」
とうとう、完全に怒らせてしまったらしい。目の前の悪魔が武器に手を添えると、一気に鞘から刃を引き抜く。その刃から放たれる突風は……今から防御魔法を展開しても、間に合わない!
「リヴィエル! 後ろに下がって! それで、ティデルの手当をお願い!」
「は、ハイッ‼︎」
「我の元に来たれ、アンヴィシオン!」
臨戦態勢を整える間も無く、手元に呼び出した白亜の大弓・アンヴィシオンは、すぐさまボクの意思をきちんと汲み取ってくれたらしい。詠唱をしていたら、絶対に間に合わなかったディバインウォールをあっさり展開すると、盾となって彼の攻撃を防ぐ。
「……フゥン? 見た目はチンチクリンでも……八翼ともなると、この程度の攻撃は防いでくるか。それじゃ、こいつはどうかな?」
そう言いながら、邪悪な笑顔を浮かべて……彼が手元の武器とは違う、白い鞘に収まっている武器を呼び出す。
って、嘘でしょ⁉︎ あれ1本だけでも結構、キツイと思ってたのに……二刀流とか、反則じゃない? 一体、何なんだよ、こいつは⁉︎ やっぱり……こいつもかなりの上級悪魔? いや、まさか……オーディエルが言っていた、あの大物悪魔……? だったら、これ……かなり、マズい状況なんですけど! もう! もう! とにかく、ヘルプ・ミー! ボク1人でルシフェル様クラスを相手にするのは、絶対に無理だって!




