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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−18 握り潰せるように頑張る

 エルとアルロラちゃんが睨み合っているのを、止める事もできずに、僕が1人であたふたとしていると……きっと、騒ぎを聞きつけたんだろう。奥からお供の人を連れて、女王様がこちらにやってくる。さっき兵士の人も今日はお加減がいいと言っていたし、女王様の体調は悪くないみたいだ。


「おやおや、楽しそうな雰囲気がすると思って、見に来てみれば。エルノアにギノ君ではありませんか。一体、どうしたというのです」

「あ! お祖母様! あのね、お祖母様にギノを私のお婿さんにするって、報告しに来たの!」

「あら、そうだったの?」


 エルがここぞとばかりに、そんな事を宣言するけれど。女王様を前にして、周りの人達も面白がっている場合ではないと、ピタリと静まった。……す、凄い……。威圧的な雰囲気は一切ないけれど、やって来ただけでその場を落ち着かせるなんて。女王様はやっぱり、特別な存在なんだな……。


「女王殿下、ご機嫌麗しゅう」

「えぇ、ご機嫌よう」

「女王殿下、今日はお加減もよろしいようで、安心いたしました」

「おかげさまで。ありがとう」


 口々に女王殿下に挨拶をして、広間にいたエルと長老様以外の人達が女王様に膝をつく。今日はちゃんと僕も遅れずに膝をつけて安心したけれど、長老様はともかく……不思議そうに見つめているエルに、なんて言えばいいのか分からない。う〜ん、エルは女王様に……跪く必要はないんだよね?


「まぁまぁ、エルノア。元気にそうで、何よりです。それで、どう? ギノ君からお返事をもらえましたか?」

「……ウゥン、ギノはまだちゃんとお返事くれないの。……早くお返事もらえないと、他の人に取られちゃう……」

「あ、だから、それは……」


 涙声でそんな事を言われても、困ってしまう。僕はまだ、誰かと結婚するなんて、考えられないんだけど……。


「あなたはまだ幼いのだし、今からそんなに焦る必要もありませんよ。それにギノ君本人は決めあぐねているというか、あなたがワガママを言って……困っているみたいですね。いい事、エルノア。竜族の婚姻は一生に一度です。その重要なことを決めるのに、相手の気持ちをおざなりにしてはいけません」

「う……でも、母さまは父さまにうんとワガママ言ってるもん……」

「別にあの子だって、いつもゲルニカにワガママを言っているわけではないと思いますよ。今は確かに大事な時期ということもあり、目立つのかもしれませんが……少なくとも、テュカチアがそうしているからと言って、あなたもギノ君に対して同じようにしていいわけではありません。テュカチアのワガママは、相手がゲルニカだから許される事でもあるのです。あなたは少し、その辺を勘違いしているようね。姫君だろうと、王族の一員だろうと、誰彼構わず理不尽を申していいわけではないのですよ。もうそろそろ、そのくらいの事は理解しなさい」

「あ、あぅぅ……」


 女王様にまでそんな事を言われて、しっかり反省しているらしいエル。さっきまでの勢いが嘘のように萎んで、背中がしょぼくれて見える。とは言え……みんなの前でそんな風に叱られたら、ちょっと可哀想な気がするし……。こういう場合、なんて言えばいいんだろう。


「あ、あの……女王殿下、お言葉ですが……エルノアちゃんは別に、いつもワガママなわけではないんです。……ただ、ちょっと寂しがり屋なものだから、今から将来のことをとっても心配しているみたいで……」

「フフフ、ギノ君は本当に優しいこと。今まで散々振り回されたでしょうに、そんな風に言ってくれるなんて。エルノアはいいお婿さん候補に恵まれましたね。そういうことでしたら、エルノア。これからはきちんと、候補から正式にお嫁さんにしてもらえるよう努力しなさい。今からそんな風に接していたのでは遅かれ早かれ、嫌われてしまいますよ。いいのですか?」

「そ、それはイヤ!」

「でしたら、ちゃんと相手の気持ちを常に考えることを、忘れないようにしなさいな。いいですね」

「うん! 私頑張る!」


 女王様に言われて、頭が落ちるんじゃないかという勢いで首を縦に振るエル。一方で、何やらソワソワしているアウロラちゃんが視界に入って、余計に気になる。……どうしたのかな?


「女王殿下、1つ……よろしいでしょうか?」

「あら、えぇと……あぁ、あなたはラヴァクールのご息女でしたね。確か……アウラ、あ、いいえ。アウロラちゃんでしたか。どうしましたか?」

「私の名前、覚えていてくださった。ありがとうございます。……それで、私も今日、ギノ様にお会いして一目惚れしました。ですので、女王殿下としては……エルノア様とギノ様の婚姻は絶対的にあるべき事だと思われるかを、お伺いしたく……」


 えぇと、それってつまり……女王様にエルの邪魔をしていいか、聞いているって事? アウロラちゃんの言葉遣い、ちょっと分かりづらいよ……。


「まぁまぁ、そうなの? ギノ君ったら、隅に置けませんね。そうね……私としてはエルノアが、というよりは、ギノ君の気持ちの在り方が重要だと思います。もちろん、エルノアが幸せになるに越した事はありませんが……互いに意思を尊重し合えないようでは、長い時間を過ごす相手としては不足でしょう。ですので、そういう競争は大いに結構。ライバルがいる方が、エルノアも張り合いがあるというものです。フフフ、2人ともギノ君の心を得られるように頑張りなさいな。本当、若いっていいわね。夢中になれることがあるなんて、とっても素敵だわ」

「あ、ありがとうございます。私、ギノ様のハートを鷲掴みにできるよう、頑張る所存です」


 最後は嬉しそうにコロコロと笑う女王殿下と、真剣な眼差しでそんな事を答えるアウロラちゃん。それにしても、僕のハートを鷲掴みって何だか怖いよ……。


「ゔ……だったら、私はギノのハートを握り潰せるように頑張る」


 アウロラちゃんがそんな事を言うものだから、張り合うようにエルが意味不明な事を言いだすけど……ごめん。それ、間違いなく……僕、死んじゃう。


「ところで、長老様にラヴァクール。お2人とも、フュードレチアを見かけませんでしたか?」

「およ? フュードレチアちゃんがどうなさった?」

「実は昨日から姿が見えないようで……まぁ、あの子は1人でいるのが好きというか……いいえ、違うわね。フュードレチアは人と関わる事を、極力避けているのでしょう。……どこに行ってしまったのかしら」

「ふむぅ……やはりフュードレチアちゃんは、まだ難しい年頃のままのようじゃのぅ。先ほどの女王殿下のお話を聞く限り、色々と棘が抜けないようじゃし……確かに姿が見えんと、心配じゃの」

「そうなのです……。ラヴァクールも見かけていませんか?」

「えぇ、私もお姿を拝見しておりません」


 フュードレチア様……あぁ、そうだ。確か母さまのお姉さんだったっけ。実際に会ったことはないけれど、エルを人間界に落としたらしい人だって……父さまから聞いたことがあった。ここでそんな事を話す必要はないと思うけど、エルを守るためにも……気をつけていた方が良さそうだ。


「そう……。まぁ、そのうちヒョッコリ姿を見せるでしょう。今日はとにかく、元気なエルノアの姿を見られてよかったわ。また是非、ボーイフレンドと一緒に遊びに来なさいな」

「うん!」


 そうして女王様に頭を撫でられて、エルが嬉しそうに尻尾をパタパタと振っている。今日は女王様のお説教もあったし……これで少しは、エルのワガママも少なくなるかなぁ……。

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