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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−15 ドス黒茶

 ご案内いただきやって来たのは、簡素にも程があるお台所。そんなキッチンでいよいよ、ゲルニカにお茶の極意を伝授する時が来た。……なーんて、大袈裟な事を考えている場合じゃなくて。兎にも角にも、ゲルニカに「不味くないお茶」を淹れてもらう事を重点的に教えた方がいいだろうか。


「さて、まず茶葉の見極め方から説明しような」

「茶葉の見極め……? お茶は全部、同じじゃないのかい?」

「チッチッチ。違うんだな、これが。いいか。紅茶っていうのは、チャノキの葉を発酵させたものです。だから、加工された環境や収穫の状態で、かなりの個体差があります」

「そ、そうだったのかい?」

「うん。でな、例えば……」


 棚に収まっている手近な茶缶を2つ取り出して、中身を少し小皿に出して並べる。どうやら、片方は最高級品の茶葉らしい。茶葉のヨリと香りが別物だ。


「ほれ。この2つの茶葉だけでも、全然違うだろ?」

「……すまない。私には、同じようにしか見えないんだが……」

「あぁ、そうか……。まず、そこからか。それじゃ、この茶葉とこっちの茶葉を見比べて。大きさとねじれが、違うだろ?」

「あぁ、確かに……言われてみれば、そうだね」

「茶葉は状態に応じて、等級が決まっている。右の小皿のは葉自体が大きく、綺麗に捻れているが、左のは茶葉が小さい上に……粉になってるものもあるだろ? お茶ってのはな、この捩れが綺麗に戻る時に香りが出るもんなんだ。だから、大きく綺麗に捻れている茶葉は渋みが出る前に、香りもキッチリ出る。だけど、茶葉が小さく捻れも中途半端なものは、乾燥された時点で香りも失っていることが多いから……香りは出ないのに、渋みだけ出たりするんだ。だから、こういう粉が多い状態の茶葉はストレートで出すよりも、ミルク出しにしたり、ジャムなんかを加えて誤魔化した方が美味しく飲めるぞ」

「……そんなこと、気にしたことなかったな……。だから、テュカチアに私のお茶は渋いと言われていたんだな……」


 きっと、散々失敗作を拵えたのだろう。妙に反省しているゲルニカが、深くため息をつく。


「ま、ということで……今回は手っ取り早く、こっちの高級品で正しいお茶の淹れ方をマスターしような。まずお茶の分量だけど、ヒィ、フゥ、ミィ……8人分か。う〜ん。こんなに大勢分を一気には難しいな。それじゃ、ポットを2つ使って練習するぞ〜」

「あぁ。ポットは……これとこれでいいかな」


 ゲルニカが何気なく、戸棚の上段に収まっているポットを取り出すが……。


「ちょい待ち。丸いポットはいいけど、そっちのゴテゴテしたポットは……何の冗談だ?」

「え? これは確か……女王殿下からテュカチアが持たされた、純金製のポットだったと思うが……」

「それ、奥さん使っているのを……ゲルニカは見た事あるか?」

「あっ……。そう言えば、ないかもしれないな……」


 勢いでそんなポットを持ち出す時点で、ゲルニカはお茶をきちんと淹れられた事が冗談抜きでないのだろう。こりゃ……相当に教えがいがあるぞ、うん。


「ズッシリ重そうなそいつは、完全に記念品の類だ。実用品じゃないだろう。大体、そんな六角形のポットで美味しいお茶ができるはずないだろ」

「形? ポットの形も……何か関係が?」

「少なくとも、形は丸い方がいいな」

「どうしてだい?」

「さっき、お茶の捩れの話をしたろ? ポットは丸い方がお湯を注いだ時に、中で対流が起こりやすい。茶葉にちゃんと本領を発揮してもらうには、ポットの中である程度、泳いでもらう必要があるんだよ。丸型の方がお湯がちゃんと循環して、美味しいお茶を淹れられるぞ」

「な、なるほど……。こうしてお茶を淹れるの1つとっても、奥が深いんだな……。ちょっと新しい世界に足を踏み出した気がするよ」


 そうして、ヤケに眩しい金色のポットを戻して……今度はちゃんと陶器製の丸いポットをもう1つ、取り出すゲルニカ。何気なく出されたポットは絵柄と装飾の豪華さからしても、明らかに高級品の迎賓用だと思うが。……条件は満たしているし、とりあえずは問題ないか……。


「さて。ポットが揃ったところで、まずお湯を沸かします。その時、ケトルに水を勢いよく注いで……空気をたっぷり含ませるのがポイントです。その方がポットに注いだ時にジャンピングしやすくなります」

「ジャンピング?」

「お茶がポットの中で跳ねる様子を喩えた言葉なんだけど。さっき、お茶にポットの中で泳いでもらう必要があるって説明しただろ? 元気にお湯の中で泳いで香りを出してもらうには、お湯自体にも新鮮な空気を含ませてやる必要がある。だから、こうして一気に……」


 原動力は魔力と思われるコンロらしき装置に置いてあったケトルに、水を勢いよく注ぐ。流石に魔力がタップリの竜界の水は綺麗に澄んでいて、それだけでかなりの価値がありそうな印象を受ける。……ハールの聖水なんぞよりは、よっぽどお清めの効果もありそうだ。そんな事を考えている俺の横で、もう1つのケトルに勢いよく水を注ぐゲルニカ。俺の手元を見ながら一生懸命、真似ているのがいじらしい。


「で、お湯はきっちり沸騰させないといけないんだけど……。これ、どうやって使うんだ?」

「あぁ、これはここに手をかざすと……利用者の魔力に反応して、熱が出る仕組みになっているんだ」


 そんな事を説明してくれながら、ゲルニカが自分のケトルを置いた装置のパネル部分に手をかざす。すると、火は出ていないにも関わらず、ケトルの中の水が沸騰して暴れ始めた。


「……あ、ちゃんと俺の魔力でも反応するんだな。しかも、湯が沸くのがメチャメチャ早いし……いいな、これ。ちょっと欲しいかも」

「そうかい? でもこれは……竜界の魔力用にできているから、人間界で使うのは難しいんじゃないかな」

「そうなんだ。ま、それは仕方ないよな」


 2人で手をかざす事、約10秒。みるみるうちに、目の前のケトルが勢いよく湯気を吐き出し始める。おぉ、超ハイテク。


「さて、まずは……先にポットを温めるぞ」

「ポットを? 茶葉はいらないのかい?」

「いきなり冷たいところにお湯を注いだら、冷めちまうだろ。だから一度、茶器を温める必要があるんだよ」

「そ、そうか……暖かいお茶にはそんな気遣いがあったんだな……」

「そういう事。さ、ポットを温めたところでお湯を捨てて……いよいよ茶葉を投入するんだけど。片方で4人分ということは……」


 何気なく茶缶の上に置かれている茶匙は、奥さんがお茶の状態によって違うものを置いているらしい。なるほど。あれだけのお茶を、きっちり淹れてくるだけのことはあるな。


「4人分プラス、ポットのために1匙。これが大体の分量かな。まぁ、厳密には測った方がいいんだろうけど。折角、奥さんが茶匙をちゃんと置いてくれているんだし……それに従っておくか」

「……量はこの程度でいいのかい?」

「え?」

「茶葉の量が明らかに少ない気がするんだが……」

「イヤイヤイヤ、待て待て。ゲルニカは普段……どんな量を入れてたんだよ?」

「あ、あぁ……ちゃんとお茶が出るようにと思って、ポットの半分くらいまで……」


 ポットの半分⁉︎ 嘘だろ⁉︎


「ハイ! それ、入れすぎだから! そんな量をブチ込んだら、紅茶じゃなくて、ドス黒茶になっちまうだろ! 渋い以前に、飲めたもんじゃないぞ……?」

「そ、そうだったのか? 知らなかった……」


 知らなかったでは済まされないぞ、それは……。そんなものを飲まされている奥さんも大変だな……。


「まぁ、気を取り直して。とにかく、今回は茶匙5杯分でいいから。それでお湯を注ぐんだけど、できるだけ中で回るように……少し上から注ぎます」

「……こ、こうかな?」

「うん、そんな感じ。で、お湯を注いだら、ポットの蓋をして蒸らします。ここまでできれば少し待つだけだし、運ぶ前にティーカップも用意しような。ポットと同じように、カップもお湯で温めて」

「そうか。ティーカップも温めた方が、お茶が冷めなくて済むということかい?」

「ご名答。あと、温めると言えば。ミルクを添える場合は、そっちも人肌程度に温めた方がいいぞ」

「人肌程度? 熱々じゃ、ダメなのかい?」

「熱いのがダメってわけじゃないけど、ミルクはどうしても温めすぎると膜が張るから。お客様にサーブする場合は、膜が張ってない方が見栄えもいいだろ? それにアツアツだと、却って相手を火傷させちまうかもしれないし。……ミルクに関しては、程々がいいだろうな」

「そ、そうか……。こういう1つ1つの気配りができて、初めておもてなしが成立するんだね……」


 しみじみと言いながら、きっちり8客のカップを温めてカートに乗せるゲルニカ。心なしか……きちんと最後までできて、嬉しそうだ。


「さて、みなさまお待ちかねだろうし……後は向こうでサーブするだけだぞ。ここまでの手順で、質問は?」

「大丈夫、だと思う。後はテュカチアの評価次第かな……」

「多分、今回は大丈夫だと思うけど……毎回最高級品を使うわけにもいかないと思うから、ちゃんと基本をマスターできたら、次はアレンジの方法を教えるよ」

「あぁ、ぜひ教えて欲しいな。この調子で1ヶ月頑張らないといけないし、もし手間でないようだったら……様子を見に来てくれると嬉しいよ」

「おぅ」


 少しばかりはにかんだ顔をしながら、素直にお願いしてくるゲルニカ。きっと実年齢はともかく、「年代」みたいなものは俺に近いんだろう。以前、冗談めかしてゲルニカの事を「心の友」なんて、言ったこともあったけど。相変わらず気取らない距離感が、ちょっと嬉しかったりする。

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