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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−9 気になって仕方ないんでしょ?

「ちょっと、マモン! いくら落ちぶれてるからって、僕の可愛い小悪魔達にちょっかい出すのは、見境がないにも程があるんじゃない⁉︎」


 やっぱり、勢いで余計な事をしでかしたっぽい。普段はヘラヘラしてて、お怒りとは程遠いはずのベルゼブブが超不満げな顔をしている。だけど、ここまで来ちまったら、引き返すわけにもいかないし……丸ごと気づかないフリをして、敢えて陽気に振る舞ってみる。


「ヨォ! ベルゼブブ。遊びに来たぞ〜」

「……ハァ。一体、今日は何の用? 確かに、僕はいっつも暇だけど。遊ぶ相手くらいは選ぶんだけど?」

「あぁ、ちょっと作って欲しいものがあるんだよ。お願いできる?」

「作って欲しいもの? 物騒なものだったら、お断りだからね」

「あぁ〜、のっけからそういうこと言うなよ……一応、モノはリッテルがらみなんだけど……」

「うん? リッテルちゃんの?」

「そ。相談したいことがあるんだけど、いいか?」

「……嘘、じゃなさそうだね。ま、そういうことならいいよ? それと、君達。何で、廊下でカードゲームなんかしているの」

「アゥぅ……ごめんなさい、ベルゼブブ様〜」


 お? 流石に親の悪魔をちゃんとやっているベルゼブブは、注意するところは注意するん……


「遊ぶのは、部屋に戻ってからにしなよ〜」

「は〜い!」


 って、注意するのそこかよ! 俺が内心でズッコケていると、廊下に陣を組んでいたウコバク共が引き上げていく。彼らをしっかりと見送って、ベルゼブブがこちらに向き直ると……いよいよ、ため息交じりに俺の用向きを尋ねてくる。


「……ほら、話は聞くよ? 何を作ればいいの?」

「あぁ。えぇと……」


 とは言え……なんてお願いすれば、きちんと作ってもらえるだろう。大体、材料とか……どうすればいいんだ?


「いや、さ。リッテルが着ていた服、俺が勢いで破っちまっただろ? それで、今はダンタリオンにネグリジェを借りてたりするんだけど、ブカブカで動きづらそうなんだよな。だから、ピッタリした物を用意してやりたいんだけど。頼める?」


 嘘が通用しないこいつには、誤魔化しも効かない。そんな訳だから、仕方なしに俺が正直に答えると……ベルゼブブは時が止まったように硬直している。……俺、やっぱり……頼み方を間違えたか?


「そう、そういう事……! うん、うん。だったら僕、喜んで作ってあげちゃう。ところで、マモンは何か服に作り変えられそうな素材、持ってる?」


 頼み方は間違っていなかったみたいだが……変に勘違いをされたらしい。お願い事を聞いてもらえるのはいいとして。……材料は自己負担か。


「そういうの、全然持ってなくて……。ある物って言ったら、折れた角の破片と刀くらいなんだけど……」

「あぁ〜、それじゃ無理だよ〜。洋服を作るには、材質があまりに一致しないよ」

「そう、だよな……。かと言って、俺も一張羅だし……」


 落ちぶれる前は服はともかく、その他は色々と持ってたんだけどな。気がついたら……何もかもが手をすり抜けるように、俺の手からなくなっていた。……どうして、こんなことになったんだろう。


「……あの、さ」

「あ?」

「マモンって髪を伸ばしているのには、何か理由があるの?」

「別にないけど? 切るのが面倒だっただけだ」

「そう。それじゃ、髪を頭の根元から切れば……多分、リッテルちゃんの分+アルファくらいの物は作ってあげられると思うよ」

「髪の毛?」

「うん。大悪魔の髪であれば、かなりの魔力も通っているだろうし。それを材料にすれば、魔界で過ごす分には打ってつけの物ができるかな」


 そっか、髪の毛か。昔からヨルムツリーに「髪を切るな」と言われて、漠然と伸ばしていたけど。確かに、俺自身は髪型に拘りはないし。いっそ、切ってしまった方がサッパリするか。


「うん、それじゃ……俺の髪の毛で何とかしてくれる?」

「オッケー。んじゃ、髪の毛を貰っちゃうね」


 そう言いながら、手元に呼び出した裁縫箱から結構な刃渡りのハサミを取り出すと、俺の後ろに何気なく回るベルゼブブ。背後を取られるのは妙に落ち着かないが、こいつは相手の寝首を掻くような奴じゃないし……今は我慢するしかないか。


「……切っちまうと、呆気ないもんだな」

「そう? 僕は自分の髪の毛を舐めたり、毛繕いするのが好きだから……切っちゃうと、寂しいと思うけど。それに、魔力の塊でもある僕らの髪は、伸びるのが異様に遅いからねぇ。ま、マモンには伸ばす理由もないみたいだし……サッパリしていいかもね?」

「……そう、だな」


 急に頭が軽くなったもんだから、かなりの違和感があるものの。これで、材料はなんとかなるらしい。見れば……ベルゼブブが早速、魔法道具の錬成に取り掛かっている。俺もこいつみたいに、器用に魔法道具の錬成ができればいいんだろうけど……サンクチュアリピースみたいな分かり切った構築の道具以外を作り出すのは、かなり難しい。下手に試行錯誤するよりは、手慣れた奴に任せた方がいいだろう。


「さ、できたよ〜」


 そうしてあっという間に、何やら黒い生地の洋服を作り出したベルゼブブ。手渡されたそれは……ニットっぽい。


「これ、どんな服なんだ?」

「うん? マモンの雰囲気に合わせて、ちょっとイケイケな感じにしてみたよ。ニットワンピなんだけど、かなりタイトなシルエットに仕上げたから、リッテルちゃんのスタイルの良さが強調されちゃうかも〜」

「あ、そう……」


 イケイケな感じ、とやらがどんなものかは分からないが。……サイズが合っていないネグリジェよりは、遥かにマシな気がする。


「それと。余った材料でこれも作ったから、持って行きなよ」

「あ? ……何だ、それ?」

「お揃いの上着だよ〜。フード付きだから、きっと暖かいよ〜」


 そう言って、ニットワンピとやらと同じ素材でできている上着を渡してくるベルゼブブ。確かにこいつを着れば、かなり暖かそうだ。だけど、さ……。


「なぁ、これ……大きくない?」

「え? そんなもんでしょ?」

「そうか? でもさ……リッテルって、こんなに肩幅あったっけ?」

「ノンノン! それはリッテルちゃん用じゃないよ。マモンの分だよ」

「俺の?」

「だって、お前もそれしかないんでしょ? それじゃ、寒いって〜。1枚着るだけでも、全然違うと思うよ〜」


 それってさ、つまり……。


「お揃いって……そういう事?」

「うん、そういう事」

「……いや、俺はリッテルと仲良くしたいわけじゃないんだけど」

「そうなの? でも、その様子だと……リッテルちゃんが気になって仕方ないんでしょ?」

「……別に。何だか知らないけど……泣きながら神界には帰れないとか、吐かすもんだから。ちょっと面倒見てやろうと思っただけだ」

「フゥン?」


 ニヤニヤしながら、ベルゼブブが何かを見透かすように俺を見つめてくる。……ったく。こいつの能力はこういう時、本当にウザったい。


「文句、あるのかよ?」

「ないよ?」

「だったら、いいだろ」

「まぁね」


 とにかく……これであいつも、掃除くらいは身軽にこなせるようになるだろう。


「……とりあえず、これでなんとかなるかな。ま、今回は助かったよ」

「うん。あ、そう言えば。マモンって……リッテルちゃんと、どこまで行ったの?」


 これって、あっち方面の質問だよな……? 相変わらず、下品な話が好きだな……お前さんは。


「どこまで……って。何だかんだでそんな気も起きなかったから、そういう事はまだしてない」


 そんな事まで、馬鹿正直に答えなくてもいいのかも知れないが。お願いを聞いてもらった以上、少しは付き合ってやった方がいい気がする。……もしかしたら、今後も相談に乗ってもらうかも知れないし。


「……マモン、結構奥手なんだね。意外……」

「悪かったな、意外と奥手で」

「ま、そういう事なら、ちょっと忠告しておくとね。天使ちゃんは瘴気には異常に弱いみたいだから、注意しておいた方がいいよ〜。魔界にいるのが短期間なら、多少は大丈夫だと思うけど。手元に置くつもりなら、対策は講じてあげないと本当にマズイから。で、手っ取り早く彼女達に耐性を付けてあげるには、魔力の供給をそっちの方法でするのがいいんだけど……無理強いしちゃいけない事だと思うし、他の方法を考えた方がいいかな」

「そうなの?」


 答えたら答えたで、馬鹿にされた……と、思ったのも、束の間。どうやら、ベルゼブブはリッテルの「耐性」について心配しているらしい。俺が知らないことも、スラスラと教えてくれるし……これは正直に答えて、正解だったっぽい。


「みたいだよ。だから瘴気に対して耐性を持ってない天使ちゃん達は、人間界とかで活動するときは魔除けを必ず持っているんだ。……リッテルちゃんも多分、持っているんだろうとは思うけど。もし、彼女から取り上げたものがあったら、それだけは返してあげた方がいいと思う」

「……あいつ、そんなもの持ってなかったぞ」

「そう? それじゃ、どこかに落としたのかもねぇ」

「大体、魔除けって……どんなものなんだ? お札か何か?」

「う〜ん……多分、アレじゃないかな……」

「アレ?」

「ルシエルちゃん達がこっちに来た時、天使ちゃん2人は綺麗なベルを腰につけててね〜。雰囲気からしても、アレが魔除けじゃないかなと思うんだけど……」

「ベルって事は、音が鳴ったりするんだよな? でも……そんな感じの音、何もしていなかったぞ?」

「ありゃ、そうなの? だったら、人間界の方に落としちゃったのかな」


 俺がアイツを捕まえた時に、落としたかもしれないって事か? だとしたら……かなり面倒だな、それ。


「ま、そういう事なら覚えておくよ。帰ったら、リッテルにも聞いてみる」

「その方がいいかもね。瘴気にやられちゃった場合、天使ちゃん達は取り返しのつかない事になるみたいだから。何でも、理性が吹き飛んじゃって化け物になって……死ぬこともできずに苦しむらしいよ」

「へぇ〜。化け物って、どんな感じなんだろ?」

「さぁね。ただ、元には戻れなくなるみたいだから。もし、リッテルちゃんをこの先も手放すつもりがないんだったら、気をつけなよ?」

「あいよ。忠告はちゃんと記憶に留めとくよ」

「うん、それが賢明かな。何事も、知っているに越した事ないからね」


 本人の悪趣味と面倒見の良さは、生まれた時から変わらないらしい。俺の方は上り詰めた後、転落する一方だったのに、どうしてこいつはこうも変わらずにいられるんだろう。……ベルゼブブだけじゃない。他の奴らはみんな、生まれた時から色々とうまくやってきている。どうして俺だけ、こうも色々とうまくできないんだろう。


(そんなこと……今更、考えても仕方ないか)


 とにかく家に帰ろう。……にしても、家に帰るだなんて、かなり久しぶりだ。その家には俺を待っていないにしても、誰かがいると思うと不思議な気分になる。

 翼を広げた時に、鬱陶しく感じていた髪が無くなったおかげで……誰かが待っているかも知れない家に、以前よりも早く帰れそうな気がした。こんな事なら、もっと早く髪を切るべきだったかな。

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